第12話 スライムタピオカ


 俺とシュナは転がるようにカフェまで駆け戻ってきた。

 今朝は早くから迷宮に行ってきたのだが、レベル6の荒野タイプで青いスライムを三匹も捕獲したからだ。

 青スライムがあればスライムタピオカが作れる。

 そういったわけで、俺たちの興奮は最高潮だった。


「タピオカってどんな味かな?」

「プルプルのもちもちだぜ!」

「まったく想像がつかないわ」

「楽しみにしてろって!」


 前世ではミルクティー入ったタピオカが好きだった。

 紅茶とミルクはヘロッズ食料品店で売っているので材料には困らない。

 ただ、ミルクには懸念が残る。

 砂漠のミルクと言えばラクダの乳だからだ。

 牛は暑いのが苦手だから、この辺には一頭もいない。

 牛乳と比べるとラクダの乳は少しだけしょっぱく感じるのだが、栄養価は非常に高い。

 砂漠を旅する者たちは、これだけで一カ月間を凌ぐこともあるほどなのだ。

 ラクダ乳のクセは強いからなあ……。

 まあ、紅茶を濃く煮だして、天使の涙を入れればきっと美味しくなるだろう。


 材料をすべてそろえると俺はキッチンに立った。


「まずはミルクティーを作っていこう」

「どうするの?」

「小鍋にミルクを入れ、そこに茶葉も投入する。おっと、シュナは手を出すなよ」

「少しはやらせてよ!」


 下手の横好きとはこのことだ。

 料理レベルがマイナス24のくせにシュナは何かと手を出したがる。


「カフェの店主は俺だぜ。シュナはお客さんだ」

「まあ、そうだけど……」

「ここは俺に任せてくれ」

「わかった……」


 濃い目のミルクティーに砂糖を入れて完成だ。


「一口だけ味見をしておくか」

「私にもちょうだい」


 カップに一口ずつ飲んで、俺たちは頷き合った。

 ラクダミルクティーは完璧だったのだ。

 このまま店のメニューに加えてもいいくらいである。

 ミルクティーはこのまま冷ましておき、次はいよいよタピオカを作っていくぞ。

 俺はもう一度レシピを確認した。


「えーと……、凍らせた青スライムをキッチンボードの上に置き、一秒間に十六回ナイフでたたいていきます、か……。ふむ、それだけでいいらしい」


 このスピード以下だと、スライムが潰れてベチョベチョになってしまうようだ。

 スピードを落とさず、リズムよく切っていくことがコツと書いてある。


「あら、簡単じゃない。私でもできそうね」

「まあまあまあまあ、シュナは座って見ていてくれ」

「もぉ……」


 やりたがるシュナをなんとか宥め、ナイフを片手にスライムを切っていく。

 包丁修業をしたことはないが、俺は今でも剣士である。

 刃物の扱いはプロなのだ。

 タタタタタタタタタタタタタタタタンッ!

 タタタタタタタタタタタタタタタタンッ!

 タタタタタタタタタタタタタタタタンッ!

 ナイフは小気味よいビートを刻み、スライムはどんどん細かくなっていく。

 細かくなったスライムが丸みを帯びてきたぞ。

 それにともなって、青かったスライムが黒く変色してきた。

 見た目は前世の記憶の中のタピオカと同じだ。


「なるほど、こうやって作るのか」


 タタタタタタタタタタタタタタタタンッ!

 タタタタタタタタタタタタタタタタンッ!

 タタタタタタタタタタタタタタタタンッ!


「私にもやらせて!」

「順番!」


 レシピに書いてあったとおり、出来上がったタピオカスライムを冷水にさらした。

 先ほどのミルクティーを氷冷魔法でさらに冷やす。

 最後に水気を切ったスライムタピオカをミルクティーに入れれば、スライムタピオカミルクティーの完成だ。


「それでは……」

「飲んでみましょう」


 ストローはないのでスプーンを使ってスープのように食べることにした。


「美味しいじゃない! もちもちした食感ってこういうことだったのね」

「ミルクティーとの相性もばっちりだな。これなら客に出しても恥ずかしくない」

「そうしなさい。ジンが作ったとは思えないほど美味しいから」


 シュナなりの誉め言葉と受け取っておこう。

 俺はさっそく、メニューを書きつける。


 スライムタピオカミルクティー  ……700ゲト


「他にはない、カフェ・ダガールのオリジナルメニューだ」

「まあ、一秒間に十六回スライムを刻める料理人はなかなかいないよね。そういう意味でオリジナルメニューと言っていいかもしれないわ」


 メニューを書き終わったところで表に人の気配がした。

 どうやら久しぶりにお客が来たらしい。

 俺は鏡で自分の顔を確かめる。

 客商売というのは笑顔が大事なのだ。

 少々ひきつってはいたが、鏡の中の青年は爽やかに微笑んでいる。


「それ、笑顔のつもり? 迫力がありすぎてドラゴンでもちびるわよ……」


 堕聖女の悪口なんて聞こえない。

 俺は思いっきり優しい声でお客さんを迎えた。


「いらっしゃいませ、カフェ・ダガールへようこそ!」


 なんだか尊大な態度の男が扉を開けて入ってきた。

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