第34話 しりとり


 ダガール村を立ってしばらくすると日が暮れた。

 暗闇の中をヒュードルに乗って旅するのは危険だ。

 だが、今さらカフェに帰るのも照れ臭い。

 俺たちは勢いで二人旅を始めてしまったのだ。

 それを仕切りなおすのは恥ずかしかったし、こんな行き当たりばったりこそがシュナと俺にはふさわしい気もした。


「今夜は野宿だな……」

「ん」


 適当な広場を見つけて宿営地とした。

 月が上ると夜気は冷たくなってくる。

 砂漠を離れたとはいえ、まだ乾燥地帯だ。

 余分な枝など落ちているわけもなく、おいそれとたき火をするわけにもいかない。

 基本的な火炎魔法は使えるが、暖を取るには適していなかった。


「聖クロスマの炎を使うわ」


 聖クロスマの炎は滞留型の火炎魔法だ。

 その昔、雪と氷に閉ざされた村で人々を救うために何日間も火炎魔法を焚き続けたクロスマ神官の魔法に由来する。

 クロスマ神官は神殿の暖炉に火をともし続け、村人たちはなんとか寒波をしのぎ切ったそうだ。

 だが、魔力を使い果たしたクロスマは八日目の朝に息を引き取る。

 私心なく村人の命を助けた善行によりクロスマ神官は聖人に列せられた。


「偉い人もいたもんだよなあ」


 たき火を挟んで俺たちは向かい合って座った。

 揺らめく炎に照らされるシュナの顔は穏やかだ。


「あれね、本当はそんなにいい話じゃないらしいよ」

「そうなのか?」

「燃料がなくなった村人たちは神殿の蔵書を狙ってやってきたんだって」

「つまり、本を燃やして温まろうとしたわけだ」

「うん。クロスマは大切な蔵書を守るために魔法を使い続けなければならなかったんだって」


 なんとも悲しい話である。


「神殿なんてそんなもんよ」


 眉間のしわを深くしながらシュナは吐き捨てた。


「いい神官さんだっているだろう?」

「それはそうだけど……」


 そろそろ頃合いかもしれない。

 たき火の炎は人の心を開いてくれる不思議な力を持っている。

 俺はその魔法に期待した。


「なんでそんなに神殿を嫌うんだよ? なにかあったのか?」

「うん……」


 しばらく黙ってたき火を見つめていたシュナだったがぽつりぽつりと昔のことを話してくれた。


「つい最近まで聖女になるのは今ほど嫌ではなかったの。ずっとそれが目標だったから」

「そういえば、シュナは神殿で育ったんだよな」

「十歳の時に神殿に預けられたわ。お前は特別な子なんだ、聖女になってたくさんの人々を救うのが使命だって、父からは言われたわ」

「それでまじめに修行をしたんだな?」

「まあね……、私は才能があったから修業なんて苦しくなかったし、自分の成長が楽しくもあったの……」

「だろうな、シュナのステータスはよく知っているよ」


 料理以外はなんだって優秀なやつなのだ。


「習ったことは何でもできた、魔法も勉強も。他の人はどうしてできないんだろうって不思議に思っていたくらい。ジンならわかるよね?」

「そうだな……」


 成長するにしたがってわかるのだ、自分たちの方こそおかしいということが。


「最終的に聖女候補は二人に絞られたわ。私とステイアという女の子よ。ステイアも優秀だったけど、能力的には私の方が上だった。だけどね、どちらを聖女にするかという結論はなかなかでなかったわ。どうしてだと思う?」


 俺は首を横に振った。

 本当にわからなかったからだ。


「ステイアはとてもかわいらしい子だったのよ。愛想がよくて、誰にでも受けがよかったわ」

「ほーん……、それで?」

「それだけよ」

「へっ?」


 つまり能力よりも容姿と性格で聖女を選ぼうとした一派がいたわけか……。


「頭の中が真っ白になったわ。九年間に渡る私の修業って何だったのかしらって?」

「うむ……」


 かける言葉が見つからない。


「それだけじゃないわ。私は聞いてしまったの」


 まだあるのか……。


「神殿の高官たちは強すぎる私の力を恐れて、能力の一部を封印することまで考えていたのよ!」


 これはひどすぎる。

 自分たちで修業をさせておいて、才能が開花したらそれを封印するというのか?

 身勝手もここに極まれり、だな。


「よくガーナ神殿に火をつけなかったな」

「でしょう? 自制した自分を褒めてやりたいわよ!」

「それで神殿を飛び出しのか?」

「ええ、すべてがどうでもよくなったから。最初は実家に戻ったの。でも、帰ってきた私を見て父は激怒したわ。そしてすぐに神殿に連れ戻そうとしたの」


 なんとなく想像がついた。


「私の成長を両親が喜んでくれるのが励みだった。でもね、あの人たちは私の成長を喜んでいたわけではなかったのよ。私が聖女になれば自身の権力が増すから喜んでいた、それだけのことだったのよ」

「それで家出をしてゴーダ砂漠まできたのか?」

「私が出ていけば神殿はてっきりステイアを聖女に据えるもんだと思っていたわ。ところが私を聖女にしたいという一派もいたのよ」

「権力のしがらみってやつだな」


 神の家にも派閥や利権はたくさんあるのだ。


「そういうこと。まさか、こんな形で圧力をかけてくるなんてね」

「どうする気だ?」

「二度と私につきまとわないように、きっちり話をつけてくるわよ!」


 殴り合いにならなきゃいいけどな。

 とはいえ、シュナと殴り合いができるやつはそういないだろう。

 平和的な解決がなされることを祈るとしよう。


「今度はジンのばんよ」


 フンッと、大きな鼻息を吐いてからシュナがこちらに話をふってきた。


「俺のばんってどういうことだ?」

「私のことを話したんだから、今度はジンが話すばんってこと。Sランク冒険者だったアンタが、どうして砂漠のほとりでカフェをやっているのよ?」

「そりゃあ、いろいろあったんだ……」

「ごまかさない!」


 シュナに気圧されて俺も過去の話をした。

 子どもの頃のこと、都で冒険者になったこと、エスメラが出ていったことなど……。

 すべて聞き終えたシュナは眉間のしわを深くした。


「つまり、女に振られて故郷に戻ってきたってこと?」

「簡単に言えばそうなるな」

「くっだらない!」


 話をせがんでおいてそれか?

 なんだ、その呆れた態度は!


「おまえは鬼か? 神殿の判断は間違っていないぞ! ああそうとも、シュナじゃだめだ。ステイアとやらを聖女にするべきなんだ!」

「ステイアには会ったこともないでしょう!」

「うるせえ。シュナに聖女なんて似合わねえんだよ! お前は砂漠で治癒師でもしてやがれ!」

「頼まれなくったってそうするわよ! この、へぼカフェ店主!」


 俺たちは同時に立ち上がりかけて、言い争いの虚しさに気が付き、また同時に座った。


「女に振られたくらいでいちいち落ち込むな。まあ、あんたに付き合えるバカはそういないでしょうけど……」


 騒いだらのどが渇いたので、魔法で作り出した水を飲んだ。


「シュナ、食い物あるか?」


 シュナは力なく首を横に振る。


「ジンは?」

「食い物はおろか金もねえ」


 慌てて飛び出してきたので着替えだってないのだ。


「どうすんのよ?」

「三万ゲトほど貸してくれ」

「ヒモかよ……」


 否定はしなかった。

 したところで認めてはもらえなかっただろう。

 やることもなくなった俺たちは地面に寝転ぶ。


「シュナ……」

「なによ?」

「腹減った」

「私もよ! イライラさせないでくれる?」


 黙っていると空腹が募るのだ。

 俺としてはなんとか気を紛らわせたい。


「シュナ……」

「今度はなに? お腹が空いたとか言ったら殴るわよ」

「しりとりしようぜ」

「バカか……」


 たき火の向こうでシュナが呆れている。

 だが俺はかまわずに切り出した。


「りんご」

「…………ゴマ」


 ゴマか、ゴマも美味いよな。


「マンゴー」

「食べ物ばっかり言うのやめてくれない? しかもまた『ご』だし……」

「仕方がないだろう、思いつくんだから。マンゴーだぞ」

「…………ゴマ団子(だんご)」

「それ、ずるくないか?」

「うるさいわね。さっさと負けを認めて寝ろ!」


 その晩、しりとりは俺がプリンと言って負けてしまうまで続けられた。

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