第9話 けっして盗めぬもの
《二章》
アドバンスの街は、王都に次ぐ規模を誇る街だ。
緑と水が豊かで、巨大風車と石畳、赤レンガの建物が特徴である。
ただし、チート野郎もとい日本の転生者たちが――何って? 家電製品だが? スマホだが? インターネットだが? 現代科学だが? などとのたまい、あり得ざる文明を輸入しまくっており、中世ヨーロッパ設定とかけ離れた技術が散見している。
ぼくたち、また何かやっちゃいました?
細かいこと気にしたら負け。ナーロッパは懐が深いと納得し、今日もサウナで整った。
俺たちは普段、アドバンスの街を中心に活動している。
ナギサの実績を考えれば、王都で一流冒険者を名乗れるはず。なのだが、A級ランク最年少記録、ギフテッド・ヒーロー持ち、さらに聖剣所持者の<肩書>が新たに加わった。
おまけに、高身長美声イケメンときた。
天は二物を与えるし、人の上に人を造る。
諭吉ぃ、勉強すれば不平等が埋まるのかい? 証明せよ、異世界転生して来いっ。
時代は栄一、渋沢さんや!
残念ながら、やっかみ妬み嫉み逆恨みのオンパレードなど想像に難くない。事実、過去に新人潰しの嫌がらせを何度も受けたことがある。真のスターは目立ってしまう。
競争が激しい王都ギルドよりアットホームなこちらの方が、勇者はお気に召したのだ。
……っ、アットホーム!? 社員はファミリー? 会社の問題はお前の責任……?
ブラック企業の辛い日々がフラッシュバックした。NGワード多すぎぃっ。
俺は過去の幻覚を打ち払って、とある施設へ向かった。
ギルドに併設された小屋。受付と掲示板を構えた役所の出張所のような趣き。
「目ぼしいタレントはなかろうか」
タレント事務所。それはタレントの事務所である。
この異世界はタレントに応じて、使えるスキルが決まる。ゲーム的に、職業とかジョブに該当するやつ。
適正テストをパスし、講習を受ければ晴れてタレント免許取得。原付みたいなノリだ。簡単と言えば簡単だが、結局のところ才能がなければ話にならない。
たとえば俺がウィザードを目指した場合、無策で突っ込めば適性が低いので不合格。タレント性を磨く養成所で特訓に励めば、適正テストに受かるだろう。オーディションに臨む芸能人の気分を体験できるね。
お金と時間がかかるので、一発合格できるタレントを鍛えるのが一般的らしい。
ゆえに、カフクは後方支援のアイテム係バックパッカーになりましたとさ。
普通、転生者は特別なタレント・ギフテッド持ちじゃないの? 俺TUEEEどこ?
禍野福也、ガッカリ。前世で苦しんだ分、こちらの人生を謳歌させたまえ。勇者やらせろなんて贅沢言わない。魔法反射、タレントコピー、時間干渉の能力で我慢します(強欲)。
ナギサは、ヒーローという生まれつきの才能を持て余していた。与えられた者と持たざる者の悩みなんて、果てしなく平行線を辿るのであった。
掲示板を漠然と眺めていく。楽チンで強くてかっこいいタレントないかなー。できれば勇者がこいつ無能だなと諦めてくれればベスト。
ペットトレーナー、ネイリスト、メディカルワーカー、アロマテラピー……
「通信講座かっ!?」
いよいよ収納アドバイザーを提案され、俺はもうダメぽと独り言ちてしまう。
バックパッカーと役割ほぼ被ってんじゃん。せめて、冒険者っぽいバトル職をくれ。
ひどくガッカリした、俺。こんなに俯き加減で事務所を去るのは、ブラック会社でオール残業デーを生き延びた時以来……ぐすん。
新たな追放計画も未だまとまらず、踏んだり蹴ったり幸先悪かったり。
本日、自由行動。
勇者パは基本、週休二日制。拠点活動時のフレックスタイム導入。申請すれば有休も取れる。宿泊やレジャー施設の優先予約、タレント取得の全額免除など福利厚生を導入。
とんだホワイトパーティーである。求人出せば、面接希望殺到間違いなし。前世は深刻な人手不足? あのさあ、人材確保と言いながら奴隷収集したいだけでしょ。
完全週休二日制じゃないのが気になるって? 基本、個人事業主なんで仕方ないね。
※繁忙期はダンジョンに潜り、強敵モンスターに挑む変則労働となっております。
応募資格、有望な<肩書>を持っている方。Bランク以上のクエスト達成経験ありの方。
エントリーシートと自己PRを提出後、書類選考通過者と面接をいたします。
「まあ、俺より役立たずな実力者なんていない。畢竟、ナギサが気に入るか」
良くも悪くも、勇者がトップであり、勇者がカリスマなチームである。彼にどれだけ迎合できるか、どれだけ引き立てられるか。その二点を主に、面接官カフクが判断します。
ナギサは勇者のくせに人格者ゆえ、特別媚びへつらう必要など皆無だが……くせに?
――新メンバーが俺より優秀だったので、満場一致で追放された件。今後ますますのご活躍をお祈り申し上げられたので、俺氏は身の丈生活に準じます。
このプランはいずれ発動させたい。まあ、肝心の候補が未だ現れず準備段階だ。
「集え、未来の英雄候補! あなたの登場に、心躍らせているぞ」
突然、道端で声を荒げた成人男性。
冒険者に社会的信用はう~ん。ギルドへの上納金次第?
「ちょっとお話いいですか?」
「お巡りさん!? 私ですっ」
不審者と怪しまれれば、反論の余地がない。お、俺は勇者パのカフクだぞっ。
勇者の威を借りる小物、タイーホ追放もワンチャン……? いや、ナギサが迷惑しちゃう。彼の経歴を汚そうなら、俺は異世界転生(現代)する他ない。トラックを用意してくれ。
「おーい、カフクく~ん。さっきから独り言激しいじゃん。ボケ始まった?」
「まだ初老じゃねえ……って、なんだミューか」
お巡りさんにあらず、ただの知人で落胆した。安堵せよ。
「人の顔見て、露骨なガッカリはひどいぜ。傷つくじゃん」
ミューが金色の瞳を瞬かせ、頬を膨らませた。
知り合い冒険者のミュー。パッと見、人懐っこい猫のような雰囲気。銀髪のボブカットに、パーカーとショートパンツを合わせたスタイルが最近のお気に入りらしい。
「事務所寄ってたみたいだけど、なになにー転職活動かな?」
「俺が選べるタレントなんぞ、両手で数え切れる数しかないと再確認させられた」
「カフクくん、荷物持ちピッタリじゃん。よ、縁の下の力持ち」
「いくらおだててもナギサには取り持たないぞ。自分でアピールしてくれ」
同じやり取りを何度も繰り返してきた。それこそ両手で数え切れない数だ。
「ちぇ、ケチだなー。勇者の親友が口添えすれば、話がスムーズじゃん」
頭の後ろで腕を組み、口を尖らせたミュー。
彼女の目的は、有名になってお金持ちになること。
冒険者のありがちな願望だが、あろうことか勇者を踏み台にして最短コースを走る算段である。図々しいことこの上ないものの、ある意味向上心が強いと言えよう。
俺の無能ムーブには、その積極性こそ足りない要素かもしれない。
俺が追放されて、ミューが加入するパターンを考える。
美少女なのは事実。勇者パハーレムの一員ならアリか? 実力と経験はニニカとハレルヤと比べてもう一声……いや、お騒がせキャラを確立させればアリか?
さりとて、目立ちたがり屋である。手柄を主張して、分け前を増やせとごねそう。あくまで、主役はナギサなのだ。俺の後任ならば、陰に隠密にサポート役を徹してもらいたい。
うーん、一旦保留で。今後ますますのご活躍とご発展をお祈り申し上げます。
「カァーッ、ナギサの財産と名誉を狙う泥棒猫めっ」
「泥棒じゃないし! ボクは怪盗だってばっ」
「怪盗だあ? オメーのタレントを言ってみろ!」
「ふっ」
ミューは、ニヤリとほくそ笑んだ。
パーカーをバサッと脱げ捨てるや、たちまち漆黒のタキシードへ衣装チェンジ。
「秘められたお宝を照らし、華麗に頂戴する月光の奇術師。はたして、その正体とは<ファントム>ッ! 稀代の怪盗に相応しきギフテッドを与えられし者!」
どこからともなく落下してきたシルクハットを被り、ファントムさんが参上する。
「まあ、ヒーローが勇者の逸材だしな。ファントムが大泥棒の<肩書>でもおかしくない」
「でしょー? 小さい頃、怪盗の絵本が好きだったんだ。イシカワゴエモンとかロビンフッドってかっこいいじゃん」
ミューがうんうんと頷く。
ナーロッパに、石川さん家の五右衛門君が存在するのか?
はいはい、絵本作家の転生者がオリキャラと称してうんぬんかんぬん。異世界に肖像権も著作権ないよー。
「そうか。ミューは怪盗目指して、コソ泥始めたのか」
「コソ泥やめて。タレントがシーフだからって、盗賊じゃないしっ」
シーフ。
主な能力として、スティール、ピッキング、トラッキング、ハイディング。まさに犯罪に便利なスキルを有しており、盗人と揶揄される不遇タレントの一つである。
さりとて、ギルドの調査では前科者ほどシーフの適性が低い傾向らしい。欲しい才能となれるタレントは上手く重ならない。人生ってそういうものだよね。
「華麗なる怪盗目指して精進してくれ。ファントムを襲名した暁には、うちのヒーローに紹介するよ」
「え、本当!? じゃあ、金銀財宝たんまり盗まないとじゃん。予告状準備しなくちゃ」
「……もしもし、ポリスメン? 至急、逮捕状の手配よろしくおなしゃす」
「ちょ、ボクは正義のシーフだから! 義賊だってば!」
「でもそれ、あなたの考えですよね? 泥棒は犯罪です」
そして、正論である。
ミューに泣きつかれ、お巡りさんは勘弁してやった。
職業差別で不憫な気持ちを味わうのは、理解できる。自分、お荷物な荷物持ちですから。
刹那、脳裏にピシャーンした。
「せや。新しいプラン、閃いた!」
「急にどうした?」
「ダンジョン探索の時、シーフって何ができる?」
「え……モンスターの気配を察知したり、トラップの解除とか?」
俺は予想通りの返事を貰い、満足する。
「だよな。探索を重視するなら、必須スキルだ。今までの俺はその役割をアイテムで代用していた」
バックパッカーは、アイテムをたくさん所持できる。その特性を活かすため、あらゆるシチュエーションを想定して最適な道具をストックしておく。
ダンジョン攻略の際、俺がその挑戦に関するネタを最も把握しなければならない。
畢竟、危機管理である。
「……次は、危機管理の欠如アピールで攻めてみるか」
「カフクくん?」
「そのためにも、まず下見が必要か。慎重かつ大胆に、あいつらの安全を確保した上で無能を晒してみせる。ククク、拠点外のやらかしは流石に看過できまい。この勝負、もろたでナギサ」
「おーい、間近でガン無視とかボク寂しいじゃん?」
ミューに腕を引っ張られ、俺はさも当然のように口を開いた。
「ミュー、ダンジョン行くぞ。ちょっとマッピング手伝って」
「今から!? 突然すぎるし。ボク、今日は休み――」
「お願い! ちょっとだけ、先っちょだけだから!」
「言い方がいやぁ~」
気配遮断で逃げようとしたシーフさん。
持ってて良かった、イーグルスコープ。擬態モンス対策のアクセサリーで、盗人を楽ちんタイーホ。ミューを脇に抱えたまま、俺は歩き出した。
「ゆ、誘拐だーっ! 変質者に捕まったぁー! ボクの大事なもの、奪われちゃうっ」
「いや、それは遠慮する。代わりに、俺のアイテム何でも盗んでいいから」
「どういう意味だ!?」
否――
未来の大泥棒さえ、けっして盗めないものがあった。
それは、追放にかけた俺の心です。
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