第14話 すり抜けを許すな!

 ガチャ。

 それは、運命との邂逅。

 一筋の光明を手繰るかのごとく、感情が火花散らして交差する。

 その瞬間こそたまらなく愛おしく、生を実感すると彼らは語った(当社調べ)。


 俺は、看板がいつまで経っても傾き加減な魔道具店へ赴いた。

 お客様は邪神様と言わんばかりの不愛想な店主がカウンターで新聞を読んでいる。トレードマークは、グラサンとアフロ。見た目は厳ついものの、エプロンにはひよこのアップリケが付いて可愛らしい。


 店内は薄暗く、変な臭いがする。用途不明な怪しげな薬品やら物珍しいマジックアイテムが所狭しと並べられ、アングラな雰囲気がマニア心をくすぐるともっぱらの評判だ。


「フッ、相変わらずシケた店だぜここは」

「テメェのツラより整頓されてんだろ」

「んだと、このグラサンアフロ! そのこんがらがったチリチリ、矯正してやるッ!」


 王都に有名な美容サロンがあるのだが、そこのカリスマスタイリストがナギサのファンだった。勇者の初期装備を進呈したところ、優待券をめちゃくちゃ貰って余っている。


「……さっさと寄こしな」

「あっ、天パ気にしてたのね。すまねえ」


 カットチケットを3枚手渡せば、店主は大事そうにエプロンポッケに入れた。


「洒落た店に入るための洒落た服を持ってない」

「分かる。パリピ系陽キャ美容師に話しかけられても、一生頷く感じで」


 寝たフリしたのに、作戦ガンガン喋ろうぜ! されちゃったら、もうダメぽ。

 結局、美容サロンのキラキラオーラに圧倒されて足が遠のいたのである。陰キャ、近所の1000ゴールドカットで妥協します。

 閑話休題。


「いつもの頼む」

「物好きな奴だな。合成を極めたいのか?」

「否、合成に終わりなし。ガチャとは自己対話である」

「何がお前をそこまで駆り立てる?」

「我、果てなき道を挑む求道者なり」


 意味深な無意味な問答。ただの雰囲気ごっこ遊びなので、気にしないでくれ。

 店主が店奥に一度引っ込むと、ツボを乗せたカートを運んできた。

 合成のツボは、表面に傷と汚れが目立つ年季の入った骨董品にも見える。合成回数に限りがあり、耐久の限度を超えると割れてしまう。


 ツボに素材と合成剤を入れ、変化の杖で混ぜればあら不思議。アクセサリー爆誕なり。


「合成の使用料は、定額使い放題だったか? 前金押し付けられた以上、勝手に使え」

「サブスクね。俺の国、もとい故郷で流行ってたビジネスモデル。オンボロ店主、参考にしたまえ」

「興味ねーな」


 フンと鼻で笑い、カウンターへ戻ってしまうグラサンアフロ。

 なぜ愛想も顧客満足も死んでいるショップが潰れないのか。大口需要へ卸売が収入の大半を占めるのだろう。個人客の相手はあくまでついで。


 俺も勇者パを追放された暁には、道楽家業に勤しみたいなあ。

 ハッ! 欲を出すな、引っ込めろ! カフク、無心無欲教なり。


「今日のピックアップSSRは、<カレイドスコープ>。投影した相手のステータスを詳らかにして、ついでにバフも解除する便利アクセサリー。ほ、ほほほ欲ちぃ~っ」


 実質、アナライズとキャンセルの補助魔法を使い放題。

 バックパッカーが習得できないスキルだ。後方支援の俺、垂涎の品じゃないの。


 なぜ合成のツボに、ソシャゲよろしくピックアップが存在するのか? それを誰が決めているのか? 細かいこと気にしたら、負けである。おそらく月の満ち欠けが関係してんじゃん?(すこぶるテキトー)

 俺は慣れた手つきで、バッグからツボへ素材を10連分注いでいく。


「単発教は邪教! 相容れねーよ」


 そして、独り言である。

 合成剤をふりかけ、ツボの中身を変化の杖で混ぜ混ぜ――回す。

 白い煙がたゆたい、ボンッと弾ける音が響けば合成完了。


「別に、10連で大勝利しても構わんのだろう?」


 結果発表ぅぅーーっっ! さっそく鑑定書でグレードチェックすれば。

 ――R、R、R、R、R、R、R、R、R、R。


「……っ!?」


 自分の目を疑った。幾度もなく、瞬いた。

 鑑定するまでもなく、今まで何度も誕生を見届けたシルエットの山々。

 フ、今の気持ちを二文字で表現しよう。

 ゴミ。圧・倒・的・ゴ・ミ! 見たまえ、アクセサリーがゴミのようだ。


「ちょ待てよ! 最低保証はどうした、最低保証は!」

「合成は自己責任。一切クレームは受け付けん」

「こんなん詐欺や、景品表示法違反や!」

「景品……何だ?」


 もちろん、ナーロッパにそんな法律存在しない。

 合成でもガチャでも名称問わず、確率表記の義務? 天井? 何それ美味しいの?

 10連回せば、SR一枚確定すら幻想だ。これが異世界ファンタジーの洗礼というやつか。そうだよ!


「まあいい、最初の10連なんて素振りさ。ウォーミングアップよゆー」


 ガチャの素人じゃあるまいし、騒ぐんじゃないぜみっともないぞ。

 カフクは禍野福也時代から、無心無欲教の末席を汚す者。

 穏やかに、心を晴らせ。


 いざ、参る。

 20連目。R、R、R、R、R、R、R、R、R、SR。

 30連目。R、R、R、R、R、SR、R、SR、R、R。

 40連目。R、R、R、SR、R、R、R、R、SR、SR。


「~~~」


 歯を食いしばって、それでも俺は回し続けた。

 諦めたら今までの投資が全て無駄になる。次は出る、次こそ出る、いい加減出ろ。そんな焦燥感はちっとも抱いていないけれど、腕の震えが止まらねえ。武者震いだね。


 貯め込んでいた素材、大放出。そろそろ手持ちの弾が尽きると冷や汗をかけば。

 50連目。R、R、R、R、SR、SR、SR、SR、R、SSR。


「――っ! うぉぉおおおお、来た来た来た来たぁーっ!?」


 全身の血液が沸騰するかのごとき歓喜の瞬間。これだからガチャはやめられねえ。

 何が無心無欲教だ、バカバカしい。時代は出るまで回す教なんだよ。自分、改宗します。


「尊い犠牲だった。それでも、俺の勝ちだッ」


 ところで、カフクは勇者パの足手まとい。

 無能が無能たる所以は、油断慢心注意不足その他諸々。

 勇者が選ばれし者ならば、俺は持たざる者である。

 当然、幸運ってやつは付く人間を選ぶ者なのだ。


「SSRとは、スーパースペシャルレア。それ以外、結局ハズレなんだよなあ」


 異世界のアクセサリーに完凸という概念あらず。

 ガチャじゃなくて合成で良かった。ほんと、良かった。

 同じSSRを四つ集めて性能全開放とか言われたら、流石に発狂しちゃう。

 とにもかくにもこれからよろしくな、カレイドスコープ。軽くて持ちやすく、どんな固い土でも掘れそうな――


「掘る……?」


 俺は、手にフィットした装備品へ目を凝らした。

 まるで園芸作業で活躍しそうな、先端が尖った道具。少なくとも、万華鏡じゃない。

 おそるおそる、暇を持て余したグラサンアフロに識別させた。

 否、わざわざ鑑定するまでもなく。


「それは、SSRアクセサリー<カレイドスコップ>だ」

「とんだカレイド違いっ。スコープ寄こせ! ほほぅ~、立派なスコップです。趣味の園芸が捗りますなあ……なんでやねん!」

「カレイドスコップで耕した土壌で作物を育てるとよく育つ。副次的効果として、光魔法を吸収して反射したりトラップ破壊ができる代物」

「ピックアップ仕事しろ! すり抜けは悪っ! ハッキリ分かんだねッ」


 合成屋がスコップの説明をしていたが、とても聞けた精神状態じゃない。

 RとSRは論外レアリティだけれど、SSRも目当てのモノじゃなければ結局ハズレ。

 俺はぐったりと、うなだれるばかり。素材、ないよお。スッカラカンだよぉ……


「……己の宗派を信じられなかった奴の末路、か。笑ってくれ、はは」


 ガチャとは、自分との対話である。

 ガーチャーが胸に抱くべき基本を疎かに舞い上がった結果が、失敗である。


「カフク。合成用素材、買うか?」

「やめとく。懐が寂しくてね」


 前回の追放プロモーションでへそくり全ブッパしてしまった。節制を努めよ。

 危機感の欠如アピール? 今更財布が危機感に晒されているのだが?

 今日はもう帰って、大人しくしよう。せっかくの休日、読書も一興か。


「やれやれ、転職雑誌でも読みふけるかぁ~」


 徐に独り言ちると、敗北者は背中を丸めながら退散していく。


「100連目」


 ピタッと足が止まった、俺。


「100連合成すれば、SSRを約束する」

「如何に?」

「合成のツボが壊れる時、確定で排出されるのはSSRだ。耐久値を調べたところ、あと50連で限度。どうする?」


 悪魔の囁きだ! カフク、耳を貸すな! これは罠だぞ!

 落ち着け、冷静になれ。無心無欲教を思い出せ。今までの経験上、50連回せばSSRを一つ程度当ててきた。確定ガチャなる誘惑を打ち払え。勇気ある撤退をば。


「グラサンアフロ! 50連分の素材、ツケ払いで頼むで」

「まいど」


 ハッ!? 俺は今、何を口走った……?

 か、体が勝手に動いたんだ。俺は悪くねえ、俺は悪くねえぞ!

 合成でぶっ壊れアクセサリーを出せば、勇者パに貢献できるからっ。

 これがガチャに魅入られし者の生き様なり。まわせマワセ回せ――っ!


 あぁ。確かに、100連目はSSRで確定した。

 畢竟、<カレイドスコップ>のだだ被り。

 すり抜けで2連続同じSSRを引き当てました。うんうん、運の無駄遣い。


「……今月はもやし生活やなって」


 そして、爆死である。

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