第11話 危機管理の欠如アピール

「この大通りを抜けた先、安置があるらしい。そこで一旦休憩しようぜ」

「分かった」


 バラエティ遺跡三層。

 光るコケが通路を照らし、古代ナントカ文明の碑文を浮かび上がらせた。崩れた支柱を避け、今にも動き出しそうな石像を警戒しながら突き進んでいく。

 見上げれば首が痛くなるほど巨大な門扉を構えた、エントランスホール。その脇道にセーフティルームが設えられている。多分、中ボス前のセーブ場所である。


 ダンジョンの要所を把握してるとかやるじゃん。俺、もしかして優秀だったり?

 そうだな、昨日通った道を得意げに誘導しなければ優秀だね。ぐすん。

 道案内するだけで割の合わないコストがかかっている。今月のお小遣い、ないです。

 俺がガックシとうなだれていれば。


「攻略本」

「ニニ姉?」

「とある噂話を耳にしました。曰く、あらゆるダンジョンの攻略情報が掲載された秘伝の書を勇者が継承している。彼らの目覚ましい快進撃が続く理由はそれだと」


 今月のお小遣いがないということは、今月のお小遣いがないということ。どうしよう、ガチャ回せない……多分欲しいSSRピックアップされるのに。すり抜けを許すなっ。


「はん、くっだらない話ね! おあいにくさま、あたしたちの実力じゃない。活躍が凄くて、僻みってわけ? 単に他の雑魚が追いつけないだけでしょ?」


 魔道具店、絶対に確率弄ってやがる。100連回してSSR0はおかしいやろ!


「ナギ! 誹謗中傷には断固反撃殲滅だわ。あたしが汚い花火を打ち上げてあげる」

「攻略本、ね。僕の知らない世界の知識があふれ出すし、言いえて妙だ」

「え?」

「僕を導いてくれた指針という意味では、さ。随分と引っ張ってもらったし、今では背中を押してくれる存在だ」


 ハッ、借金すればいいってコト? 多額の負債が返せず、タイーホ案件……駄目だ、どうせナギサが返済するに決まってる。迷惑をかけず、追放されなさい。


「どういう意味よ?」

「そのままの意味だよ、ハレルヤ」

「ふふ。ハレルヤちゃんも大きくなれば、分かります。攻略本というわりに、誤植も結構多いみたいですけど」

「2人で分かってる感じがムカつく。あたしの理解力がおじさん並みって言いたいの? そんなのぜぇ~ったいに認められないわっ」


 さっきからスタメンがうるさいなあ。


「お前ら、ダンジョン内で無駄に騒ぐのよくないなぁ~。基本だぞ」

「うっさい。アンタのせいなんだからね!」


 そして、生意気である。

 クソガキのパワハラでチーム脱退か。転職の際、職務経歴書に記入し辛いぜ。

 冗談はそこそこに、俺はゆっくり息を吐いた。

 脇道が二手に分かれており、右へ向かえばセーブポイント。


「そこ、左だぞ」


 であるならば、真の目的地へ誘おう。RPGでも正解のルートより、ハズレの道に向かうのは基本だろ。探索してアイテム回収こそ、ダンジョンの醍醐味である。

 薄暗い小部屋に到着。四畳半くらいの広さ……この異世界に畳ってある? いや、畳職人の転生者が――流石におらへんか。


「行き止まりじゃない。どこにクリスタルがあるわけ?」


 ハレルヤが文句を垂れた。

 ゲームっぽい世界ゆえダンジョンにクリスタルが配置されている。魂の複写もといセーブすれば、ダンジョン内の死を緩和できる。そんな常識に疑問を持つなんて、俺もまだナーロッパの匙加減に対応しきれていない。肩の力を抜け、そういうものなのだ。


 発光玉を打ち上げ、部屋の明かりを確保したタイミング。

 隊列を乱す出しゃばりが、こっそりナギサの前へ位置取りした。


「あーっ! こんなところにお宝が~!?」


 昨日、確認したでしょ。ミューに山吹色のお菓子を握らせ、回収させなかったやつ。

 3人が俺の声に反応し、宝箱を視認する。赤い木箱に金の装飾とはイメージ通り。


「俺が真っ先に見つけたからな! へへ、手柄は我にありっ」


 演技が下手なのは、演技にあらず。

 我先にと、宝箱の正面を陣取った。なんせ、これはトラップなのだから。


「ちょっと、アンタ! 最後尾にいたくせにガメついて、恥ずかしくないわけ?」

「ぜっんぜぇ~ん、恥ずかしくない! 俺はこういう人間だッ」


 ニチャアとほくそ笑むと、魔女っ子に杖で叩かれた。パーティー内暴力やめて。


「キミが報酬を主張するの珍しいね。特別なアイテムかい?」


 ナギサがこちらを振り返って、


「そ、そそそんなの開けてみねえと分からねえでやんすっ」


 落ち着け、カフクはやんす口調じゃないでやんす。

 今回、俺がアピールするのは危機管理不足。


 金銭欲に駆られて宝箱を開ければ、トラップでした! 仲間の忠告を無視して、仲間を危機にさらしたカフクはやっぱり足手まといじゃん。こんな無能、勇者パにふさわしくない。


 結☆論。そうだ、追放しよう!

 ……おそらく、一発アウトにしてくれない。勇者、あまちゃん野郎ですから。

 さりとて、追放の道は一歩から。イエローカードが二枚あれば、退場なのだ。


「さぁ~て、俺のお宝ちゃ~ん。何かなぁ~、金銀財宝出ておいでぇ~」

「きも」


 好感度だけはとっくに追放級。悲しいね。


「待ってください、カフクさん。部屋に一つだけ置かれた宝箱。怪しくないですか? 嫌な予感がしま」


 ――っ! ここだ!

 もちろん待ってたぜ、その言葉をなあ!

 ニニカの忠告は、慣れた冒険者ならば当然進言する。

 感覚的な話だが、ダンジョンで楽に入手できる宝箱は大体ハズレ。この場は宝物庫でもなく、一つだけこれ見よがしに部屋の奥へ誘導される――


 すなわち、十中八九トラップッ!

 否。俺は無能ゆえ、十中八九さえ逆に外しちゃう。


 昨日、偶然たまたま連れのシーフにトラップサーチを頼んだところ。

 結果は、レッド。青は安全、黄は注意、赤は危険の色だ。

 念のため、トレジャーサーチも頼んだ。ミュー、面倒くさそうだった。

 結果は、レッド。青は確実、黄は五分、赤は不明の色だ。


「リスクを取らなきゃ、リターンは得られないだろッ」


 愚か者め。お前がいるだけで、ナギサの冒険に余計なリスクを背負わせているのだ。

 他人に荷物を押し付けるとは、なかなかどうしてバックパッカーの鑑だな。

 俺はお調子者の表情を必死に崩さず、宝箱に手をかけた。

 トラップを発動させれば、この空間にいる者が被害を受ける。


 バラエティ遺跡のトラップは事前に調べていた。モンスターハウス、天井落下、拡散矢、巨岩滑走。トラップに突っ込む前提の準備で難を逃れたが、同行者激おこプンプン丸。

 閉じ込められて、特定のスキルが使えなくなる魔法陣が発生するパターンもあった。


 ナギサたちが苦戦するも切り抜けられるタイプでおなしゃす。

 入口が塞がれたら爆破するし、天井が落ちてくるなら頑強な傘を出す。飛び道具を弾き飛ばす風の護石など、仕込みはすでに済んでいる。安全に危機感の欠如アピールを遂行するのも楽じゃない。往々にして、無能とは要領が悪いのだ。


「これで億万長者だぜ。冒険者なんぞ引退して、悠々自適な暮らしとしゃれ込みますか」


 フラグさんへ、おぜん立ても欠かさない。

 こいつ、クソ雑魚の分際で調子乗ってますよ! やっちゃってください。

 いざ、パンドラの箱ご開帳。

 漏れ出すは閃光。はたして、飛び出すは希望か絶望か。それらを区別する意味などない。底に残ったものでさえ、価値は他者が判断するのだから。


「――っ!?」


 光の中心へ、俺は咄嗟に手を伸ばしていた。

 まるで、けっして届くはずがない羨望のごとく。


「カフクッ」


 勇者の直感は大体当たる。

 ナギサが危険を察知し、俺を宝箱から引きはがそうとするが一瞬遅かった。

 世界を救う両腕が空を切り、足手まといは深い淵まで吸い込まれる感覚を味わった。


「流石のお前でも、無能じゃその手から零れ落ちるか。嫌いじゃないよ、この演出」


 俺の無駄に洗練された無駄遣いは、勇者換算で一瞬の時。でも、無駄じゃなかったね。

 本当は追放されたかったけれど、この際強制退場でも妥協しよう。


 さらば、ナギサ。俺はここでリタイアだ。簡単に死ぬつもりはないけれど、生死不明で行方不明は仕方なし。今まで楽しかったぜ、英雄になれよ。

 俺はそっと目を閉じ、宝箱の不思議な引力に身を委ねていく。


「おじさんっ」

「カフクさん!」

「待て、僕を置いていくな! カフクぅぅーーっっ!」


 もはや、仲間の声も届かない闇の中へ落ちていく。

 はたして、俺に残されたものは希望か絶望か。

 それもまた、捉え方次第である。

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