第27話 ボス戦前はセーブしよう
試練の間とは、所謂ボスフロアである。
ダンジョンのラストを飾ったボスモンスターが陣取っており、欲深き冒険者の魔の手から金銀財宝レア武具を守護している。
なぜそんなことをしているのか? そういうものだから。ナーロッパイズムを感じろ。
つまり倒されぬ限り、24時間365日タダ働き……ってコト!?
強制労働施設の社畜だった禍野福也でさえ、先方の奴隷魂に脱帽せざるを得なかった。
巨大な鉄門扉が厳かに開け放たれていく。
金網を張った鉄格子越しの小部屋が連なって、針棘と連鎖の枷がばら撒かれていた。牢獄に見えた。
緑の炎を灯したランプに囲まれる中、部屋の中央で巨像が悠然と待ち構えていた。
しかし、まだボスフロアに入らない。突入が、戦闘スタートの合図ゆえ。
「俺たちのヒーローはどこだ?」
俺は周囲を見渡したものの、デカブツ以外の姿を確認できない。
確かDPSチェックのペナルティを食らい、脱出不能状態に陥ったはず。
「ナギサ様を巻き込んだ強制転移の軌跡は、奥の部屋へ向かって飛び去りました。おそらく、宝物庫に閉じ込められています」
「今回の報酬はナギサってわけだな。ま、勇者パの至宝に違いない」
なるほどと腕を組んだ、俺。
ナンバーワンになるしかないし、元々特別なオンリーワン。
それが世界に一人だけのナギサだ。
「ふん、リベンジマッチね。あたしの本気で、軽く捻ってあげるわ」
「前もそんなこと言って、ハレルヤくんすぐバテたじゃん。ボク、おんぶはもうこりごりだよん」
「し、仕方がないでしょっ。天才ウィザードよ? 上級魔法は高威力な分、MP消費が激しいわけ。敵を殲滅するのがあたしの宿命だわ」
げんなりとしたミューに、ハレルヤが早口でまくし立てた。
「え~、ほんとでござるにゃ~? 勇者も子守を強いられて、戦力ダウンが免れなかったじゃん」
「ほんと、生意気な新入りね! 先輩に敬意を払いなさいっ」
勇者パも、カリスマ不在じゃパワハラ横行か。大変だねー。
俺が明後日の方向を見上げ、ボスバトルの未来予想図を描いていると。
「なに、よそ見してるわけ? 元はと言えば、アンタが連れてきた小娘でしょうが! クソ雑魚のおじさんが情けなくボロ負けしたから――」
ガミガミと、BGMに使うには煩わしい。
期待のルーキーへ幼女先輩を押し付け、俺はニニカに最終確認を取った。
「前回の攻略、途中まで苦戦しなかった? ナギサがいた場合」
「今までの高難易度ダンジョンと比べると、余裕がありました。その慢心がこの窮地を作ったと言われれば、返す言葉もありませんけれど」
「初見クリアが成し遂げられそうなメンツじゃん。足手まといが脱落したんだ、自然と勇み足になるもんだ」
基本的に、高難易度ダンジョンは一回の冒険で攻略するものじゃない。理不尽な仕掛け、予想外のトラップ、厄介なボス。それぞれに必要な対策をしなければならない。
下見を重ね、最適解を探し、一筋縄でいかぬ弛まぬ知識の攻防が……
まあ、勇者率いるチームは地力がダンチゆえ関係ないんですけどね。
カフクという無能を抱えてなお、彼らの快進撃は勇猛果敢だった。すごーい。
やはり、俺が消えて正解だ。なぜなら、余分を削いだ分さらなる飛躍を遂げるから。
「やはり、カフクさん不在が誤りでした。なぜなら、慎重を削いだ分余分なリスクを生んでいましたから」
ニニカが真面目な面持ちで、おかしなことを言った。
ボス戦直前、場を和ませたい彼女なりの冗談かしら? 過大評価は笑えねぇぞ、ハハッ。
「俺がいると、冒険のペースを停滞させただけだが? 時間を無駄に使わせてすまんの」
「――ナギサ様のモチベーション。勇者パーティーの功績に直結する最重要タスクを管理できる時点で一番貢献していますよ」
「しっかりしろ、ヒロインズ。それはお前らの役目だろうに」
ただの荷物持ちです。アイテム係といえ、ヒーローの手綱なんて握らんよ。
このプリースト、実はカフク有能説を推している? 逆張りしたいお年頃か。陰謀論とか仮想通貨投資に気を付けなはれや。
ニニカの暗黒微笑をスルーして、俺はやるべき準備を行った。
「ミュー。渡しておくものがある」
「ん、お宝かにゃ? ボクがしかと保管して進ぜよう!」
「いや、ごくごく普通な装備品。さりとて、作戦に大事なアクセサリー」
リュックから取り出したタグを、ミューへ預ける。
「真ん中に付いた星形、綺麗じゃん。宝石? 売ったら高いやつ?」
「売るな。いや、大一番を乗り越えた後は好きにして構わん」
合成で作ったSSR。店の買取より好事家が欲しがるかも。
「お守りさ。ミューに特別な加護を授けたまえ」
「カフクくんのくせに気前いいーじゃん。もしや、ボクの魅力に気づいちゃったかな?」
「あ、それで大丈夫です」
俺が渡したブツ、スター・アトラクト。
敵のヘイトを煽り、ターゲット集中効果(大)が発生する。
しかし、非常に壊れやすい。大体、ボス戦一回でパリンッ。
照れた怪盗をよそに、仏頂面を極めていた魔女っ子。
「アンタ、こんな生娘がお気に入りなわけ? いい趣味ね」
「幼女に生娘呼ばわりは流石にいとおかしい」
みやび、とても趣かないわ。
「ハレルヤにはエーテルあげたでしょ。それで我慢なさい」
「大人のレディを子ども扱いしないでちょうだい。だから、おじさんはモテないの!」
「俺がモテない理由なんてないだろ? モテないだけだ」
空気は大事。水は大切。それくらい当たり前の話である。
「うちの魔法使いは小手先より、火力ブッパが得意だし性に合ってるだろ。MP管理は俺がやっとくから、暴れてくれ。頼りにしてるぜ、ダメージソース」
「ナギと違っておじさんは頼りないし、あたしの負担が増えてほんと迷惑よ」
とんがり帽子を被り直しながら、片目を閉じたハレルヤ。
「せいぜい、最後尾から指示でも出してれば? それくらいしかやることないでしょ」
「そうだな、小五ロリがいつも作戦無視するのが一番厄介だけどな」
「どういう意味よ!」
そして、反抗期である。
とにもかくにも、ナギサ奪還作戦最終工程間近。
カフクが勇者パに加わったラストバトルの火ぶたが、切って落とされる。
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