第28話 薄氷を踏みしめて

「ぎゃぁぁあああーーっっ!? 助けてぇぇえええエエエエーーッッ!?」


 ミューの絶叫が響き渡った。

 試練の間に足を踏み入れた冒険者を迎え討つは、ボスモンスター。

 筋骨隆々の巨大なマスラオ。頭上に浮かぶ輪っか、背中に白銀と漆黒の三対三翼を羽ばたかせ、金色の剣と紫の槍を構え、蛇を模した尻尾がうねりを挙げた。


「天使か悪魔、デザインはどっちかに寄せてもろて」


 エンジェリックなデビル。デビルチックなエンジェル。

 これ、堕天使ってやつ? フォーリンラブではなくて、フォールンヘブン。

 禍野福也は浅学ゆえ、宗教や聖典に関する知識はゲームのみ。翼が多いと、すごく偉い!

 とりあえず、呼称はサタンにしておくか。あれ、ルシファーと何が違うん?


「奴さん。目論見通り、財宝荒らしを見つけて集中攻撃してる。いいぞ、その調子や」

「カフクくぅぅうううんんん――っ! 騙したなぁぁあああアアアアッッ」

「騙してないよ、タゲ取りできるのミューだけ。そのためのスター・アトラクト」


 大型モンスとのバトルにおいて、役割分担が特に重要である。

 強烈な攻撃を分散されれば、パーティーの連携など簡単に崩壊してしまう。敵の脅威を一手に引き受ける守りの要、タンク役を配置するのは定石だ。


 しかし、元々勇者パにタンクの専門職はいない。例のごとく、万能ヒーローがほとんどの場面に対処できるから。あいつ、ほんとスゲーな。器用なら、貧乏であれ。

 タンクの定番と言えば、盾持ちがどっしり構えたスタイル。

 今回は人選の都合上、敵愾心を華麗に捌く回避タンクを据え置きました。


「ミューっ! 怪盗の身のこなしで、全部避けてくれっ」

「むりむりむりむり~っ!」

「ギフテッドは伊達じゃない。ファントムよ、サタンの視線を根こそぎ奪え」

「ボクは潜伏が得意じゃん!? 敵に気づかれず、颯爽と優雅にお宝を頂戴する。囮なんて趣味じゃないってば」


 怪盗が文句を垂れつつも、大剣の振り下ろしや瞬槍の一突きを見切った。マントを踏んづけて転ばない限り、しばらく持ちこたえられそう。やるじゃん、期待のルーキー。


「ニニカ、補助魔法をミューへ! 敏捷、筋力、敏捷、抵抗の順でバフ入れろ! 2セット入れたタイミング、サタンが黒い羽を飛ばす! 神聖魔法で打ち落とせ!」

「はいっ、メルティポイズンは――」

「状態異常は当てにならん。戦線維持、優先ッ」


 残念そうなニニカだが、趣味よりも優先すべきものが冷静な判断を下す。


「ちまちまと地味な戦いね。あたしが早期決着させてあげるわ」


 案の定、堪え性がないハレルヤがポジションから動いた。

 お得意の爆裂パンチの予備動作。杖を放り投げ――咄嗟にキャッチ。


「絶対に前へ出るな! 敵の視線が散って、前衛の邪魔になる!」

「なら、あたしの最大火力を誇る攻撃魔法を――」

「上級魔法はまだ使うな! 標的が切り替われば、最初にやられるのはハレルヤだ」


 現状、敵にとって最も脅威はクソガキ。それをミューがごまかしている。


「おじさんのくせに、文句ばかり! 突っ立てるだけじゃ、敵は倒せないでしょ」


 イライラと憤慨した、ウィザード。

 気持ちは分かる。アタッカーが仕掛けずどうするのだ。

 攻撃は最大の防御? 否、ボス戦において余計な行動など勝機が遠のくばかり。


「なるべく、相手の攻撃を防いでくれ。ストーンウォールでファントムの壁、シルフィーゲイルで相手の動きを鈍らせる。フレイムランスで槍を相殺、剣の大振りと同時に、ウォータージェットで後退させろ。サタンがすっ転んだら、自慢のプロミネンス炸裂だ!」

「簡単に言ってくれちゃって。アンタの無茶ぶりを再現できる天才、あたしくらいよ?」


 瞳を赤く光らせ、リリカルロッドを構え直した魔女っ子。


「つよつよ勇者がいないんだ。この先、面倒な攻略手順を全然省けないぞ。先述の魔法四発間隔でエーテル使えば、グーパンじゃない本気プロミネンス出せるだろ? 敵の行動パターンも一定じゃない。緊急回避用のアヴォイドは常に使える状態を保っておけ」

「おじさん、あたしのスキルの効果と消費MPに詳しすぎ。もしかして、仲間の技を全部把握してるわけ? とんだストーカーねっ」

「こちとら後方支援だぞ、んなもん自然と覚えるわっ」


 勇者パの総スキルはせいぜい68個。今はナギサとミューが入れ替わり、61個か。


 カフクは普段、バックアップを務めていた。会計、経理、財務、簿記、裏方、窓口、営業、情報システム、商品開発、マーケティングなど。様々な情報と睨めっこしてきたのだ。

 いくら雑用係でも、興味がある奴らのステータスくらい記憶できるだろうに。


「俺は例の部屋を調べてみる! アイテムでサポートするけど、全く以ってちっとも期待しないでくれ! 足手まとい頼りは、足の引っ張り合いになるからなっ」

「アンタお得意のズルしたって無駄よ! あたし渾身の魔法だって、あの扉は壊せなかったんだからね!」

「そうか。じゃあ、安心して作業できるぜ」


 やるだけ無駄。結果が伴わない。

 なるほど、無能にピッタリな悪足掻きじゃないの。

 フッ。自慢じゃないが、骨折り損のくたびれ儲けずは得意さ。謙虚や……

 悲しい現実はさておき、俺は試練の間の奥へ向かった。

 目下、サタンがフロアの中央を陣取ってミューを襲っている。


「カフクくぅぅうううんんん~~っ! もう代わってよぉぉおおおオオオオーーッ!?」

「素人は、黙っとる――」


 嵐のごとき激しい攻防が交わされる中、できるだけ壁を伝って移動した俺。

 幸か不幸か、危険度0のアイテム係など先方に認知されなかった。

 本来、ボス討伐で開放される宝物庫の入口正面へ到着。くだんの扉の様相ははたして。


「どう見ても、障子に見えるけどな」


 指で突けば穴が開きそうな簡素な造り。

 しかし、クソガキの魔法攻撃に耐えうる頑丈な障子なり。

 試しに和紙を破こうと爪を立てたものの、ビクともしなかった。

 扉は不思議な力で守られている。そういうものである。


「壊れるまでプロミネンス連発すればワンチャン……守護堕天使が見逃してくれたらね」


 チャンス時以外、大技ブッパはヘイト管理を崩壊させる。こちらにかけようか対象の耐久性を調べるアイテムを即時使用すれど、測定不能と弾かれた。はいはい、不思議な力。

 余計なリスクなど、カフクだけで十分。俺一人で、何とかしたまえ。


「ピッキングツールでこじ開けてやる! コソ泥のミューほどじゃないが、俺もサムターン回しできるんだぜッ」

「ちょっと! 今っ、ボクの悪口言った!? 正義の怪盗っ、義賊だってば!」

「でもそれ、あなたの考えですよね? 悪党の常套句ですねえ。窃盗は犯罪です」


 論破と称して相手を否定すれば勝ち誇るの、悪質だなあ。


「しまった! 障子にサムターンないよぉ~」


 ねえ、回せないじゃん! 昔習った鍵開けが披露できない、だと!?

 俺はピッキングツールを地面に叩きつけ、リュックを乱暴にまさぐっていく。


「何かないか、何かないか!? 何かないかっ!?」


 ドラざえもんよろしく四次元バッグから、あれでもないこれでもないとアイテムを地面へばら撒いた。


「バンプハンマー、ドリルシリンダー、ブレイクドライバー、普通の針金」


 脳内シミュレートで扉をこじ開けたブツを実践するも、全てはね除けられた。

 まだだ。


「チャーム封じの札、マジカルジャマー、アンチミステリー、消魔スプレー」


 不思議な力をかき消そうとしたが、全く効かず役立たず。

 風前の灯火と化したカフクの方こそ、すぐにかき消されそう。


「万にダメ元さ。蜘蛛の糸や藁にもすがったところで絶望へ叩き落されるのみ」


 改めて、俺じゃ勝機を見出せないと確信した。

 さて、この窮地。どうひっくり返す?


「……ナギサなら最後まで、絶対に諦めない。脱出へ繋がるか細い一筋を手繰り寄せる」


 扉もとい障子一枚隔てた先で、自力で帰還しようと懸命なナギサがいる。

 俺には分かる。

 勇者だから特別ではなく、特別なあいつだから勇者の<肩書>に選ばれた。こんな所にずっと押し込められる程度の才能じゃない。ギフテッドとは祝福される定めだ。


「勇者のお通りだ。お前は扉を開けておくことすらままならないのか、無能」


 思わず、やれやれと落胆してしまう。ここまで来て、結局ダメですか?

 ナギサがいなくちゃ、ボスを討伐できない。初めから予想してた。ゆえに、俺が救出できなくとも脱出の糸口を垂らさなければならなかった。


 作戦の要がカフク。とんだウィークポイントだぜ、急所にクリティカルでボツ案必至。作戦企画・禍野福也、責任を取って辞任しま――


「おじさん!」


 ハレルヤの叫び声で、ハッとした。

 戦況確認。堕天使が黒い羽根を飛ばし、それをニニカが迎撃。大剣を振りかざせば、それをハレルヤが押し止める。怯んだ隙に、ミューがワイヤーで転ばせた。

 良いチームワークだ。連携がちゃんとハマっている、どこぞのアイテム係を除いて。


 本職の後方支援すらおぼつかないバックパッカー。荷物持ちが置物かよ。

 現状、カフクが動けば邪魔になるだけ。足手まといゆえ、歴戦の冒険者たちと肩を並べるには実力不足。えっちらおっちら無能アピールで追放されようと企てた理由――厳然たる事実を突きつけられたね。


 俺がいくら嘆こうとも、勇者パメンバーが善戦しようとも、いつまでもこちらのターンは続いてくれない。

 サタンがダウン状態から復帰すれば、天を睨みながら怒号を響かせた。


「「「……っ!?」」」


 ニニカらが、衝撃波を伴う咆哮で弱スタンを食らってしまう。


「止まるな! 次来るぞっ」


 ノイズフィルターを咄嗟に張り付けていた俺は、ありったけのきつけソルトを部屋の中央へ向かって散布した。アルコールと卵の腐ったような臭いが充満していく。

「助かりました! 各自、散開っ。もう一度仕切り直しです」


 再行動に移った、仲間たち。

 しかし、時すでに遅し。一ターン分、ダメージが足りなかったようだ。

 堕天使の輪っかが輝きを増して、三対三翼を大仰に広げていく。

 新しい攻撃モーション? ここは様子見か? 皆へ瞬間強化アイテムを――


「マズいじゃん! アレって……っ!」


 ミューが答えを提示する直前、偉丈夫の正面に六芒星が浮き上がった。


「魔法攻撃か!?」

「違います! DPSチェックが――」


 六芒星が弾けるように消えた途端、天井から光の奔流がファントムめがけて降り注ぐ。

 怪盗の華麗な体捌きでも回避不能な光の柱へ、ミューが閉じ込められた。


「へへ、捕まっちゃった。ボクも年貢の納め時かな?」

「ミュー! 牢屋に入りたいなら、ナギを助けてからにしてちょうだい」

「ひどいじゃん、この幼女先輩。牢屋にぶち込まれるいわれがないよっ」

「泥棒でしょ、お縄に付く理由しかないじゃない。まったく、おまわりさんのお世話になるのはおじさんだけで十分よ!」


 軽口を叩き合うが、状況は極めて劣勢。

 元々攻め手に欠けていたが、タンク役の拘束で守り手も欠けてしまった。


「やれやれ、万策尽きたか」


 絡め手のカフク、一気に緊張が解けてしまう。

 匙を投げる勢いだが、あいにく手持ちの食器はナイフとフォークくらい。

 ……せめてSDGsを慮り、マイ箸でも作っておくべきだと思いました。

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