第19話 前後の温度差で風邪引いちゃう

「あ~、気持ちいぃ~」


 ミューは、魂が抜けるような声を漏らしてしまう。


「そこぉ~、そこなのぉ~」

「お客様、日頃の疲れが随分と溜まっているご様子。芯からほぐして、リフレッシュさせていただきます」


 アロマ焚いたアジアンリゾートな個室。

 高級マットにうつ伏せ状態で、エステティシャンの凄腕テクに翻弄される。

 俺も隣で同じ施術を受けている。確かに、あっ、あ、そこっ、って、声出ちゃう。


「すごい、こんなにリンパ溜まってますよ」

「おねーさんのマッサージ、しゅき~。全身の毛穴、開いちゃうっ」


 ところで、リンパって何なん? 大人のビデオでしか聞いたことないやつ。

 まあどうでもいいかと、揺りかごでまどろむような感覚に浸っていく俺。


「リンパ流しちゃいますね」


 刹那、神の指先が腰の上辺りをグイっと指圧した。


「んほぉぉおおおオオオオーーっっ!?」


 とんでもない声が響いた。

 ミューさん。あなたは一応、可愛い枠で採用されています。

 それは出しちゃいけない音だ。美少女のプライドで腹に引っ込めろ。


「なかなかどうして、しつこいリンパが悪さしてます。えいっ」

「……!? んほぉぉおおお~~、らめぇぇええ~~っっ!」


 流石にスルーできないリアクションである。俺が横眼を向ければ。

 涎を垂らすや、恍惚の笑みを漏らした乙女の姿あり。

 絶叫につき、ぴくぴくと絶頂であった。


「……」


 俺は、何も見なかった!

 そう強く思い込み、ヘッドスパやらオイルマッサージで極楽気分。

 やっぱ、寝落ちに限るな。


 …………

 ……

 ふぅ、綺麗さっぱり忘れた。ラウンジの寝転びスペースで休憩なう。風呂上がりの贅沢・フルーツ牛乳をキメつつ、何もしないをするリラックスタイム。


「カフクくん。ちょっとマジなやつ、聞いてくれるかな?」


 普段気だるげな猫目をキリッとさせた、ミュー。

 しかし、まるでシリアスを享受できる気分にあらず。俺は寝返りを打つばかり。


「珍しく真面目な話じゃんか。この決意に満ちた表情を見てってば!」

「……フッ」


 ンホォ顔を晒した女である。文字通り、面構えが違った。


「きいてきいてきいて聞いてよ~」

「うるさいなあ。人の相談に乗る余裕ないよ。自慢じゃないけど、過大評価で苦しんでんだぞぼかぁ? 勇者はいつまでも実力を買い被るし、勘違いスポンサーに目を付けられるし。俺、また何かやっちゃいました?」

「圧倒的、自慢! 君も随分と嫌な人間になったもんだ。ぺっ」


 ミューが、苦虫を噛み潰したような表情を作っていく。

 カフクは目下、無能のキャリーオーバー中。

 必ずや、積み上げたやらかしを己が手で崩壊させてみせる。

 これまでの誤った認識が瓦解すれば、俺が追放される道が開けるゆえ。


「ボクの秘密、知りたいよね? ね、ねっ」

「いや、別に」

「教えるの、カフクくんが初めてじゃん。光栄だぞぅ」


 むすーと胸を張った、ミュー。

 特別強調される豊かな実りが見当たらず。今年の収穫祭中止。悲しいね。

 聞いてほしくてたまらない。聞くまで付きまとう。面倒この上ない覚悟を感じ取った。


「簡潔にまとめたまえ」


 俺は渋々、親愛なると言えば語弊極まるシーフの発表会へ参加した。


「いやぁ~、きっと驚くだろうね。腰を抜かしちゃうぜ」

「はよせい」


 ミューが勿体ぶりながら、起き上がった。周囲をキョロキョロ、人目を確認するや。


「ボクの新たな姿に刮目せよ……っ!」


 突如バサッと服を脱げば、キャーエッチではなくて。

 それは、真っ白いタキシードに純白のマントをなびかせたシルエット。


「正義の盗賊改め、神出鬼没な華麗なる怪盗! 月光の奇術師ファントムッ! 今宵、君のお宝を頂戴しよう」


 ミューが一礼し、シルクハットがふわふわと頭へ落ちてきた。


「ミュー、お前……っ!」

「ふふん、どうかな?」


 小癪にも、右目にはモノクルをかけていた。いや、そんなことより。


「風呂上がりの半袖短パン姿だったのに、どうやってそんな着替えるのがすこぶる面倒な格好に!? おかしい、ナーロッパのご都合主義でもそれはおかしいッ」

「え、驚くとこそっち!? ほら、よく見てってば。念願のクラスチェンジじゃん。シーフのタレントじゃ収まりきらない才能が、ギフテッドに……祝福の器が満たされた……」

「お前がギフテッドを会得するとか、時間の問題だったやろ。人の力量を測れないボンクラな眼ですら、進化の兆候がゲーミングに映ったわ!」


 怪盗は変装が得意だし、早着替えスキルってコト? 種も仕掛けもマジックさ。


「カフクくん、意外と素敵じゃん。顔はそうでもないけどにゃ」

「素敵なの、うちの勇者。顔良いのも、ナギサが担当」

「あはは……ぶっちゃけ、嫉妬の炎でメラメラしない?」

「差が開き過ぎると、ノットジェラシー。マジリスペクト。俺はあいつのファンなんだ」


 かの綺羅星は、近いようで途方もなく遠い存在。手を伸ばせど、けっして届かない。


「ついぞ、ギフテッドに目覚めおって。ミューはワシが育てた!」

「突然の師匠面じゃん。君には、ほんのちょこ~っとしかお世話になってないね」

「努力でファントムの<肩書>を会得するか。お前も向こう側の人間だよ」


 ナギサは初めからヒーロー適正がある規格外だが、ミューも天に祝福されたわけだ。

 天才たちは共鳴していく。誰か一人突き抜ければ、次々と後に続くのみ。


 ハレルヤとニニカの覚醒も乞うご期待。こりゃ、勇者パがますます活躍しちゃうぜ。

 そして、俺は独り取り残される――超えられない者の末路さ。


「仕方がねえ、ギフテッド記念だ。お祝い、ミスリルシリーズでいい?」

「カフクくん、太っ腹じゃん!? サウナ入りすぎて、頭ぱーになっちゃった?」


 リアルガチで目を大きく見開いた、ミュー。


「だって、今ならタダで貰えるから。それとも、ガチャチケか? 特別に10連ガチャの権利を進呈しよう」

「ガチャ? あぁ、合成は興味ないにゃ。ほとんどハズレじゃん。意味ないよ」

「は? 俺の人生全否定した? もう許さねえからな!」


 そして、激おこである。

 刹那の歓喜に全てを投じるのだ。我、生を実感する瞬間なり。脳汁ブシャーッ!


「カフクくん、ギャンブルは嗜む程度だよん。仲間に見捨てられちゃうじゃん」

「素人は黙っとれ――」


 うちのリーダーをあまり舐めてくれるな。

 その程度で追放していただけるのであれば、俺はうんうん悩んでおらんぞ。

 半分冗談はさておき、俺はふぅと一呼吸。

 ミューの表情を窺うと、ニヤニヤしつつもそわそわ視線が泳いでいた。


「それで? 健康ランドで待ち伏せまでしてたんだ。真のお願いを聞こうじゃないか」

「ありゃ、バレちゃった? 抜け目がないね。流石勇者の右腕は伊達じゃない」

「あいつの右腕はニニカ。左腕はハレルヤ。俺はおんぶにだっこにかたぐるま」

「プリンセス?」


 稀代の大泥棒に笑われた。

 勇者パの姫じゃなくて、世話ばかりかける意味だったのだが。


「ボクのお願いはもちろん、君たちのチームに入れておくれ!」


 やはり、加入希望か。もう耳にタコができたゲソ。


「……」


 俺は、考える。考える人より考える。パスカルおじさん曰く、人は考える葦だから。


「約束通り、ボクはギフテッド持ちになったじゃん。資格はこれで十分だよね?」


 そんな約束を交わしたか定かにあらず。

 否、重要なのはアポじゃない。

 才能溢れる美少女が、パーティーに新たな風を吹き込もうとしている。門前払いの段階はとうに過ぎたのだ。


「本来、人事担当はナギサ。重要な決定事項は彼奴の判断を仰がなければならない。カリスマが率いるパーティーとはそういうものゆえ」


 別に、ナギサはワンマンじゃない。自分の成功体験で、相手を見下すなんてもっての外。人格が光の勇者。そこが厄介なんだよなあ。


「ただ! 彼は今、王都で円卓会議に参加中。一流冒険者は多忙を極めるね」

「じゃあ……口添えは待ちぼうけかにゃ」

「いや、俺に良い考えがある」


 古今東西、良い考えが本当に良い試しがあったのか? いや、ない。


「俺が勇者パで足手まといなのは周知の事実。しかし勇者が不在時、代表代行を拝命している。やれやれ、付き合いの長さだけで選出するとか脇が甘いぞナギサ君」


 ミューが首を傾げ、俺は首を縦に振った。


「入れ替え戦だ。新たな戦力を加えるなら、一番分かりやすいだろ」

「それ……本気?」


 俺は何も答えず、淡々と説明を続けていく。


「有望な加入希望者が来た場合、最下位が末席をかけた挑戦を受ける。昔の冒険者の廃れたしきたりだけど、古風な俺にはちょうどいい。立会人は仲間2人に頼もう」

「カフクくん」


 此度アピールするのは、実力の欠如。

 今までの回りくどさじゃ、無能は何も変えられないと思い知らされた。お荷物がドラマティックな追放なんて高望みだった。シンプルに脱落させよう。

 ナギサの善意という脅威に真正面から挑めば、もはや勝てる気がしない。


「一体、どうしたのかな? 急に真面目くさった顔、ぶっちゃけ似合わないじゃん」

「勇者パで活躍して、地位と名誉を手に入れる。スタートラインが目前だぞ」


 ミューはまばたきするや、沈黙で返した。


「ハレルヤとニニカを呼ぼう。まずは、それからだ」


 真の足手まといとは、チャンスを見逃し降って湧いたピンチから逃れられぬもの。

 ミューよ、お互いここが正念場だな。

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