第35話 褒めてなんていないんだからねっ!


 予定どおり三日で都に到着した。

 久しぶりに訪れる都だったが、相変わらず大きくて人も物も溢れかえっている。

 ヒュードルに乗ったままでは連続切り裂き魔になってしまうので、城門の手前で降りて鞘に納めた。


「なかなかいい旅だったな。ホテルは高級だったし、飯も美味かった」

「私のお金じゃない!」

「後で返すからプリプリすんなって。で、実家はどっちなんだ?」

「アスリー地区よ」


 上から数えて三番目くらいに高級な住宅街だ。

 住みやすいのだが、伝統と格式には欠けるらしい。

 新興の貴族や富裕な商人が多く住むことで有名な地区だった。


「辻馬車でも拾っていくか」

「そうね」

「それじゃあ、よろしく」


 何度も言うが俺には持ち合わせがないのだ。


「あんた、厚かましいわよ」

「だから返すって言っているだろう。ダガールへ戻れば金はある。帰りもヒュードルに乗せてやるから、一緒に帰ればいいじゃねえか」

「……そうね。貸した金を回収するためにも一緒にダガールへ帰るわ」


 シュナの金で辻馬車を拾ってアスリー地区へ向かった。


 パイエッタ子爵の屋敷は立派だった。

 高い鉄柵に囲まれた前庭は芝生で覆われ、蔓薔薇がピンク色の花をつけている。

 漆喰の壁は白く、手入れが行き届いていた。


「でかい家だなあ。どんだけあくどく搾取したらこんな家を建てられるんだろうな?」


 うっかり素直な感想を漏らしたら、門番に睨まれた。


「貴様ら、ここをどこだと心得る。用がないのならどこかへ行け!」


 この門番はシュナに気がついていないようだ。


「笑えない冗談だな。当主の娘が訪ねてきてもこれか?」

「ここには数回しか来ていないもの」


 シュナは門番に向き直った。


「シュナが訪ねてきたとパイエッタ子爵に伝えてください」

「シュナ……お嬢様? 失礼いたしましたぁああ!」


 門番はすぐに守衛小屋にあった紐を引く。

 すると、屋敷の玄関が開き、中から二名の執事たちが現れた。


「シュナ様、よくぞお戻りくださいました」


 執事たちの挨拶をシュナは冷ややかな態度で受け流した。


「お父様はご在宅かしら?」

「はい、シュナ様のご帰宅をお喜びになるでしょう。ところで、こちらの方は?」

「私の債務者よ」

「しつこいな、金は返すと言っているだろう? 俺はパイエッタ家による被害者の会の副会長だ」


 シュナが首をかしげる。


「なにそれ?」

「パイエッタ家のせいでカフェ・ダガールのお客が減ったんだ。俺は被害者だろう?」

「たしかに。でも、なんで副会長?」

「会長はシュナだからだ」

「納得。そういうことよ。一緒に連れていくからお父様に会わせて」

「はあ……」


 二人の執事は困惑していたようだが、話をこじらせないようにした方が良いだろうと判断したようだ。

 追い返されることもなく俺もシュナと一緒に応接間へ通された。


 応接間ではかなり待たされたし、やってきたパイエッタ夫妻の態度は最悪だった。


「ようやく戻ってきたか、シュナ。このまま神殿へ行くぞ!」


 パイエッタ子爵の第一声はそれだった。

 子爵は中肉中背、小狡そうな顔つき、押し出しの強い権力者タイプだ。

 自分の命令をシュナが否定するとは考えてもいないようである。

 一方の夫人は影の薄そうな人だった。

 美人ではあるが夫の言うことには何でも従うタイプのようで、久しぶりに会うであろうシュナに声をかけることすらない。

 聞かずにはいられなかった俺はシュナに直球を投げた。


「実の親なのか?」

「さあ……」


 鳶が鷹を生む、ということわざもあるが、あまりにも似ていないぞ。

 俺とシュナが会話をすることでパイエッタ子爵はようやく俺の存在に気をとめた。


「この男はなんだ?」

「俺はアンタらの被害者だ。今日は話をつけに来た」


 子爵は胡散臭そうに俺を見ている。


「シュナが滞在していたカフェの店主だな。まさかシュナに手を出してはいないだろうな?」

「手を出されたのはこっちだ。こいつに何発殴られたかわからん。被害届を出してもいいくらいだぞ」


 真剣な俺の告発を子爵は無視した。

 そして執事たちに言いつける。


「この男をつまみ出せ」


 うむ、かわいそうだが執事たちに俺がつまみ出せるわけもない。

 殴りつけるのもかわいそうなので、手の関節を軽く決めて動けないようにしてやる。

 それを見て激高したのがパイエッタ子爵だ。


「衛兵を呼べ!」


 こちらは最初から剣を抜いてかかってきたので遠慮するのはやめにした。

 庶民は殺してもいいくらいの感覚で斬りつけてくるのだ。

 降りかかる火の粉は払わねばなるまい。

 踏み込んで高速ビンタ、踏み込んで高速ビンタ、踏み込んで高速ビンタの繰り返しで十人の衛兵を撃退した。

 手加減はした。

 痛いだろうが後遺症は残らないだろう。

 もののはずみでうっかりパイエッタ子爵にもビンタをかましてしまったが、これはご愛敬だ。


「痛い、痛い! 何をする、私はパイエッタ子爵だぞ!」

「ごめん、勢いでつい。いきなり大勢で襲い掛かってくるそっちが悪いんだぞ」


 子爵は涙をためながら頬を押えている。

 たぶん暴力を振るわれたのは生まれて初めてなのだろう。

 親父にも殴られたことがなさそうだ。

 夫人の方はソファーで気絶していた。

 貴婦人はすぐに気絶するという噂は聞いていたが、本当だったんだな。

 リアル気絶が見られてちょっとだけ感動した。


「貴様はシュナを奪いに来たのか?」


 子爵が声を震わせながら訊いてくる。


「シュナが俺の助けなんて借りるもんか。俺はうちの店にかけられた不当な命令を撤回させに来ただけだ。てめえのせいで常連のじいさんたちが困っているんだよ!」


 田舎では娯楽が少ないのだ。

 最近、迷宮でテーブルサッカーというゲームを回収した。

 じいさんたちは大喜びではまっていたのだ。

 それなのにこいつのせいで遊べなくなっている。

 数少ない楽しみを取り上げられて、じいさんたちも迷惑しているのだ。


「わかった、命令は取り消す。神殿にもそう伝える」

「ふーん、じゃあ許してやるけど、一つ忘れてない?」

「か、金か?」

「ごめんなさいだろ! 人に迷惑をかけたんだから謝りやがれ!」


 子爵は口ごもりながらも謝った。


「ご、ごめんな……さい」

「……まあいいだろう」


 俺がうなずくとシュナが前に出た。


「次は私のばんね。いいこと、二度と私にかかわらないで」


 子爵は眉を吊り上げた。


「バカなことを言うな! どうして聖女にならない。それがお前のためなのだぞ」

「私のためじゃなくてお父様のためでしょう? 私は絶対に嫌よ。これから先もこんなふうに他人に迷惑をかけるなら……」


 シュナはためを作って父親を睨んだ。

 子爵の顔はどんどん青ざめていく。


「王宮に火をつけるわ」

「何を言っているのだ!」


 シュナの脅しに子爵の顔は土色になり、額から脂汗が滝のように流れている。

 あ、起き上がった夫人がまた気絶した。

 

「そうなれば、パイエッタ家は天下の謀反人として処断されるわね。私は逃げるけど」

「シュナ、本気なのか?」

「ええ、本気よ。炎帝フドウのインペリアルファイヤーでなにもかも燃やし尽くしてやるわ! 死人は出さないようにしてあげるけどね」

「今まで聖女になるために頑張ってきたではないか。聖女になることがお前の幸せなのだぞ。聖女にさえなれば欲しいものはなんだって手に入る。どうしてそれがわからん!」


 親子喧嘩を見物するのもそろそろ飽きてきたなあ……。

 久しぶりの都だから俺はさっさと遊びに行きたい。


「あのさあ、シュナは才能豊かな女だぜ。欲しいものがあればなんだって自分の力で手に入れられるさ。どうしてそれがわかんねえかな?」


 シュナがびっくりした顔で俺を見ている。


「ジンに……褒められた……」

「べ、べつに褒めたわけじゃないんだからねっ!」


 なんで俺が照れなきゃならない。


「とにかくそういうことよ。私は私の力で望む未来を実現するわ。お父様はお金と権力がほしいのでしょう? だったらご自分で努力してください。私に頼らないで!」


 子爵はなにも言い返せなかった。

 これでようやく一連の騒動も終わりか、と思ったのだが、何やら不穏な気配が扉の向こうからしてきた。

 ただ事じゃない殺気を感じるぞ。

 シュナも気づいたようで応接間の扉をじっと見つめている。

 入ってきたのは甲冑を身に着けた十三人の騎士たちだった。

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