第22話 急募・スポンサーを契約解除する方法

 勇者パの<肩書>なきカフクは、真の平凡である。

 この三日間、誰にも注目されずモブとして世界の背景と同化していた。

 あぁ、ナギサの看板を背負ってなきゃ誰にも認識されないわけか。フランチャイズ事業でブランド名を借りる重要性を痛感したぜ。でも、お高いんでしょう?


 身の丈に合った新生活を始めるつもりだが、先にもう一つ清算せねばなるまい。

 棚からぼた餅よろしく、ナンパからスポンサー契約の件である。


「レイチェルさん! 俺、勇者パクビになりました! 契約違反で、スポンサー解除よろしくお願いします!」


 ミスリル商会の応接間。

 俺は火急の件とうそぶき、美人の営業部長に取り次いでもらったわけだが。


「……今なんと、仰いまして?」


 テーブルで向かい合ったレイチェルさんが、瞳パチパチ。


「俺、勇者パクビになりました! 入れ替え戦で期待の新人にボロ負けしたんですよ!」


 追放ではなく自主退職の格好だが、戦力外を証明したのは間違いない。

 ミューとの経緯を報告して、俺がどれだけ見込み違いだったか力説する。

 レイチェルさんの会社に不利益を被ったスカウトセンス、猛省していただく所存。

 彼女は説明を聞き終わるや、肩を小刻みに震わせて。


「おもしれーですわ」

「え?」

「やはり、カフク氏はおもしれー男ですわっ!」


 テーブルをバンッと叩き、勢いよく立ち上がったレイチェルさん。


「契約早々、栄えある勇者パーティーから弾き出された転落劇……っ! 凡人には真似できねー所業、わたくしの目に狂いなどありませんでしたわ」

「可及的速やかに眼科行け」


 なぜ、ただのなさけねー男で盛り上がれるのか。これが分からない。

 カフクの正気度が削られ、ガックシうなだれるばかり。


「以前、お伝えしましてよ。わたくし、あなた個人に興味がありますわ。どこのパーティーに所属していたかは関係ありませんの」

「そこまで買われる理由がちっとも思い当たらない」

「カフク氏は気にせず、ありのまま活躍してくださいまし」


 レイチェルさんが右手を口に添えながら。


「わたくしの独断と偏見ですもの。ぶっちゃけ、趣味ですわ」

「さいで。しばらく無職オブニートだし、やっぱりスポンサーは荷が重い。身軽さが唯一のウリゆえ、返上させてもろて」

「ぜひ、今後の展望を聞かせてほしいですわ。ぜひ!」


 顔が近い。お美しいね。

 圧が強い。お美しいね。

 見目麗しい面構えで、相手のパッとしない顔と強制比較?


 ブラック会社ですら味わなかった、ビューティーハラスメントを受けたぜ。

 俺は若干引き気味に、ダンジョン配信の件をポロリしちゃう。日本の転生者もとい極めて秀でた者たちと仲良し大作戦もまた然り。


「……冒険者の活躍を記録した配信事業……巨大モンスターとの手に汗握る攻防……うっかり屋の探索珍道中……シリアスにコメディ、どちらも描けると」


 レイチェルさんが顎に手を当てた。ぶつぶつと独り言を呟いていく。


「主役にミスリルシリーズを装備させ、定期的にミスリル商会の広告を挟む。配信が人気になれば、投資分の宣伝費用を回収できそうですわね」

「それ、俺の故郷でCM――コマーシャルって呼んでるよ」


 流石、営業部長。現代のスポンサーと同じ手法へたどり着いた。


「いや、ナーロッパで映像の撮影とか配信は難しいから。きっと利益出せないなぁ~」


 一家に一台テレビはないし、インターネットもほぼ普及していない。

 俺がスマホ系無自覚チート能力者ならば、ご都合主義でメンドーは全て破棄される。

 ……何って? デザリングで中継させただけだが?


 レイチェルさんにどれだけ無謀か諭しつつ、俺はまずスマホが欲しいと思いました。

 光回線はすごく速い。じゃあ、5Gは異世界にも電波が届くに決まってる!

 科学の力ってすげー。通販スキルでWi-Fiルーターも買っちゃおう。


 高度に発展した科学は、魔法と見分けがつかないのだ。つまり、一緒くたオッケー。

 いやさ、俺も何の苦労も疑問も感じない異世界ライフしたかったぞ。


「カフク氏がダンジョン配信を開拓し普及する。わたくしはその手伝いを請け負う。ウィンウィンでしてよ」

「ミスリル商会さんのお手を煩わせるのはちょっと。隙間産業で細々と頑張り」

「忙しくなりますの。おもしれー先駆者誕生の瞬間に立ち会いますわぁ~」


 そして、興奮である。

 ダメだ。この先方、人生謳歌しまくりやがってる。俺の手には負えん。


「もう好きにしてくだせぇ……レイチェルさん、おそろしー女だ」

「カフク氏の新たな挑戦はこれからでしてよ!」


 打ち切りエンドみたいなセリフだが、スポンサー契約は更新されてしまった。

 契約解除すらままならず、無能の手応えは未だ衰えず。

 致命的な迷惑を起こす前に勇者パをクビになった件、不幸中の幸いなりや。

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