第3話 勇者パーティー

 発端は、一週間前のクエストだった。

 よく晴れた昼下がり。

 街から少し離れた丘陵地帯。雑木林に囲まれた里山風景。

 花々と小鳥のさえずりが広がる中、俺たちは早めの昼食に舌鼓を打っていた。


「いや、ブランチタイムは遅めの朝食か? ナギサはどう思う?」

「どちらでも。カフクの好きな方でいいよ」


 爽やかなスマイルを提供した、ナギサ。今日もイケメンである。


「おじさん、またくだらないこと考えてるわけ? ほんと、おバカさんねっ」

「うるせー、ロリっ子。俺はまだ24歳だ。現役バリバリだぞ」

「なぁーんですって! この老け顔! じゅうぶんおじさんじゃないっ」


 とんがり帽子をかぶった魔法使いハレルヤにシャーっと威嚇されるが、頭を押さえるだけで完全無力化。腕をブンブン回す姿がまさに幼稚の権化だ。

 茶髪のツインテールに強気の瞳、猫のような気まぐれ。それがハレルヤの要素。


「カフクさん、ハレルヤちゃんが可愛いからっていじめるのは、めっ、ですよ?」


 白いベールで顔を隠す聖職者ニニカが指先で×を作った。

 水色のロングヘアーをまっすぐ下したおっとり美人。薄紅の唇に添えられた泣きぼくろがセクシーと評判である。


「可愛げはない。生意気クソガキ小五ロリ」

「小五ロリって何よ!?」


 咄嗟に出た言葉だ。俺に意味を問うんじゃない。


「照れなくてもいいと思います。おやつを餌付けする時なんて、たまらないですから」

「……え?」

「……え?」


 2人の間に、奇妙な間。恍惚の眼差しを見たのは俺の杞憂に違いない。

 それはさておき。


 開けた草原でレジャーシートを敷き、サンドイッチを食べる俺たち。そよ風が心地よい。あぁ、平和だな。このまま昼寝にしゃれ込めばまるで――

 ……この時はまだ、サンドイッチに何の疑問も感じなかった。この世界にサンドイッチ伯爵は不在だろうに。


「ピクニックじゃねぇぇえええかああああああーーっっ!」

「ピクニックじゃなくてクエストだよ。僕たちは依頼があって、ここへ来た」


 冷静なツッコミありがとう。忘却の彼方から奇跡の生還を果たす。


「遊び気分のおじさんってほんと始末に負えないわ。これ、仕事だから。アンタ、プロの自覚あるのかしら?」

「冒険者にプロもアマもないだろ。所詮、大なり小なり何でも屋だ」


 呆れるハレルヤをよそに、俺は今回のクエスト内容を振り返っていく。

 ソーラーロックと呼ばれる岩石モンスターの討伐。及び、光合石の納品。

 依頼主は宝石商。職人に磨かせる原石を求めて、ギルドがクエストを発行した。

 アドバンスの街周辺において、ノース丘陵がソーラーロックの生息地である。


「って、見渡す限り新緑芽吹いてるけど!? 岩石のがの字すら見当たらない!」


 俺は、あっと口ずさんだ。


「いや、ソーラーロックは普段地中で眠っている。日差しが高くなった頃、頭部に生えたコケに日光を当てるため地上へ浮上する生態だ。出発前、俺が調べたじゃないかッ」


「自問自答。正解を導けて何よりです」

「自作自演よ。茶番はやめてちょうだい」

「自画自賛かな? うん、キミらしい」


 仲間の視線が生暖かいなり。いやあ、照れるぜ。

 俺が自然と頭をかいてしまったタイミング。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――っ!

 大きな振動を鳴らせ、周囲のいくつかの地面が隆起していく。


「っ! 来るぞ! 皆、戦闘準備ッ」


 和やかな雰囲気が一転、俺を除いた3人が瞬時に隊列を組んだ。

 あらゆる戦況に対応できる万能タイプの前衛アタッカー、ヒーロー・ナギサ。

 回復支援魔法とタスク管理の中盤サポーター、プリースト・ニニカ。

 攻撃魔法で敵を撃滅する後衛フィニッシャー、ウィザード・ハレルヤ。

 そして、隣でぽつんと佇んだ俺! アイテム係のバックパッカー・カフク。


 今や飛ぶ鳥を落とす勢いやら破竹の快進撃が止まらないと巷で話題の新進気鋭の冒険者たち、勇者パーティーである!

 ……あれ? 今、異物混入しちゃった? 保健所案件かしら?

 いや、ほらっ。バトル面はリザーブだから。俺の真の役目、後方支援よ。裏方ゆえに。


 はたして、誰に言い訳しているのか。

 その謎を解明する暇を与えられず、奴さんたちが出現した。


「すごく、大きいです……」


 体長二~三メートル、風貌はゴーレム。土と泥を関節代わりに手足部分の岩石を持ち上げた。顔を象った鉱物の上部にコケが生えており、くだんの相手に間違いない。

 ソーラーロックが徐にその巨躯を揺らせば、土煙を巻き上げた。


「あいつら、日光浴が好きらしいな」


 無機物に感情があるか判断できぬものの、太陽を仰ぐかのごとく両腕を掲げていた。


「僕が注意を引き付けるッ。2人は隙を突いて遊撃!」


 ナギサがグッと地面を踏み込めば、ソーラーロックとの距離を一気に詰めた。

 助走で稼いだスピードで跳躍するや、鍛え磨かれた剣を抜き放つ。


「ハアッ!」


 ザシュッ! 一番近くにいたソーラーロックへ渾身の袈裟斬りが炸裂。


「いくらナギサでも、大岩に斬撃なんて効果薄いだろ!? そんな装備で大丈夫か?」


 別に本気で言っちゃいない。所詮、俺はパーティーの盛り上げ役さ。

 通常、頑強なデカブツにはハンマーなど打撃が有効である。

 あらゆる武器を使いこなす勇者ならば、敵に合わせて戦法を変えられるのだ。

 否。


「大丈夫、問題ないよ」


 ナギサが剣を払いがてら振り返って、こくりと頷いた。


「まずは一体、片付けた」


 ほぼ同時、ソーラーロックの体に大きな切り傷が浮かび上がり、真っ二つに割れた。大岩の上半分が自重を支えられず、滑り落ちていった。

 無機物ゆえ何事もなく起き上がる可能性もあったが、対象の沈黙を確認ヨシ。


「さあ、次に行こう」


 やはり、勇者には無用な心配だったか。

 勇者とは、様々なスキルが使用できるタレントの中でも極めてレアな<肩書>。

 天に祝福された、<ギフテッド>と呼ばれるもの。

 ヒーロー、通称勇者のギフテッドを与えられた彼は特別な存在だ。すごく、すごい。


 俺に一番適正があったタレントなんて、バックパッカーだぞ? 道具をたくさん持ち運べます。アイテムの運用が得意になります。はあ……はあ!?

 出生の時点で圧倒的格差を味わったね。けっして逆らえない才能の巡り合わせほど、冷たい現実はない。


 けれど、運が良いかなんて考え方次第。

 流石に万能を司る勇者も、バックパッカーみたいなニッチな需要は兼ね備えていない。幼馴染の俺がナギサをサポートできるのは地味に役立つ性質ゆえに。


 うぅ、自分で言ってて悲しくなってきた。俺は、考えるのをやめた!

 パーティーリーダーたるヒーローに武器チェンジを進言するはずが、早くも手持無沙汰。討伐推奨レベルも安全圏なので、いよいよ俺は体育座りで見守らざるを得なかった。


 一応、他の2人の実況でも務めてみる?

 ニニカのタレントは、プリースト。支援魔法と回復魔法が主な役割。単独でモンスターと戦闘するのは不得手なはず。


「ふふふふふ! メルティポイズン、よぉ~く味わってくださいね」


 お祈りポーズで発射したのは、紫色の水泡。怪しげなシャボン玉がソーラーロックへ着弾するや、ふしゅぅ~と白い煙を上げた。

 見る見るうちに、岩石の太い腕が腐食していく。


「あぁ~、じっくり溶け落ちる姿は美しいですね。私の毒、いかがでしたか?」


 恍惚の笑みを浮かべた、ニニカ。

 効率良くバッドステータスを回復する特訓をした結果、効率良く状態異常を付着させる魔法に目覚めてしまったらしい。大丈夫か、このプリースト。


「ゆっくり……じっくり……その毒は体を蝕んでいきますよ? 苦しいですか? 辛いですか? 治してほしいですか? さすれば、私に懇願してください」


 全壊寸前のソーラーロックがバランスを崩して転倒した。


「あなたは……そうですか。毒が辛くないのですね」


 ひどく残念そうに相手を見下ろした、ニニカ。

 ちなみに、回復を懇願される時の顔が大好物らしい。我欲を満たすため、敵味方問わず広範囲のデバフをまき散らすことが稀によくある。大丈夫か、このプリースト。


 近づくと俺も毒の餌食にされそうだ。一歩距離を取り、視線を逆へ移した。

 ハレルヤのタレントは、ウィザード。勇者パ最年少で、地水火風の上級魔法を修めている。子供の頃から――今もガキンチョだが、天才天才ともてはやされて、無事天然クソガキとなりました。


「ふん、ナギもニニカも石ころ相手に何を遊んでるわけ? ほんと、お子様ね!」

「などと、昨日お子様ランチの旗に目を輝かせていた幼女が供述しております」

「おじさん、うっさい! ちっとも働かないニートのくせにっ」

「ニートじゃねえから! 荷物持ちに、バトルは専門外でしょうが」


 ハレルヤの暴言に、俺はビクッと反応してしまう。

 勇者パになぜかいる奴、何もしないをする男、勇者のちょうどいいハンデさん。

 俺が結構な陰口を叩かれていると知っている。実力不相応なくせに、一流冒険者と組んでいるから。おいしい思いしやがって。どんなズルい手ぇ使いやがった!


 実際大変なのだが、正直に語るほど自慢話に聞こえるだろう。沈黙はゴールドだ。

 無駄話に興じていれば、ずいぶん小幅な大股で大岩の元へ近づいたハレルヤ。


「魔法使いは後衛だろ! 正気か!? わざわざ敵に近づくなんて何考えてやがるッ」


 仲間の見せ場である。面倒だけれど、前フリは役目です。


「呪文ってナンセンスよね。わざわざ敵の前でポエム垂れ流すの滑稽でしょ。あたし、詩人じゃないの」


 自らのタレントを否定しつつ、とんがり帽子の幼女が肩をぐるぐると回している。


「いろいろ試した結果、これが一番手っ取り早い!」


 ハレルヤは背負った魔導杖を抜き――そのまま投げ捨てた。

 ソーラーロックが振り下ろした剛力迫る刹那。


「だらっしゃぁぁあああーーっっ! プロミネンスッ」


 ハレルヤの拳に赤青黄緑の光が集まり、白く輝くオーラを迸らせた。巨大な質量にグーパンチで相対すれば、轟音と共に爆発が巻き起こる。

 閃光と衝撃波で目が眩み、怯んでしまう。視界を取り戻した時には、魔法使いの背後に木っ端微塵に砕け散った石ころの山が積み上げられていた。


「雑魚乙。肩慣らしにもならないわね」


 ハレルヤがマントの埃を叩き、投げ捨てた杖を回収する。投げ捨てる必要あった?

 スペルキャンセリングという高等テク。


 魔法使いにとって、詠唱中はどうしても無防備な隙を作ってしまう。じゃあ、詠唱破棄して魔法使えば良いじゃん。威力は落ちるけど、こっちの方が手っ取り早いよね!

 そんな机上の空論クソガキの屁理屈を実現する辺り、彼女は天才魔女っ子なのだ。


「すげー、ハレルヤ! まるで偉大な魔法使いだぜ」

「ふん、偉大な魔法使いなのよ。あたしの凄さなんて、素人おじさんにはこれっぽっちも伝わらないでしょうけど」

「あとでアイス奢ってやろう」

「やっ……仕方ないわね、ハニーミルクを所望するわ」


 地平線もかくやぺったんこな胸を張って、満更でもないご様子で。

 ヒーロー、プリースト、ウィザード。モンスターの脅威はそれぞれ各個撃破できる程度のもの。今回は強敵との戦いではなく、ギルドから頼まれたクエストである。難易度は低いが、貢献度稼ぎにちょうどいい。報酬も色が付くしね。


 ソーラーロックを半分以上討伐したので、俺は重い腰を上げた。

 バックパッカーの仕事は、アイテムの運搬及び戦利品の回収。

 戦闘メンバーが荷物を抱えながらモンスター退治は難しい。格下ならいいけど、その戦闘に不要な道具を所持していては機動力が下がってしまう。体力、精神面を無駄に削ってしまうのは損だ。


 勝利を重ねるほど、モンスターの素材や換金アイテム、謎の鑑定品にレアドロップと荷物がどんどん増えていく。どれだけ強くても、ダンジョンに潜ればその問題は避けられない。


 そのための後方支援。面倒事を一手に賄うサポーター。

 俺が愛用するリュックサックは、一見どこにでも売ってるようなレザーカバン。


 しかし、バックパッカーのスキルで収納可能容量や背負った時の重さが最適化されている。手を突っ込めば、あら不思議。剣でも槍でも弓でも杖でも、怪しげなポーション多数、キャンプ道具一式、皆のおやつまで! たくさん詰め込んでおります。


「俺も働いてますよー」


 思わず独り言ちてしまった。

 仲間と比べて、正直活躍の差がダンチ。もの拾いするだけの簡単なお仕事と揶揄されるが言い返すだけの実力が備わっていない。少しでもナギサたちの負担を減らすため、気配りは欠かさないのだが……


 まあ、俺は脇役でも背景でもモブでも構わない。

 親友が活躍すれば嬉しいし、彼が称賛されれば自然と鼻が高くなる。


「カフク!」


 うんうん、この勇者は俺が育てた!(勝手に成長した)

 後方腕組み指導者面する俺に応えるかのごとく、声を荒げたナギサ。


「やれやれ、そんな必死な顔するな。いかに勇者、されど未熟。修行が足りないぞ」

「後ろだ、ボケっとするなッ」


 まるで、注意喚起だな……まるで?

 俺が首を傾げた瞬間、視界が暗くなるほどの影に覆われていく。

 ふと見上げる。ソーラーロックの顔とご対面。


「はは、モンスターのおかわりは結構です」


 目に似た鉱物のくぼみが、哀れな荷物持ちをじっと捉えた。振り下ろされる巨腕は、標的をいとも容易くぺちゃんこに――


「うぉおおお! 小心者スキル、チキンハート!」


 チキンハート時の俺は、俊敏性と小回りが大幅アップするのだ。

 そんなスキルは存在しないけれど、正々堂々と大手を振って敵前逃亡!

 ビビッて動けなくなるよりも早く、可及的速やかに距離を取った。ほ、ほら、アイテム係は拙速を尊ぶって言うでしょ。言うの?


 地面からぽこじゃがと出現する第二便のモンスターたち。その隙間を縫って、俺は一番近くにいた仲間の元へ合流する。


「敵が密集している! 殲滅せよ、ハレルヤチャンス!」

「……おじさん、可愛い女子の後ろに隠れてどんな気持ち?」

「老若男女平等! 適材適所の結果だからっ」


 幼女の軽蔑な眼差し、我々の業界ではご褒美にあらず。

 ハレルヤが深いため息を吐く間、ソーラーロックの群れがにじり寄った。


「あたし、今日はもう魔法ぶっ放す気力がないわ」

「ハレルヤさんハレルヤさん! 来てます来てますっ」

「アンタの軟弱さに精神力吸われて、MP0よ」

「俺への怒りでも何でも込めてくれぇぇええーーっ!」


 年の離れた女子に平伏する24歳男性の姿がそこにあり。

 幼女先輩にお伺いを立てれば、ニヤリとほくそ笑んでいた。


「ま、頼りない大人に力を貸してあげるのも天才の宿命かしら」


 ハレルヤは杖を構えた、と思えば投げ捨て、マントを翻す。


「雑魚ども! まとめて殲滅してあげる。プロミネンスッ」


 やはり、天才魔法使いは呪文など唱えない。

 なぜなら、詠唱は面倒だからである。

 裏に控えていたソーラーロックを見逃さず、ハレルヤのグーパンチが炸裂した。


「ちょ、待てよ!? そんな至近距離じゃ、防御でき」

「愚かなおじさん。あたしが魔法で自傷するとでも? マジックガードなんて基本よ?」


 そして、どや顔である。


「俺は丸腰だろうがぁぁあああーーっっ!」


 魔獣の咆哮よろしく爆発音が轟いた。

 いくら威力を落としたとはいえ、上級魔法の複合技。

 その威力、衝撃を至近距離で味わうバックパッカー。

 対策アイテムを取り出す余裕もなく、ごく当たり前に爆発の巻き添えになるのであった。

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