第25話 スパイスが届いた


 レパートリーの増えたメニュー表を見ながら、俺はご満悦だった。


 ドリンクメニュー


 水               …… 200ゲト

 氷水              …… 250ゲト

 コーヒー            …… 300ゲト

 アイスコーヒー         …… 400ゲト

 カフェオレ           …… 400ゲト

 アイスカフェオレ        …… 500ゲト

 ハチミツ水           …… 500ゲト

 スライムタピオカミルクティー  …… 700ゲト(おすすめ!)

 奇跡のホットチョコレート    …… 600ゲト(おすすめ!)

 魔法のジャムティー       …… 500ゲト(期間限定)


 フードメニュー


 ガーリックトースト       …… 300ゲト

 チーズトースト         …… 400ゲト

 アボカドトースト        …… 700ゲト(欠品中)

 魔法のジャムトースト      …… 700ゲト(期間限定)

 ホットサンド          …… 700ゲト

 天国のポトフ(パン付き)    ……1200ゲト(看板商品)


 ここもだいぶカフェらしくなってきた。

 石板に映し出される俺の料理レベルだって7まで上がっているのだ。

 シュナは相変わらずマイナス24なので、そのことには触れないようにしている。

 でもいちばん売れるのは料理の腕とは関係ない普通の水なんだよなあ……。

 迷宮で拾ってきた銀の水差しにいれて提供しているので少しだけ高級感が出たけどな。

 これで注ぐと美味しくなるような気がするのだ。

 迷宮で拾ってきたと言えば玄関にランタンをいくつもつけた。

 常連のじいさんたちが転ぶといけないからだ。

 このランタン、実は墓場タイプから拾ってきたというのは内緒である。


「それ、界門への道しるべって呼ばれているんだよ」


 シュナが笑いながら教えてくれた。

 界門とは使者の魂が向かうところだ。

 死者はここで天国へ行くか、地獄へ行くかを裁かれる。


「まあいいじゃねえか。暗がりで転ぶよりはマシさ。使えるものは何でも使おうぜ」


 界門への道しるべは呪われたアイテムではない。

 これはここに来てカフェ・ダガールの道しるべに生まれ変わったのだ、そういうことにしておこう。


 地平線の彼方に交易商人の隊列が揺らめいていた。

 ひょっとしたら店に寄ってくれるかもしれないと期待しながら見ていると、商人たちは本当にこちらにやってくるではないか。


「シュナ、お客だぞ!」

「んあ?」


 ボックス席で胡坐をかきなが眠っていたシュナが目を覚ます。


「私はお客よ、いちいち起こさないでくれる?」

「パンツが見えているんだよ、みっともない。少しは恥じらえ」

「んー……」


 めくり上がったスカートを直してシュナはまた眠ってしまった。

 シュナはだらしなく、気まぐれだ。

 手伝ってくれる日もあれば、眠ってばかりのときもある。

 縛られるのが嫌なようだ。


「よう、ジン! 久しぶりだな」


 商隊の中で真っ先に入ってきたのはディランだった。

 ディランの無事な姿を確認して心の中で安堵した。


「無事に帰ってきやがったな。どうだった、ベンガルンは?」

「トラブルの連続で参ったぜ。湖沼地帯のリザードマンがしつこくてよぉ。虎視眈々と俺たちを付け狙うから、ほとんど眠れなかったんだ」


 そういえば少し痩せた気がするな。


「隠形のディランがよく言うぜ。お前が本気で隠れたら見つけ出せる奴なんていねえだろう?」

「まあそうだが、ラクダや荷物までは隠せねえからな。ほれ、頼まれていたスパイスだ」


 ディランは持っていた麻袋を寄こした。


「おお! ついに来たか。これでドライカレーの開発ができるぜ。ありがとな、ディラン。なにか食っていくか?」

「またメニューが増えているな」

「おすすめは天国のポトフだぜ」

「ふむ、そいつをもらおうか」

「あいよ。先にこいつを片付けてくるからちょっと待っていてくれ」


 俺は麻袋を担ぎ上げて裏の倉庫へ向かった。


 ***


 ディランがボックス席へ目を向けると、シュナはぱっちりと目を覚ましていた。


「おかえり。あんたが来るとジンがはしゃいで騒々しくなるわ」

「そいつは悪かったな。邪魔したみたいでよ」

「べつに……」


 そっぽを向くシュナにディランはショールを手渡した。

 水色と群青の二色で染められた、ちょっとシックなショールである。


「ベンガルン土産だ。風通しがよく、手触りもいいぞ」


 シュナはびっくりしたような顔でディランを見上げる。


「ありが……とう」

「なーに、前にもらった万能薬の礼だよ。あれのおかげで二度ほど命を救われた」

「そう……。アンタが死ななくてよかったわ。そんな知らせを聞いたらジンが落ち込むから。アイツが落ち込むと鬱陶しいのよ」

「あれで感じやすい性格だからな」


 シュナはポケットをごそごそと探り小さな瓶を取り出す。


「お代わりよ」

「すまねえな」

「鬱陶しいのは嫌いなだけだから……」


 裏口の扉が開きジンが戻ってきた。


 ***


「よし、天国のポトフを食わしてやるからな。こいつは本当に美味いんだ。美味すぎて死にかけたじいさんが二人もいるんだぜ。な、シュナ」


 ディランが帰ってきて俺はご機嫌だった。

 それに待望のスパイスが手に入ったのだ。

 嬉しくないわけがない。

 だが、俺はそこではたと気が付いた。

 肝心かなめの米のことを忘れていたのだ!

 これではドライカレーは作れても、ドライカレーライスにはならないではないか。


「ディラン、米は手に入らないだろうか?」

「コメというと、あの食べるコメか?」

「そうだ。すっかり忘れていたのだが、これがないと俺の料理は完成しないんだよ」

「ふーむ、ちょっと難しいな。このへんでコメを作っているのは巨人族の谷だけだぞ」


 巨人族の谷は砂漠の奥の太陽の神殿を越えたそのまた先だ。

 しかも普通の人間は入ることも許されない。

 見つかれば即刻逮捕され、公開処刑になるとの話を聞いたことがある。


「こっそり言ってコメを盗む? やるならつき合うけど」


 シュナはワクワクした顔で訊いてくるが、ディランはそれを止めた。


「止めておけ。巨人族は一筋縄ではいかないぞ。囲まれればジンでも危ないだろう」


 そうだよな、料理のためとはいえ泥棒はよくない。

 そのうち手に入ることもあるだろうから我慢するか。

 今はすっぱりと諦め天国のポトフの用意に取り掛かった。


「シュナ、ディランに水を出してやってくれ」

「客をこき使うな」


 シュナはブツブツと文句を垂れながらも、魔法でコップに水を注いでいた。

 俺はスープを温めてソーセージを用意する。

 シャウグレートの在庫も少なくなってきたな。

 また、レベル384の荒野タイプに挑戦しなくてはならないようだ。


「な……」


 天国のポトフを一口食べたディランは、驚きのあまりスプーンを落としそうになっていた。


「美味い! こんな美味いポトフは初めてだ!」

「おう、大いに褒め称えてくれ」

「まさか、ジンにこんな美味いものが作れるとはな」

「本当のことをいうと、俺だけの力じゃない。この味はシュナの協力がないと出せないのさ」

「そうね」


 シュナは相変わらずの仏頂面だが、心なしか眉間の皺が浅い。

 機嫌がいいのだろう。



 北へと旅立つディランをシュナと見送った。

 次に会えるのはいつだろう?

 少し寂しいが、次は泊っていくとディランは言っていた。

 そのときは秘蔵のネクタルを開けて楽しむつもりだ。

 喜ぶディランの顔を想像して俺も嬉しくなる。


「シュナはディランのことを気に入ったのか?」

「なによ、藪から棒に」

「ディランに出した水、あれはユーラの雫だろう?」


 慈愛の女神ユーラの雫を出すには大量の魔力を消費しなければならない。

 シュナなりに気遣ってくれたのだろう。


「お土産をもらったからそのお礼。それだけよ。それに……(ジンの友だちだからね)」


 それに、のあとは言葉が続かず、シュナは店の中に入ってしまった。

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