第18話 風が冷たくて


 迷宮からでた瞬間に俺は異変を感じ取った。

 北からの風が運んでくるのは煙の匂いだ。

 どこかで火事が発生したに違いない。

 すぐにヒュードルを抜いて飛び乗ると、シュナも無言のまま乗ってきた。


「出すぞ」


 俺は最大速度でダガールの村へと向かった。


 上空から眺めると村人たちは広場に集められていた。

 一か所にまとめられた村人たちを武装した数十人の盗賊が取り囲んでいる。

 家が一軒燃やされているのは見せしめのためだろう。

 残りの盗賊たちは勝手に家々に入り略奪をしているようだ。

 このまま放っておけば次に始まるのは女たちへの凌辱だ。

 子どもや夫、親が見ている前でも関係ない。

 逆らえば殺されるのだ。


「まずは火を消そう。その後に奴らを片付ける」

「了解」


 シュナの使う『罰の豪雨』は凄まじく、火事は瞬く間に消えてしまった。

 雨の神イシュクラは慈悲深い神だが、人々が傲慢になると罰の豪雨で懲らしめるそうだ。

 こんな魔法まで使えるとはシュナの底はまだまだ見えない。

 火が消えると周囲はいきなり暗くなった。

 その闇に乗じて俺は盗賊たちを次々と斬り殺していく。


「てめえ、俺たちはチャンモス盗賊団だぞ!」


 砂漠を渡る交易商人に聞いたことがある。

 チャンモス盗賊団はゴーダ砂漠を拠点にしている数百人規模の大盗賊団だ。

 だとすれば、ますますこいつらを見逃すことはできない。

 奴らは悪名を轟かせている。

 一人でも生かせば、また別のところで集落や商人を襲うだろう。

 俺とシュナは村を駆けまわり、情け無用で盗賊たちを一掃した。


「けが人はいる? いたらこっちに来て。治療するから」


 シュナが人々に声をかけている。

 俺は縛られていた子どものロープを解いてやった。


「もう大丈夫だからな」


 自由にしてやったら一緒に親を探してやるか、そんなことを考えていた。

 ところが拘束が解けるやいなや、子どもは怯えた顔で逃げてしまった。

 俺はそんな恐ろしい顔をしていたか?

 びっくりして周囲を見回すと、怯えているのは子どもだけではなかった。

 周りの大人たちもその子と同じ顔をしていた。

 みんな恐ろしい魔物でも見るような表情で震えているのだ。

 そこで俺は自分の正体を思い出して納得する。

 それはそうか、ダガールは平和な村だ。

 次々と人を斬り殺すような化け物を見るのは初めてなのだろう。

 化け物は砂漠であっても化け物なのだ。

 俺とシュナを遠巻きに見守る人々の中からポビックじいさんが出てきた。


「すまんな、ジン。世話になった」

「いいんだ……」


 百ほどの人がいるというのに、村の広場は静まり返っている。

 俺とシュナを前にしてどうしていいかわからないようだ。

 突然シュナが不機嫌そうな声を漏らした。


「寒い。ジン、帰ってホットチョコレートを飲もう」


 たしかに砂漠の夜は冷える。

 特に今夜の風は冷たい。


「そうだな。とびきり美味いやつをつくるよ」


 腰に差していたヒュードルを放り投げると、剣は地面に落ちることなく地上三〇センチの高さに浮いた。

 俺とシュナは地面を蹴って同時にヒュードルに飛び乗る。

 村に平和は戻ったのだ。

 これ以上の長居は無用だろう。


「おやすみ」


 俺たちは静まり返った村を後にした。



 なんとも侘しい夜だった。

 動くものは何もなく、この空の下には俺とシュナしかいないような気にさえなる。


「ジン、風が冷たいからあまり速度を出さないで」

「ああ」


 シュナが俺の腰に手を回し、背中にそっと体を近づけた。


「上着を持ってこなかったから……」

「急いでいたもんな」


 月の光までが寒々しい夜だったが、世界は美しかった。



 カフェに戻ると小鍋にココアパウダーと砂糖を入れた。

 レシピにある通りそれを弱火にかけてよく混ぜる。

 次にラクダのミルクを少量入れてよく練った。

 こうしておけばココアパウダーがだまにならないのだ。

 ミルクをさらに足して、沸騰させないように温めれば、美味しいホットチョコレートの完成だ。


「だがこれは真の完成ではない」

「奇跡のモリニージョの出番ね」

「そのとおり。これで泡立ててれば、ただのホットチョコレートが奇跡のホットチョコレートになるわけだ」


 見せてもらおうか、ユニコーンのパワーとやらを!

 モリニージョを掴み、鍋の中のホットチョコレートを泡立てた。


「おー、本当にモコモコしてきたぞ」

「やだ、おもしろそう! ジン、私にもやらせてよ」

「さっきも言っただろう、今日は俺がやる」


 出来上がったホットチョコレートは本当に奇跡の味だった。

 ミルクがクリーミーになり、なんともいえぬ濃厚な味わいになるのだ。

 カカオの香りも引き立っている。


「おいしい」


 シュナが笑顔でホットチョコレートを飲んでいる。

 さっきまであった眉間の皺が消えているな。

 たぶん、俺の面も少しは穏やかになっていると思う。

 そうあってほしいと思いながらホットチョコレートをすすった。


「ジン、お代わりを作ろうよ」

「そうだな、俺ももう一杯飲むぜ」


 カフェの扉が開いてドアに取り付けたベルがカランカランと音を立てた。

 入ってきたのはポビックじいさんと常連たちだ。

 こんな時間にどうしたというのだろう?


「いらっしゃい……?」

「ジン、俺たちにもホットチョコレートとやらをくれんかね。すっかり冷えちまったからな」


 そう言いながら、常連たちは定位置に座っていく。

 じいさんたちが気を使ってくれたか……。


「おう、一杯500ゲトだ」


 俺は黒板に新メニューを書きつけた。


 奇跡のホットチョコレート  ……500ゲト


 小鍋を火にかけていたら、常連の一人が話しかけてきた。


「さっきはすまなかったな。俺たちはジンに助けてもらったのに……」

「気にしちゃいねえよ」


 俺はモリニージョを勢いよく動かした。

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