第13話 一流シェフがやってきた


 それは三十代前半くらいの男だった。

 整った顔立ち、自信にあふれる所作、鼻につく傲慢さなどを兼ね備えた男だ。

 ご丁寧に腰ぎんちゃくを二人も連れている。

 どこかの貴族のようにも見えるが、身に纏う雰囲気はまた別物だ。

 奴らのような退廃的な感じではない。

 不遜な態度の中にも勤勉さがにじみ出ていた。


「汚い店だなあ……」


 男は入って来るなり言い放つ。


「ほらあ、シュナのせいで文句を言われたぞ」

「何言ってんの? 店主はジンでしょ! 掃除くらいしなさいよ」

「汚い方が落ち着くって言ったのはシュナだろう?」

「だってそうなんだもん! 私だって客よ。客のリクエストを聞くのは店主の務めでじゃない」

「シュナは半分居候じゃねえか。掃除くらい手伝え」

「この店では客をこき使うの?」


 俺たちのやり取りをあっけに取られて見ていた男だったが、やがてイライラとした声を上げた


「おい、客の前でいちゃつくな!」

「あっ?」

「死にたいの?」

「ヒッ……」


 しまった、つい二人がかりで睨んじまったぜ。

 殺気すら出してしまったかもしれない。

 三人の客は俺とシュナに怯えて震えている。

 こんなことではイカン!

 俺が目指しているのは居心地のいいカフェなのだ。

 猛省して笑顔を作った。


「いやいや、失礼しました。なんになさいますか?」


 俺はメニューを指し示す。


 メニュー


 水              ……200ゲト

 氷水             ……250ゲト

 コーヒー           ……300ゲト

 ハチミツ水          ……500ゲト

 スライムタピオカミルクティー ……700ゲト



 こうして見ると感慨深い。

 はじめは水と氷水しかなかったからなあ……。


「あ、ラクダミルクティーもできますよ」


 男はメニューを見てため息を吐く。


「ろくなものがないな」

「まったくです」

「まあまあドガ様、こんな辺境ですから仕方がありませんよ。ウチの店のようにはいきませんって」


 ん、こいつらは同業者か?

 つまり敵情視察というやつだな。

 くくく、おもしろい……。

 美味いものを作って度肝を抜いてやるぜ!


 ドガと呼ばれた男が質問してきた。


「このスライムタピオカというのはなんだ? 聞いたことがない」


 やはりそいつに目を付けたか。

 タピオカはうちの看板メニューだぜ。


「飲んでみてください。説明するのは面倒なんで」

「説明できんのかい!」


 いつもの表情でシュナが肩をすくめる。


「こいつ、バカなの。でも、味は悪くないよ」


 呆れつつもドガたちはスライムタピオカを三つ注文した。

 タピオカは先ほど作ったものがまだあったのでミルクティーだけを作り直していく。

 二回目だけあって、さっきより手際がよい。

 俺にはカフェの才能があるのかもしれないとうれしくなってくる。

 先ほどは少しだけ甘さが足りなかったように思える。

 ミルクティーは冷めると甘みが少し消えてしまうのだ。

 天使の涙を一粒多くしてみよう。

 濃い目のミルクティーができたら氷冷魔法で冷やしていく。

 どれ、味見を……。

 ティースプーンを口に運び味を確かめた。

 うむ、完璧だ!


「お待たせいたしました。スライムタピオカミルクティーでございまっす!」


 気取った態度でグラスを三つ並べた。


「これがスライムタピオカか……」


 ドガは不審物を扱うようにタピオカをスプーンでつついている。

 予想外の飲み物(食べ物?)が出てきて驚いているようだ。

 だがこいつも料理人、食品への探求心は人一倍あるようだ。

 覚悟を決めたような表情でタピオカを口に運んだ。

 一口食べたドガがあきらかに意外そうな顔をした。

 三人は額をつき合わせてこそこそと話し合っている。


「食べたことのない食感だ」

「素材はなんでしょう?」

「ゼリーともまた違いますな」


 どうやら考えていたよりずっとタピオカが美味かったようだ。

 よしよし、俺は鍋でも洗うとするか。


「おーい、シュナ。洗い物を手伝ってくれよ」

「なんで私が? 私は客よ」

「さっき、タピオカミルクティーを飲ませてやっただろう?」

「スライムを凍らせたのは私じゃない」

「シュナが必要以上に凍らせたから大変だったんだぞ。そのわびとして皿を洗ってくれ」

「ふん、魔法は下手なくせに言うことだけは一人前ね」

「なんだと……」


 飲み終わったドガがスプーンを置いた。


「ふーん、悪くないね。この私が褒めるんだからたいしたもんだよ」


 偉そうになんか喋っているけど、こっちはそれどころじゃない。

 売り言葉に買い言葉で、くだらないバトルがヒートアップ中である。


「あんたも氷の微笑を喰らいたいわけ?」


 人を小バカにしたシュナの態度にカチンときた。


「うすのろ聖女の攻撃が当たると思うなよ」

「私を聖女と呼ぶなって言ってんだろがっ! この、バカジン」

「誰がバカジンだ? そっちこそ、人をバカボンみたいに呼ぶんじゃねえ!」

「バカボンって誰よ?」

「憶えてねえよ!」


 前世の記憶は曖昧だ。


「私の話をきかんかぁああ!」


 無視されたドガが大声を出し、俺とシュナは落ち着きを取り戻した。


「おっとどうした? タピオカのお代わりかい?」

「騒々しいお客ね」

「き、貴様らぁ……」


 ドガは言葉を失ってプルプルと震えている。

 なんかスライムみたいで笑えるけど、一緒にいた男が真っ赤になって抗議してきたぞ。


「お前たち、失礼だぞ! こちらはドガ・ザッケローニ様、お前たちも天才料理人ドガの名前くらい知っているだろう?」

「いや、ぜんぜん」

「初耳ね」

「おいおい本気か? レストラン・ゴージャスモンモランシーのオーナーシェフ、ドガ・ザッケローニ様だぞ?」


 やっぱり聞いたことがないなあ。


「で、そのゴーモンレストランのシェフが、どうしてこんな辺境に?」

「ゴージャスモンモランシーだ! 勝手に略すな!」


 ドガは大きく深呼吸をした。


「レッドムーン王国の王族に請われて料理を作りに行くところだ」


 レッドムーンはゴーダ砂漠を越えたところにある国である。


「へー、外国まで出張かあ。あんたも苦労しているんだな」

「私の料理を食べたがる人は世界中にいるからな」

「だったら、俺にもなんか作ってくれよ」

「私は肉料理がいいな」


 気軽に頼む俺たちに三人は怒りをあらわにした。


「バカなことを言うな。ザッケローニ様の出張料理料は最低でも一千万ゲトだぞ」

「おお!」


 こいつは一流の料理人なのかもしれない。

 少なくとも、その価値を認めて金を支払う人間は存在するようだ。

 ドガはこちらを真剣な目で見つめてきた。


「ところで、このタピオカというのはどうやって作るんだい? 教えてくれないかな? もちろんただとは言わない。代わりに私のスペシャルレシピを伝授してもいい」


 それくらいならお安い御用だ。

 俺はレシピを秘匿するような小さな男ではない。

 美味いものは世界に広まって、みんなの口に入ればいいのだ。

 そうやって幸福は広がっていくと信じている。


「おう、いいぜ!」


凍ったスライムを引っ張り出してキッチンボードの上に置いた。


「タピオカの材料はこの青スライムだ。まずはこいつをマイナス六〇以下で凍らせるんだ」

「マ、マイナス六〇度⁉」

「そうそう、普通の氷冷魔法じゃダメだから、最低でも強力なダイヤモンドダスト、できればブリザーデスを使って凍らせてくれ」

「ダイヤモンドダスト……」

「ウチでは告死天使の氷の微笑を使っているんだ。ああ、極大氷冷魔法アブソリュートゼロまでは必要ないから安心してくれ!」


 不安そうにしているドガを励ましてやった。

 カフェ店主なるもの、客への気遣いを忘れてはならないのだ。


「そしたらあとは簡単。こうして一秒間に十六回以上のスピードで刻んでいくだけだ」


 タタタタタタタタタタタタタタタタンッ!

 タタタタタタタタタタタタタタタタンッ!

 タタタタタタタタタタタタタタタタンッ!

 タタタタタタタタタタタタタタタタンッ!


わかりやすいように実演してやった。


「凍らせて刻むだけ。簡単だろ? ただ、一秒に十六回以上じゃないと粒状にならないし、弾力も出ないから気をつけてくれ」


 どういうわけかドガの顔がスライムよりも青くなっていた。


「あとは水で洗って出来上がりだ。って、具合が悪そうだが大丈夫か?」


 やおらドガは財布を取り出して二一〇〇ゲトをカウンターの上に置いた。


「失礼する……」


 トイレにでも行きたくなってしまったのだろうか? 

 ドガは出て行ってしまった。


「まいどあり! あ……あいつのレシピを教えてもらうのを忘れちまったぜ」

「まあいいじゃない。どうせジンには真似できないわよ」


 それもそうか。

 俺は一〇〇〇万ゲトの料理を作れるシェフではない。

 砂漠でカフェをやるくらいがちょうどいい料理人なのだ。

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