第7話 管理能力の欠如アピール

 テーブルを介して一瞬の間が流れた。


「パーティーの活動資金が入った一番大きい財布……なくしちゃった」

「カエルのがま口サイフかい?」

「そう」


 見た目は子供のお小遣い用の財布。収納アイテムの容量を増やすスキルを使えば、実際のサイズは関係ない。


「カフクさん、いくらくらい入っていたんですか?」

「ざっと100万ゴールド」

「100万ですって!?」

「どどどどうしよう!? 今月のローン、支払ってないんだッ」


 勇者パは、馬車や装備品の購入にローンを組んでいた。加えて、生命保険に医療保険、タレント教育費、ギルド組合年金など。

 収入が不安定な冒険者なのにローンを組めるのか? あんまり言いたくないけど、ここ異世界じゃないの? 禍野福也の感性が、違和感を訝しんだ。

 ファンタジーで毎月振込とか、お節介なリアリティーに殴られた気分。


「アンタ、大問題じゃないの! ちゃんと考えてるわけ?」

「心配するな、ここの支払いは俺のへそくりで何とかなる」

「このバカちんがぁぁあああーーっっ」


 俺の見当違いな返答に、ハレルヤが怒鳴った。

 凡ミスで仲間の財産をパーにする奴。面倒見切れないですよねえ。


「どこに置き忘れたか、思い出してみましょう。最後に取引した相手は誰ですか?」

「行商人。モンスターの素材をやり取りした時、財布に買い取り金を入れた……はず」

「では、その辺りを手分けしましょう。大丈夫、皆で探せば見つかります」


 優しさがしみるぜ。さりとて、心を鬼に徹するのだ。


「いや、完全に俺の落ち度。俺が探す。見つかるまで、勇者パの一員だと名乗らないッ」


 犯罪級の失態を犯した。ゆえに、カフクメンバー(メンバー)である。

 迷惑をかけた責任を取って辞表の提出もやぶさかにあらず!

 きっと俺が事実上のクビを言い渡された後、冒険者がギルドへ届けてくれるだろう。カフクと名乗る人物が、ギルドへ配達の依頼を出すので間違いない――


 カエルの財布をなくしたのは本当だ。今頃、売った素材の間に挟まっている。窮屈な思いをさせてすまないゲコ。二段階認証のロックと位置情報を辿れる魔法をかけておいたので、追跡はできる。料金高し。俺のへそくりが吹き飛んだものの、詮無き事さ。


「お金ならまた稼げばいいさ。活動資金の紛失、この結果を招いたのは僕がカフクに任せきりだったから。振り返れば、ローンの契約書類なんてろくに目を通していなかった。ふがいないリーダーですまない。見えない部分でいつもキミに頼ってしまう」


 ナギサは足手まといのミスに憤慨せず、自らの反省を述べた。

 もっと怒鳴り散らかしたまえ、お前は勇者だ。邪魔者は追放しろ!


「甘いぞ、ナギサ! その温情は俺が付け上げるだけだ! 他の仲間に示しがつかないだろもっと厳罰に処せッ」

「どの口が言うのよ、おじさん」


 心底呆れていた、ハレルヤ。


「私も不思議に思っていました。いろんなサービスを利用できて便利なのは嬉しい。けれど、加入手続きや支払いで面倒な思いをしたことがないと」


 ニニカがちらりと俺を見て、小さく微笑んだ。


「雑用係が雑用をしただけだ。すごいところないぞ」


 カフクは、勇者パーティーに在籍するには実力不足。否、タレント不足。


「本当にね。とんだ失態なわけだし、きついお仕置きが必要じゃない?」

「ハレルヤ! 俺の味方はお前だけか……っ!」

「なに、喜んでるのよキモッ」


 俺の無能っぷりを正しく評価してくれるなんて、ただのクソガキじゃなかったのか。

 今度、魔女っ子にぺろぺろキャンディーを差し入れしよう。


「で? アンタもう一つ、聞き逃せない不始末を白状したかしら?」

「よくぞ聞いてくれた。俺の過失を発表させてくれ」

「ウキウキするな。もっと申し訳なさそうな顔で頭を床にこすりつけなさい」


 え、それは後でやるけど? いや、許しを乞うても許されるわけにはいかない。

 土下座するけど、俺は謝らないぞ! そんな所存である。

 膝が痛いものの、床に正座する。きっと、追放へ正念場だ。


「さっきの話の続き。光合石を納品後、余った鉱石を鍛冶屋のオヤジにあげたんだ。そしたら、皆の武器メンテをタダにしてもらった」


 RPGチックな異世界だが、装備には耐久性がありメンテは欠かせない。

 ナギサの愛用剣<アンリミテッドブレイド>は最近研いでおらず、<錆びれたアンリミテッドブレイド>にプロパティ表記が変わっていた。鍛冶屋に武器の世話を頼み、<磨かれたアンリミテッドブレイド>へ新調された。


 この世界では常識だが、住人はそれぞれステータス画面が開ける。魔法が使えない落ちこぼれアピールする奴とて、メニューウィンドウを確認できる。

 なぜそんなことが可能なのか? ゲームっぽいファンタジーだから。以上。


「ニニカの<ターコイズメイス>、ハレルヤの<リリカルロッド>もピカピカに仕上げてもらったんだ。それぞれ、<祝福された><魔力高まりし>のボーナスが付いて気分が良くなりました」


 武器や防具など装備を大事に扱えば、先方も潜在能力を引き出してくれるのだ。


「ふむふむ。いつも通りの行動ですね。武器のメンテナンスでボーナスがよく付くのは、カフクさんが所以でしょうか」

「オヤジの腕次第でしょ。本当に幸運ならば、錬成ガチャもSSRなわけで――」

「アンタ! またガチャ回したわけ!? もう二度とやらないこりごりだって言ったくせに信じられない!」


 錬成ガチャ。それは、錬成のガチャである。

 魔道具店には、合成と呼ばれる一部愛好家が熱狂するサービスあり。

 合成のツボに素材を突っ込んで、変化の杖で混ぜるのだ。否、回すのだ。

 実力者から新人冒険者向けまで、まったくのランダム性を以ってアクセサリーを生成。


 尊敬と畏怖の念を込めてガーチャーと呼ばれる我々は今日もぶっ壊れ性能なSSRを求め、孤独な戦いへと挑む――

 低スペックのアクセサリーをR(レア)と呼ぶの、許さない。ハズレって表記しろ!


「ただのギャンブル依存でしょ、それ」

「れ、錬成ガチャはギャンブルじゃないっ。生き様だッ」

「ふーん」


 ハレルヤが軽蔑の眼差しを向けた。

 素人には理解されないものさ。錬成ガチャの欲望と歓喜、その熱狂の渦に惹きつけられた光と闇の終焉を奏でるレクエイムは――

 ……支離滅裂な言動をしていますが、カフクは正常です。ガーチャーの思考が負の連鎖をクルクル回しております。


「僕の<アームドセイヴァー>もカフクが合成したんだよね。この籠手に助けられた戦闘は数えきれない。デッドリーファングが放った即死攻撃なんて肝が冷えたよ」


 ナギサが右腕に装備する群青色のそれは、ガチャ産SSR。魔力消費で致命傷のダメージを防ぐ強敵の大技や初見殺しに有効なアクセサリー。


「おじさんを甘やかさないで。調子に乗った末路、聞こうじゃないの」

「新たなSSRが欲しかったので、残った素材を全ブッパしました。なんと――何の成果も得られませんでしたぁぁあああーーっっ!」


 錬成されるは、R! R! R! 駆け出し冒険者に無償提供レベルの性能ばかり!

 SSRを出すために、ガーチャーはそれぞれ独自の宗派を信仰している。10連教、深夜0時教、乱数調整教、出るまで回す教など。

 俺はもちろん、無心無欲教。SSR欲ちぃ~~っっ! 脳汁、ブシャァーッ!


「……気づけば、空っぽになった心もといアイテム欄の隙間を埋めたかったのかもしれません。道具やアクセサリーを換金して、合成用素材を大人買い。倍プッシュだッ」

「爆死したのなら、そこで撤退という選択肢があったはずですが」

「爆死したのなら、そこで撤退という選択肢はない! だって、すでにあんなにも回したのだから。ここで諦めたら、それまでの投資が全て水泡に帰してしまう」

「今王都で社会問題になってる廃課金って症状だわ。頭ぶったたけば、治るわけ?」


 俺の名前は、禍野福也。異世界でごくごく普通な社畜をやっていた。

 もはや正気を取り戻したわけだが、正気を疑われてしまう。悲しいね。


「えぇ、日頃のストレス発散にガチャはよく効くんです……ハハッ。熱中したおかげで、名称変更されたお前らの武器までうっかり一括売却してしまいました。俺は最低です」

「サイテー」

「う~ん。カフクさん、これは重大な過失と言わざるを得ません」


 2人に落胆されて当然な体たらく。ギャンブルにハマり、仲間の財産に手を付けた。深刻な信用問題である。

 ……あっ、ちなみに仲間の武器は売ってません。もちろん言わずもがな当たり前だろ?


 金を借りる担保として、質屋に入れてある。へそくりはもうないけれど、取り戻す資金は工面できる。系列の古物商で貯めたポイントカードが使えるし、俺の積立金を解約すれば回収可能だ。必要額と期限を確認してから、俺は無能を晒している。


「ナギサ! 俺はとんでもない迷惑をかけてしまった! 厳正なる断罪をば! パーティーの懲戒解雇を下されても文句は言えねえ! さぁっ」


 おぜん立ては済ませた。お前の手で、お荷物を追放しろ。

 使えねー奴だとしっかり理解したか? パーティー存続はリーダーの務め。目下、仲間の気持ちを無視できまい。世話になったのに、外堀を埋めるやり口で悪い。

 俺が取り返しのつかない迷惑と損害を出す前に――っ!

 流石に性格もいい勇者でも、こんな奴なら罪悪感を抱かずクビを言い渡せるだろう。


「カフク。僕もちゃんと言わないといけないようだ」


 勇者の凛とした声に決意が宿る。

 俺はうつむき加減に、小声で勝ったなと呟いた。

 さらば、幼馴染。お前の親友ができて、楽しかったぜ。


 カフクはナギサの相棒でも、禍野福也なんて赤の他人だろ? 中の人、違います。

 お金と武器は明日の朝、すぐ届けさせる。追放されてもアフターサービスを忘れない。

 それが無能の仕事の流儀。着払いの辺りが、ノットプロフェッショナル。


「活動資金を紛失し、あまつさえ僕たちの武器を損失させた。笑って流せるミスじゃない」

「そうだ、弁解はない。だから――」

「だからこそ、僕は己に腹が立っている!」

「え? 何だって?」


 俺は思わず、難聴アピールをかました。これラブコメじゃないぞ。

 否、俺が鈍感なんだ。そうに決まってる。そうじゃなきゃおかしいやろ。


「自分の武器が大事と言いながら、いつも手入れは人任せ。問題が起きれば、仲間を責め立てる……? 勇者、いや人として恥ずかしい振る舞いだ」

「全然、恥ずかしくないから! お前は憤慨する権利がある。むしろ、義務れ」

「勇者パのサポート業務は俺の仕事。手伝いしかできない人の仕事を取るなって、昔キミに言われた。けれど、僕は信頼と甘えをはき違えてしまった。僕の剣に、僕が一番向き合っていなかったね。手元になくて戦えない。そんな言い訳が敵に通用するか?」


 険しい表情でこぶしを握り締めた、勇者。


「いつも文句を言わず、仕上がりを見届けてくれてありがとう。装備品を大事に扱う。駆け出しの頃はお金がなくてやっていた当たり前の行為。カフクのおかげで、初心を思い出せた。恩に着る」


 ナギサがうんと小さく頷いた。

 ……こ、ここここいつ! この人格者、手ごわすぎるッ。

 許す雰囲気を醸し出すな。怒れ、怒鳴れ、怒畜生!


「ちょっと、ナギ! なに、勝手に許す流れにしてるわけ? あたしとニニ姉だって、大事な武器売られたの! いくら勇者様が庇っても、ペナルティは必要でしょ」

「ハレルヤッ」


 このクソガキ! いいぞ、もっと言ってくれ。さては、真の仲間か!?


「……っ。ふ、ふんっ。アンタが悪いんだからねっ」


 ハレルヤは一瞬怯むや、そっぽを向いてしまう。

 待て、お前を威嚇したんじゃない。変な方向に頭の固い勇者へ、援護射撃してくれてマジ感謝だぜ。勘違いしないでよねっ。


「私のスタンスは、ナギサ様の判断に従います。カフクさんが今まで、パーティーの快適な環境作りに奔走する姿を何度も見てきましたし」


 ニニカが人差し指を口端に置き、う~んと思い出すような仕草で。


「アレは、カフクさん情報を基に入手したレアドロップ品。付き添ってもらった手前、所有権を主張できるほど図々しくありません」

「武器は装備しなきゃ意味ないぞ。ニニカのものだろがい」


 俺は酒場で、ほかの冒険者に酒を奢ってネタをまとめただけである。


「あ、あたしだって! 手に馴染む杖を探すって、おじさんがしつこく付きまとうから! 迷わずの森でアークウッドの木材取りに行っただけよ!」


 なぜか張り合った、魔女っ子。うんうん、それもまた反抗期だね。


「オメーはすぐ投げ捨てるな、ちゃんと魔法放ちなさい」

「なんですってー」


 ハレルヤがシャーっと何度も小突いてきた。

 ナギサはやれやれと肩をすくめ、聖女スマイルを携えたニニカ。

 緊張が解れ、緩やかな雰囲気に包まれていく。

 ……クッ、ここまでか。どうやら作戦失敗らしい。


 俺は肩の力が抜け、脱力した。下手な言動を続ければ、かえって怪しまれてしまう。

 禍野福也の目論見は、勇者に笑顔で気持ちよく足手まといを追放させること。

 後腐れなく心がけよ。芸能人よろしく、事務所を円満退社しました報告がしたい。


 ――忘れることなかれ。

 仲間の好意にぶら下がるな。お前は過去そうやって、尊敬する先輩を潰した前科がある。


 この場で前世の罪を精算できるなんて思い違い甚だしい。

 しかし、同じ過ちを繰り返すな。チャンスはまたいずれ訪れる。

 禍野福也、無能の引き際を見極めておけ。

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