第8話 伝説の聖剣エクスちゃん

 夕食を済ませ、ギルドを出ようとした頃合い。

 やらかしを不問にされ、不服な俺。

 いや、待て。失敗したそれすなわち、俺の無能が証明されたってこと?

 なーんだ、俺の行動はやっぱり正しいぜ。


 そうと分かれば、可及的速やかに財布と武器を回収してこよう。明日もクエストだ。前日の夜までに必要なものを揃えておく。後方支援の基本、やで?


「カフク、予備の剣はあるかい? 丸腰じゃ格好がつかないかな」


 ナギサが立ち上がると、普段剣を差すベルトを掴んだ。


「あるぞ。へへ、無意識ながら一本だけ残しておいたぜ」

「全部残しときなさいよ、廃課金」


 ハレルヤの呆れたツッコミはさておき、俺はバックパックをごそごそ漁った。

 取り出したのは、少し長めの剣。黒い鞘にいくつもの小さな傷が目立つ。

 ナギサに手渡す直前、とんがり帽子のロリが剣を奪い取った。

 鑑定士が値踏みするまでもなく、偽物の烙印を押す勢いで。


「ちょっと、アンタこれ! ワゴンセールで投げ売りしてるやつじゃない!?」

「ぎ、ぎくっ。そんなことないってばよ」

「……柄に赤字の半額シール付いてるじゃない」

「ナンダッテー!? しまったぁ~」


 俺はきっちり目を丸くする。

 そりゃそうだ。このブツは本来、掘り出し物を手に入れたと自慢げに語り、偽物を掴まされて大損しちゃう無能ムーブ用に準備していたからさ。


 どんな武具であれ、値札と予備のボタンは外してからナギサに渡す。勇者は自分だけ高級品を優先されると仏頂面になる。ゆえに普段は、セール品とか値切って勝ち取ったなどと供述するのだ。


「すごいボロボロですね。鞘に年季を感じます」

「こんな頼りない剣を勇者に持たせるわけ? ちんちくりんはおじさんだけで十分よっ」

「すまねー、ナギサ。やっぱり、俺はお前の足を引っ張っちまうか。な、なっ」


 俺は申し訳なそうに、両手をこすり合わせるばかり。

 追放の道も一歩から。ミスも積もれば無能となる。

 今日からこれが座右の銘。


「構わないさ。どんな得物でも使いこなしてみせる。僕のギフテッドは、ヒーローだから」


 さりとて、もはや強敵にして怨敵なる勇者が首を横に振った。

 ……ククク、その余裕の態度が失望の色に染まる日が楽しみだぜ。

 内心、ほくそ笑んだ俺。

 ナギサがハレルヤから半額ソードを受け取った瞬間。


「……っ!?」


 剣の柄を握るや、振動と共に黄金の光があふれ出した。ボロボロの鞘がはじけ飛び、刀身に幾何学的な模様が浮かび上がっていく。


「うお、眩しっ」

「な、何の光ぃ~!?」

「目が、目がぁ~」


 近くのテーブルに陣取っていた冒険者たちが、こちらの異変に反応した。

 俺は咄嗟に、サングラスもとい遮光ゴーグルをセット。無能はあらゆる状態異常状態変化デバフに弱いゆえ、対策アクセを揃えている。


 仲間たちは無事か――!?

 ニニカとハレルヤは閃光に怯んでいたが、ナギサは不思議と平気な表情だ。


「これは一体……?」

『……余を起動したのは貴様だな』

「誰だっ? まさか、剣が喋っているのか?」

『フン、これが当代の主とは。なんとも頼りない優男よ』

「言ってくれるね。けれど、とてつもないパワーを秘めた剣だ」

『まあよい。新米勇者を鍛えてやるのも一興か。ナギサとやら、頭を垂れて感涙に咽べ』

「僕の名前を……いや、お喋りな剣だ。握った相手の性質を読み取っても不思議じゃない」

『余の真名を開示するに値するか。せいぜい励んでみせろ』

「あぁ、必ず僕の力にしてみせよう。ところで普段は何て呼べばいいかな?」

『む、呼称か。待て、考える……では親しみを込めて――エクスちゃんと呼ぶがいい』

「可愛い呼び名だ。よろしく、エクスちゃん」

『うむ、貴様のエスコート次第で余の真の姿を開帳してやろう』


 そして、女子である。

 ……はーん、どうやら真名はエクスカリバーみたいだな。黄金オーラ、半端ないし。


 ナーロッパでは、エクスカリバー、レーバテイン、天叢雲剣など。伝説の剣がよく登場する。そいつらが存在する以上、その由来に沿った伝説や神話も存在するんだよな?


 ないよ。え? 多分、ないよ。

 この異世界、時代考証とか世界観設定をリアルガチで突き詰めていないと思う。だって、主に活躍するのがゲーム大好き日本の転生者だから。チートでご都合主義で気持ちよくなればいいの時点でお察しである。


 ちょ、待てよ! 俺、一切合切チート貰っ――割愛。

 眩い輝きが収まり、エクスカリバーもといエクスちゃんは沈黙を携えた。

 半額シールが貼られたワゴンセールソードと言っても信じられないほど、黄金の刀身と青い模様のコントラストが美しい。まさに伝説の剣なり。


「ナギ!」

「ナギサ様!」


 ナギサを心配し、仲間たちが駆け寄った。安否確認か、ぺたぺたボディータッチ。

 それ、セクハラですよ。コンプライアンス違反だぞ。ブラック企業は法令順守より企業理念だけが優先される。仕事は死んでも離すな! できないは怠け者の言葉!


 さて、ハラスメントで追放される案も考えておくべきか。

 誰が相手? もちろん、勇者に決まってるだろ。


「大丈夫、ちょっと新しい相棒に面接受けただけさ」

「もう、驚かせないでちょうだい。喋る剣とかウケるわね」

「意思を持つ剣ですか。尋常ならざる聖の気配、まさか」


 ニニカはむむむと眉根を寄せて、かの真名を告げようとしたタイミング。


「ひょっとして、今の! 聖剣か!?」


 酒場の中央テーブルで酒をひっかけていた荒くれが叫んだ。


「金貨よりも黄金に輝く伝説の剣。その一振りは、ドラゴンのブレスを一刀両断するらしいじゃね~かぁ~。ヒック」

「噂じゃ、使い手を自ら選ぶらしいわ。別名、選定の儀礼剣っ」

「ワイも聞いたことあるで。英雄の加護を与える聖剣の話やなあ。聖剣に選ばれし者、真の勇者っちゅーわけや」

「売れば500万ゴールドはくだらねえ古代遺物さ。確か、王都の成金貴族が観賞用に飾りたいってほざいたシロモンじゃねーか?」

「小生たちが祝福するで候。新しい勇者の誕生をばッ」


 噂が噂を呼び、冒険者同士の掛け合いが白熱していく。

 ところで、一般冒険者諸君。なにゆえ伝説の聖剣に関して詳しいんだい。

 ヤラセの解説キャラを雇った覚えなし。この盛り上げ上手どもめ。


「何はともあれ、真の英雄ナギサの誕生に乾杯だぁーっ! 野郎ども!」

「「オーウッ」」


 飲んだくれたちが肩を組むや、バカ騒ぎに興じながら酒を酌み交わす。

 ガヤガヤワチャワチャと、勇者パの面々も飲みニケーションへ強制参加。ハレルヤはジュースで我慢しな、お子様だろ。


 懐かしい光景がよぎる。飲み会の日はなんと定時上がり! そのまま強制参加! 3000円徴収! そして三時間後――会社に戻って残業スタートッ!

 ……っ!? お、おぇぇえええ~~。急にめまいが……頭痛が痛い。

 酒場の端っこへ避難し、真っ白に燃え尽きかけた俺。


「先輩ぃ、一気飲みを強要された俺に代わって何度もジョッキを空にしてくれたなあ。あんた、全然強くないのにさ」


 無茶しやがって。こっそりトイレで吐いてたの、知ってるぞ。

 俺が在りし日の幻覚に手を伸ばせば。


「カフク、先輩って誰だい?」

「さぁな。酔っちまって覚えてねえよ」

「そうか」


 ナギサはそれ以上追求せず、柔和な笑みを作った。


「やれやれ、僕もついに聖剣の勇者か。評判だけが先行していくね」

「実力も折り紙付きだろ。お前ほどヒーローに相応しい奴はいない。なんたって、ギフテッドは祝福された証じゃん」

「持て余す祝福なんて、呪いと変わらない」


 一瞬、顔に暗い影を落としたナギサ。

 こいつは人に悩みを吐露するタイプじゃない。頑固で、平気とうそぶくばかり。

 いつだって俺は親友をどう慮っていいか分からない。なんせ、無能なのだから。

 酒にも強いイケメンが切り替えるようにパンっと手を叩いた。


「結局のところ、今回のやらかしはエクスちゃんを手に入れるための過程かい?」

「いや、全然。シンプルに、俺の不手際極まりなし」

「おかしいと思ったんだ、カフクが単純なミスばかり繰り返してさ。僕には想像できない苦労の連続に違いない。でなきゃ、まるで自分がお荷物ですみたいなアピールに見えたよ」


 ぎ、ぎくっ。

 ちゃんと話を聞かないくせに、核心だけは貫く。これが勇者の心眼か。違うね。


「ふーん? 要はナギに箔を付けたかったわけ? 周囲の雑魚に、英雄ここにありって格の違いを見せつける。おじさんのくせに大したプロデュースじゃない」


 オレンジジュースをちゅーちゅー吸いながら、ハレルヤが親指を立てる。


「は?」


 何それ、知らん。噂の一人歩き、怖いなー。


「聖剣に選定されしナギサ様の誕生が、とても喜ばしい。私たちの活動資金を全てつぎ込んだ程度、安いものじゃないですか。勇者が為す偉業はお金で買えない価値があります」

「俺がやっちまったのは、100万ゴールドの損失だから! 別個で考えたまえっ」


 私はちゃんと分かっていますから。ニニカが表情に滲ませ、ゆっくり頷いた。

 ち~っとも、意思疎通が図れていない。やはり、俺は真の仲間じゃないようだ。

 勘違いを正そうにも、呆れて口が塞がらない。乾いた笑いが漏れちゃうね、ハハッ。


「流石の目利きだ、改めて感心したよ。パーティーの支柱はキミさ」

「……やめ、ろ……俺を持ち上げる、な……キレ、そう……」

「今日はお祝いに、ギルドが奢ってくれるらしい。皆の楽しそうな宴に水を差すわけにはいかない。さぁ、もう少し付き合おう」

「「おーっ」」


 そう言って、勇者ご一行は顔馴染みたちから揉みくちゃにされるのでした。

 めでたし、めでたし。

 …………

 ……


 ちーがーうーだーろーっ! 違うだろぉぉおおおーーっっッッ!

 何が、聖剣エクスちゃんだふざけろ! どうせ、覚醒したら美少女で顕現だろ? そのパターン、何百回繰り返せば気が済むんや! イラストレーターは誰だ!?


 俺は確かに、武器屋のワゴンセールで一番ボロっちい剣を買ったはず。錆だらけで鞘から抜けない不良品を掴んだんだ。これならアイツもしかめっ面ってね。

 否、認めよう。今回は俺の完全敗北だ。

 無能を晒すことすら叶わず、真の無能というわけか。


 ナギサの戦力アップは素直におめでとう。お前はいずれ、魔王討伐を果たすだろう。

 しかし、それは勇者パーティーが完成した暁。そのずっと後である。

 禍野福也がしてやれるのは一刻も早く脱退すること。焦るな、まだ俺の無能アピールは始まったばかり。これからいくらでもチャンスが訪れる。


 足手まといは本番こそ弱いゆえ、常々準備を怠るな。

 条件は、仲間想いのナギサの気分を害さず、追放して良かったと満足させる。

 ――一身上の理由でパーティーを追放されたいのに、勇者がいい奴すぎて辞められません。荷物持ちがお荷物だと分からせる。


 計画にタイトルを付けるなら、こんなところだろう。

 追放系の勇者様なら、ちょっとのミスで暴言と一緒に吐き捨てるのになー。

 はぁ~。自分がダメでできない奴だと突き付けられてしんどいぜ。

 深いため息を吐くや、俺は酒を一気にあおるのであった。

 そして、二日酔いである。

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