第17話 釈然としないお祝い

 志望動機? ないよ、そんなもん。

 生活するのに金が必要だから。渋々、仕方がなく。

 ブラック企業に就職する時さえ、嘘の応酬もとい面接は億劫だった。

 あの会社、入社前だけは随分と愛想が良かったなあ。はよ潰れろ爆ぜろ!


「個人の実力や周囲の評判は散々なのに、勇者が最も信頼を置いている。カフク氏はおもしれー男ですわ」

「ナギサの手から零れ落ちるのは、どんなクエストより容易じゃない。要らない子を取りこぼさせないと、いつか限界がやって来るのにな」


 徐に独り言ちた、俺。

 世界を救うのがナギサならば、ナギサを救うのはカフクがやり遂げろ。

 レイチェルさんがティーカップをテーブルに置いたタイミング。


「俺を支援したって、何のうま味もありません。スポンサーって仕事でしょう? 選出理由の意図が不明で、役員会で怒られたりしないんですかね?」

「ふんぞり返った老人のご機嫌取りなんて、別にかまわねーですの。社内ベンチャーに関して、彼らは口出し無用ですわ」


 スタートアップもぼちぼち手掛けていると、レイチェルさん談。

 転生したのにビジネスワードを連呼しないでくれ。俺は賢くないので、難しい内容は頭痛が痛い。ナーロッパ、ご都合主義な頭空っぽチート無双で気持ちいい! がウリでは?


 ちょ待てよ、いい加減俺にもチートを寄こしたまえ。

 禁断魔術たる日本語の読み書きできるから最強、無限魔力たる酸素を呼吸で取り込めるから最強とか、言ったもん勝ちだってネットに書いてあった。昔読んだランキング一位の俺TUEEEさえ、ぶっちゃけ屁理屈の権化だったし。


 俺のタレント、ノーマルすぎるバックパッカー。現実は厳しいッピ(異世界)。

 まあ、いい。いや、よくない。

 んなことより、先方の提案を丁重にお断りしよう。

 確か、モラルの欠如アピールにナンパをしかけたはず。真の仲間アロハ、元気かい?


「わたくしをナンパした時の威勢が気に入りましてよ」

「いや、情けない姿を晒した。不愉快だと、俺の責任者ナギサへ文書で抗議してくれ」

「愉快なお方」


 レイチェルさんが口元を隠した。

 随分と変わった感性をお持ちらしい。

 こりゃ、手ごわいな。カフクに興味を持つ時点でお察しか。説得には骨が折れそう。最近カルシウム不足で簡単にポキっちゃう。


「わたくし、あなたとお友達になりてーですの。よろしくて?」

「はあ……どっちがおもしれーか、すでに雌雄は決してますわよ」

「では、お近づきの印にこちらにサインを」


 グイっと、契約書を押し付けられた。甲が乙にどうたらー。

 抜粋すれば、ミスリルシリーズの無償提供。クエストの支度金支給。カフクの冒険レポートの提出。週一のお茶会へ参加――


 俺個人の義務に対して、破格の条件である。

 仲間に有益でありたいものの、お荷物な立ち位置を守りたい。

 強い装備やお金をどれだけ貰っても、つかえねー奴を早めに解雇した方が将来的にメリット大。なぜ大企業が頻繁に早期退職制度をキメるのか、察していただきたい。


 レイチェルさんにまじまじと見つめられ、俺はなし崩し的にサインせざるを得なかった。


「確かに、承諾しましたの。これでカフク氏とお友達ですわ!」

「美人が嬉しそうで、何よりです……」

「詳細はまた日を改めて。わたくし、一度商会に戻り手続きを完了させますわ」


 レイチェルさんが席を立ち、くるりと踵を返した。


「勇者パーティーで異彩を放つあなたが、どんな活躍を披露するのか楽しみでしてよ」

「期待に応えず、予想を裏切らないのがカフクの限界。契約打ち切り、秒ですよ?」

「わたくし、ただの冒険者に興味ありませんの。普通とかけ離れた、オンリーワンを見せてくださいまし」


 そう言って、ミスリル商会の営業部長は一礼するのであった。

 どうしてこうなった? ナンパしようとしたから。因果関係、乱れちゃう。

 俺は首を傾げつつ、ナギサたちの元へ戻っていく。

 とりあえず、報告。ホウレンソウは社会人の基本でしょ。

 真っ先に驚いたのがニニカ。


「そんなスポンサー契約を勝ち取るなんて、すごいですねカフクさん」

「交渉、ちっともしてへん。ただの流れ作業だった」

「当面の間、活動資金で困りませんよ。ナギサ様の魔王討伐が格段と早まりました。世界平和に貢献したと言っても過言じゃないです」

「過言や」


 利益度外視で冒険できると言えば、確かに勇者は自由に活動できるようになった。

 否、ナギサは金儲けにあまり頓着しない。これからも割に合わない人助け、実入りの少ないクエストを受注するだろう。

 あいつが優しい奴ゆえ、毅然とした態度で足手まといを切らせないとな。


「ふん、あのお姉さん。おじさんなんかに注目しちゃって、正気の沙汰かしら?」


 なぜか、不機嫌なハレルヤ。ごめん、いつも通りだね。


「そうだ! ナギサを差し置いて俺を誘惑するとか、簡単に引っかかっちゃうだろ」

「……アンタ、あーゆー人がタイプなわけ?」

「ナイスバデーの美しき令嬢が嫌いな男がいるだろうか? いや、いぬッ」

「デレデレしちゃって。結局、最後は軽くあしらわれてフラれるじゃない」

「初手・真理やめろ。悟りを開け、小五ロリ」


 ついでとばかりに足を踏むんじゃありません。お行儀悪いですぞ。

 保護者の方に注意しようとすれば、リーダーがやけに朗らかな表情である。


「いつもの曖昧スマイルはどうした? 何かいいことあったか?」

「そうだね。カフクが評価される。こんなに嬉しいことはないさ」

「……っ」


 炸裂、イケメン満面の笑み。

 俺の乙女心がトゥクン必至。

 なぜナギサはここまで性格が良きか。これが分からない。

 お前が人格者である限り、俺は小細工を続ける他ない。


「今日はキミのスポンサー記念だ。皆でお祝いしよう」


 勇者の言葉を皮切りに、野次馬根性で聞き耳を立てた同業者たちが集合していく。


「今日はカフクの奢りだって? 野郎共、乾杯だぁーっ!」

「サンキュー、カフクちゃん。お前さん、ただの荷物持ちじゃなかったのかよ?」

「ヤッホゥー、飲め飲めじゃんじゃん酒持ってこぉーい!」

「あのカフクがついぞここまで至ったか――小生は信じていたでござる」


 ワイワイガヤガヤと、見知った顔ぶれがドンチャン騒ぎ。

 ギルドの酒場はテキトーに理由を付けて、バカ騒ぎに興じる。

 いつもこんな場所だけど、そんな雰囲気が嫌いじゃない。


 さりとて。

 熱狂の渦の中心にいながら、禍野福也は冷めた目で己を見つめていた。

 ――自分が調子に乗ったらどうなるか、本当に理解しているか?


「……分かってる。けれど、今は楽しい雰囲気の邪魔はよそう」


 パーティーをクビになれば、このメンツと飲む機会は消えるのだから。


「おじさん、最近独り言多いんじゃない? ほんと、初老ねっ」

「カァーッ、ワシはまだまだ現役じゃーっ!」

「あらあら、ハレルヤちゃん。カフクさんの些細な変化に敏感じゃないですか」

「そんなわけないでしょ!? あたしは介護したくないの。勘違いしないでよねっ」


 ハレルヤがべ~っと舌を出した。

 ダンジョン探索において、ヤングケアラーのお世話になってるのは事実なり。


「やれやれ、ミスリル商会へ送る初めての領収証が交遊費かい? カフクらしいね」


 ナギサが両手を広げて、肩をすくめた。

 できるだけ、もっと落胆してくれ。

 願わくば、これがお前らとの最後の祝杯になろう。

 酒ののど越しがいつも以上に苦かったのは、なぜだろうね。

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