第21話 離別

 カフクです。

 勇者パをクビになり、ただ今絶賛無職や!

 昼前に起きて、夕方までダラダラ過ごし、夜はキンキンに冷えたビールで乱痴気騒ぎ。


 カァーッ、ニート日和最高じゃないの。俺は今、猛烈に人生を謳歌している。

 今日から毎日、夏休み! ただし、崖っぷちの8月31日だけどな!

 いやはや、冒険者を廃業したわけじゃない。自主的にアイテムと装備は返却したので、働かなきゃ貯金がすぐに底をつく。はぁ~、自由の代償が金銭的余裕のなさ。


「世間の厳しさを忘れて、スローライフしたいなあ」


 冒険者として花開かなった俺氏、全自動農業スキルで田舎暮らしを満喫します。

 異世界スローライフって、大体農業の大変な部分端折りまくってて草。畑も酪農もチートスキルで楽々こなせる土壌で芝刈り機。


 汗水垂らさず収穫した作物は美味か? チート級に美味しいに決まってんだろ!

 ……何って? 品種改良しただけだが?

 この転生者が生産しました(何もしてない)。直売所が長蛇の列を作るまでがテンプレ。


「おい、カフク。いい加減、元気出せよ」

「すこぶる調子いいぞ」


 バンダナに誘われて、ビアガーデンで飲んでいた俺たち。


「いや、そうなんだよな……お前、アレだ。ぶっちゃけ、クビになったんだろ?」

「そうなんだよ! 実力不足を評価され、ついに正しい審判が。俺、神を信じられます」

「なんで、嬉しそうに語ってやがる……っ、そうか。空元気か。笑い話にしねえとやってられねえもんな。悪かった、今日は奢ってやるからな」


 バンダナはうんうんと納得するや、俺の肩を叩いていく。

 本当は辛いんだろう? そんな視線を感じた。

 俺は一瞬理解できなかった。バンダナの反応について、深く考察する。


 一般的に考えれば、俺は皆が憧れる勇者パーティーをクビになった哀れな男。年下の、輝かしい未来が待ち受ける美少女に入れ替え戦で完敗を喫したのだ。心中、穏やかでいられるはずがない。明るいうちに、街中を闊歩なんてどだい無理。


 あぁ、なるほど。カフクが元気そうに見えるの、必死に見栄を張っているわけだ。

 まさか、自ら追放されようと道化を演じるわけないもんね。無能の動機、訳わかめ。

 しばらくの間、沈痛な面持ちも披露しなくては。

 ……ふ、ふふふふふふ、ダメだ……わ、笑うな……しかし、堪えたまえ……


「ギルドでも話題をかっさらってたな。あのアイテム係がやらかした、ようやく馬脚を露した、口八丁の転落劇で水がうめえ、カフクの野郎ざまあ! クソ雑魚、息してるぅ~? ハレルヤちゃんは俺の嫁!」

「あいかわらず、冒険者の噂話は拙速を貴びやがって。あと、後半の感想がひどい」


 柄の悪い連中ばかりさ。悪口などイマサラタウン。


「アイツらだって、心配してんだ。とっとと切り替えて、存分に弄られて来い」

「行けたら、行くわー」


 俺の様子を気にかけやがって。バンダナもお節介な奴だぜ。

 世間話に付き合いつつ、カフクの今後の方針へ思考を割いた。

 追放されることに必死で、その後は無計画なノープラン(二重表記)。


 強いて興味を挙げれば、ダンジョン配信。

 ユーチューバーの転生者は不在っぽく、未だ開拓されていないジャンルだ。つまり、まだワンチャンある。カフク、ナーロッパのヒカキンになります。

 今日から風呂場で、ブンブンハローの挨拶を練習しないとね。


「何をするにも、まず同郷たちとコンタクト取らないと。誰がどんな能力を使えるか、把握する必要がある」


 俺TUEEEな転生者とお友達もとい引き立て役を承り、ご都合主義のおすそ分けをして頂く。大丈夫。社畜時代、媚びの売り方とプライドをかなぐり捨てる術を学んだのだ。


「これからは王都で情報収集、地方で苦労全否定暮らしを満喫しながら惰眠を貪るチート野郎どもを気持ちよく称賛する運びっと」


 辞めてなお、足手まといの無能アピールとやってる行為が大差ない?

 畢竟、俺の異世界転生はここから始まるのだ!


「今度ダンジョン潜ろうぜ。どうせ、しばらく暇なんだろ? こちとら前衛アタッカーばかりで、後衛が空いてるぞ」

「ん~、また今度な。俺は元勇者パのカフク! 高くつくぜッ」


 バンダナと果たせない約束を交わし、俺は先にお暇する。

 ビアガーデンを出て、中央通りを歩いた。ギルド会館を通り過ぎ、宿屋へ向かった。


 日が傾き、たそがれ模様。

 俺の影の隣まで、別の影がぐぐっと伸びてきた。

 振り返らずとも、シルエットがイケメンである。


「……戻ってくるのは明日じゃなかったか?」

「カフクッ!」


 ここ最近、王都で忙殺されていた幼馴染の声が響き渡る。

 久しぶりに見たナギサが、悲痛と疲労交じりの表情をしていた。

 汗でべったりとヘアスタイルが乱れていて、俺は困惑せざるを得ない。

 ウホっ、汗も滴るいい男とはこのことか。


「すまない、ボクはキミを怒らせてしまったらしい。謝るよ」


 ナギサは肩で息をしながら、頭を下げた。


「そういうところだぞ」


 気に障ると言えば、初手謝罪の姿勢だな。

 まるで、ナギサが悪いみたいじゃないの。

 否、お前は自信に満ちてこれ幸いと足手まといを切り捨てろ。俺が許す。


「メッセージを受け取って速攻で帰還ごくろう。疲れただろう? ゆっくり休んでくれ」

「なぜだ……っ! なぜ、カフクが! パーティーを辞める流れになっているんだッ」

「入れ替え戦で圧倒的な大敗だったしな。しょうがない、負けた後ごねない約束だし」

「違う! キミは分かっていたはずだ! まとまな勝負で自分が勝てないことを! それでも提案を受けたのは、元々パーティーを脱退する意志があったんじゃないか?」


 激情に駆られたナギサは珍しい。

 それでも、冷静に無能の立ち回りを分析できてしまう勇者。


「ごめん、カフクが辞める決断をした理由が全く思い当たらない。僕の慢心と傲慢が招いた結果……親友を騙り、相棒を気取った驕りかい?」

「お前には世話になるばかりで、感謝こそすれ不満はねーぞ。文句があれば、ハッキリ言える関係だろうが」


 全然追放してくれない件、大いに不満やぞ! こじれるので黙っておく。


「じゃあ、どうして――」


 捨てられた子犬が鳴くように、ナギサは返答を求めた。

 彼は優しい性格ゆえ、仲間との離別が最も辛く苦しい選択のはず。

 それでも、俺は幼馴染の手を振り解こう。カフクという個人はすでに、禍野福也の一部に昇華されているのだから。同じ過ちを繰り返すな、譲れないラインだろ。


「いい加減、実力差が開き過ぎたからなあ。ヒーローのナギサはともかく、ウィザードのハレルヤ、プリーストのニニカ。あいつらもすぐ、ギフテッドへ到達する」

「カフクの才覚は、単純なタレントの話じゃないだろ!? スキルに依存しない熟練の技術、戦闘以外を仕切れる腕前、ダンジョン攻略本の噂を一人歩きさせた働き。どれをとっても申し分ない活躍だ。僕が有名になったのは、全部キミのおかげじゃないか!」


 ほんと、お前って仲間の成果を横取りできない性分だぜ。

 ヒーローならば、否が応でも活躍するし有名にもなる。勇者の定めだ。そこに俺が入り込める余地など皆無さ。


「カフクの障害は、全て取り除いてみせるッ。陰口が収まらない件なら、いくらでも策を講じよう。キミ発案のギルドが喜びそうな手柄を献上すればいい」

「ナギサが同行する時点で、お前の活躍が称賛されるだけだぞ。あと、やらせダメ絶対」


 どの口がのたまったと呆れる、俺。


「じゃあ、どうすればカフクは脱退を撤回してくれるんだ!? 僕を……見捨てないでくれるんだ……」


 ナギサが顔をしわくちゃにさせ、弱々しく呟いた。

 女性に大人気な、本音を悟らせないアンニュイフェイスが台無しだぞ。


「別に勇者パから外れても、縁は切れないだろ。長い付き合いさ。腐れ縁とは思わんぜ」

「僕は、カフクと冒険がしたいんだッ。新しい世界へ飛び出す度胸がなかった僕を――退屈な故郷から連れ出してくれたキミのおかげじゃないか! 恩返しを、させてくれ」

「……ツリを返す身にもなれ。ちょろまかすには多すぎなんだよ」


 俺は肩をすくめるや、踵を返した。

 一歩、また一歩、親友との距離が遠のいていく。


「待て、待ってくれっ」


 立ち止まるな、今生の別れじゃない。

 振り返るな、永遠の別れじゃない。


 カフクとナギサ。

 冒険の軌跡が描く平行線が交わる時、また再会するだろう。

 矛盾程度、超えていけ。不可能を可能にしなきゃ、再び肩を並べる資格なし。


「これから僕は、どこに行けば……何を目指せば……」


 好きにしろ。

 お前は選択肢が多すぎて迷うかもしれないが、リーダーなら仲間を導きたまえ。


「情けないのぅ、貴様。余を覚醒まで導いた勇者がうろたえおって」


 咄嗟に反応すれば、ナギサが背負った聖剣から光が漏れ出す。

 瞬く間に、彼の隣へ金髪碧眼の幼女が現れた。なぜか、クマさんパジャマを着ている。

 ナギサの妹か? いや、こやつは一人っ子。


「エクスカリバー」

「ほぅ、余の真名を一目で看破するか。我が使い手が執着する男、風貌ほど愚鈍ではないようじゃ」

「世界一有名な聖剣じゃん。真名バレ防止に、ピカピカ光るのやめなさい」

「フン、余の高貴なる極光はにじみ出てしまうのじゃ。凡人には理解の及ばぬところよ」


 偉そうに腕を組んだ、エクスちゃん。


「さいで。まあ、なんだ。ナギサのことよろしく頼む。真の相棒ができて安心した」


 俺は頭をかきながら、首肯した。


「うむ、よかろう。当代の資質は、歴代の主と比較しても申し分ない。甘い性格が玉に瑕だが、これもご愛嬌というやつじゃ」


 不敵な笑みを漏らしたエクスちゃんに、俺はニヤリと笑みで返した。


「カフクとやら。貴様の力量を試してやるのも一興だと思うたが、去るならば追わず。疾く失せよ」

「委細承知」


 ナギサの返事を待たず、俺はこの場から離れた。

 一切の未練なく、ただ足早と。

 本当に、次の邂逅など訪れるのか。おい、弱音を吐くんじゃないよ。

 足手まといができるたった一つの冴えないやり方を遂行したのだ。誇れよ、無能。


 一抹の後悔を噛みしめ、俺は堂々と歩みを止めなかった。

 今日ばかりは、カフクがMVPと豪語しても過言じゃないね。

 勇者を真の英雄へ駆け上がるきっかけを作った立役者・カフク――

 アドバンスの街をいざ、大手を振ってまかり通る!

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