第14話 執着の欠片


 新しいタイプの迷宮が出現した。


 迷宮レベル:62

 タイプ:墓地


 黒い鉄柵で囲まれた陰気な墓地である。

 墓石は崩れ、道は荒れ、供えられた花は萎れていた。


「嫌な感じの場所ね」


 シュナは眉間に皺を寄せて顔をしかめている。

 俺もこういう陰気な場所は嫌いだ。

 墓石の間にうち捨てられたボロボロのクマのぬいぐるみが気分を滅入らせる。

 こんなところにカフェで役立つものがあるのだろうか?

 でてくる魔物はおそらくアンデッドだろう。

 荒野の魔物のように食材になるやつらじゃない。

 シュナと違って好き嫌いのない俺だが、二足の魔物だけは食いたくなかった。


「ジン、来たわよ」


 現れた魔物はゾンビの群れだった。

 迷宮レベルが62というだけあって、その数は半端じゃない。

 およそ二千体以上のゾンビがこちらに向かってうめき声を上げている。

 一体一体の動きは鈍いが、あれだけの数を相手にするのは骨が折れるだろう。

 だが、こちらにいるのは対アンデッドの本職である。


「ほれ、神聖魔法で消滅させてやれ。薙ぎ払え!」

「偉そうに命令しないでよ!」


 文句を言いつつもシュナは浄化の炎でゾンビどもを焼き尽くした。

 さすがはプロフェッショナルだ。

 俺でも討伐は可能だろうが、職人の手際には敵わない。

 することもないので、俺は墓石に座ってのんびりとシュナの活躍を見物している。

 おー、おー、頑張っているねぇ……。

 シュナの戦っている姿は美しいけど、聖女には見えないな。

 どちらかと言えば戦女神と表現した方が似つかわしい。

 笑いながら炎を振りまく姿は地獄の悪魔にも見えなくない……。

 ゾンビの包囲から逃れるためにシュナは大きくジャンプした。

 今日のパンツは紫ですか。

 なかなか攻めたデザインだ。

 戦闘のときはズボンを履けと言ったのだが、シュナは持っていないらしい。

 どうせ見るのはジンだけだから構わんと言われてしまった。

 俺は恥じらいの対象にはならないようだ。


「ぼんやり見ていないで手伝いなさいよ!」

「おう、頑張れ。ここで応援しているぞ」


 不機嫌なシュナに手を振り、俺は墓穴をのぞいてみる。

 穴に残されているのは亡者たちの執着の欠片だ。

 金銭欲の強かった者の穴には古い銅貨(なんの価値もない)。

 性欲の強かった者の穴には古ぼけたポルノグラフィー。

 食欲の強かった者の穴には動物の骨なんかが散らばっている。


「因果だねぇ……」


 感慨に耽っていると、再びシュナに怒鳴られた。


「ちょっと、いい加減にして!」


 いつの間にかボスが現れたようだ。

 シュナは巨大なスケルトンを相手に戦っている。

 きっと巨人族の亡者だろう。

 背の高さは六メートくらいある。

 巨人族には魔法が効きにくいという特性がある。

 それは亡者になっても変わらないようだ。

 腰に酒瓶をぶら下げているところを見ると、こいつは酒に対する執着が強いのだろう。

 やけに大きな酒瓶で、前世で見た4リットルの焼酎ボトルの倍以上ありそうだ。

 そもそも巨人族は酒好きが多い。

 このスケルトンは剣を装備しているが、いい動きをしていやがる。

 シュナが相手でも一歩も引かず、互角に渡り合っているところが見事だ。

 魔法を使わせないように近接戦闘に持ち込んでさえいる。


「ボスは俺がやる。シュナは残りのゾンビを頼む!」

「さっさとそうしろよ!」


 ヒュードルを打ち込むと、スケルトンは大剣ではじき返してきた。

 手がジンジンと痺れるくらいに強力な撃ち返しだ。


「やるねえ。生きているときはさぞや名のある戦士だったんだろうなあ……」


 相手が剣士というのなら余計に負けられない気がした。

 全身に魔力をみなぎらせて高速で踏み込みつつ、剣を返して手首の付け根を叩き切った。

 骨が砕け、スケルトンの大剣が地面に落ちていく。

 だが俺の攻撃はまだ終わらない。

 奴の大剣が地面に追突する前に、返す剣で頭蓋骨を粉砕した。


「みごと……」


 スケルトンの声が聞えた気がした。

 崩れ落ちた巨人の骨は粉々になって大地に散らばり、巨大な酒瓶だけが残される。

 改めて見ると、藍、赤、黄などの顔料で染め付けられた唐草模様が美しい酒瓶だった。

 シュナの方も終わったらしい。

 いつものように祭壇が現れ、宝箱が出現した。

 シュナが宝箱に入っていた羊皮紙を読んでいる。


「ジン、どこかにお酒があるはずよ。ネクタルって名前の銘酒なんだって」

「酒ならここにあるぜ」


 蓋を開けて匂いを嗅いでみると、不思議な気分になった。

 芳醇にして爽やかなのだ。


「ストレート、水割り、ロック、ジュースなどで割ってもよい。何をどうしてもうまい酒である、って書いてあるわよ」

「カフェのメニューが増えるのはいいけど、また飲み物だな」

「安心して、ここにマチェドニアって食べ物の作り方が書いてある」

「なんだと!」


 マチェドニアはカットしたフルーツを砂糖とネクタルで合えた食べ物だ。


「お洒落でいい感じだが、ダガールにフルーツなんてないぞ?」

「ヘロッズ食料品店には置いてないわね」


 砂漠でフルーツは超がつくほどの高級品なのだ。


「森タイプの迷宮で探すしかねえか……」

「さあ、帰ってお酒の味見をしましょう」


 シュナはサッサと歩き出す。


「おい、酒瓶を持つのを手伝ってくれよ」

「ダメ、今日のジンはさぼってばかりだったもん!」

「やれやれ……」


 立ち去る前に、砕け散った巨人の骨にネクタルを少しだけかけた。


「こいつはありがたくいただいていくぜ」


 俺は重い酒瓶を両腕で抱え上げ、墓場の道を引き返した。

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