第24話 聖餅(せいべい)


 閑古鳥が鳴いていたカフェ・ダガールにも少しずつだがお客が増えた。

 店先にラクダの水飲み場を設けたのが要因のひとつだろう。

 迷宮で見つけた大きな空樽を持ち帰って、半分に割り、ラクダの水飲み場を作ったのだ。

 これが旅人に受けた。

 看板メニューであるポトフも売れているが勝利の電鍋は小さく、大量生産はできない。

 一日二十人前が限度で、こちらは今後の課題でもある。

 カフェとは関係ないがシュナの解毒薬もよく売れている。

 ゴーダ砂漠にはサソリや蜘蛛などの毒を持つ生物が多い。

 これらは夜行性だが、うっかり刺されてしまう人は後を絶たない。

 シュナの毒消しはよく効くと評判を呼び、旅人は必ずひと瓶買っていくほどである。

 そのせいであいつはプチバブルだ。

 態度もちょっとだけ大きくなっている。


「カフェにお客がこなくてもいいんじゃない? なんなら私がジンを養ってあげるから。そこに這いつくばってお願いすればだけどね」

「よく言うぜ、居候のくせに……」

「はい、十日分の宿泊費。出来たら部屋をスイートに替えてほしいんだけど」

「そんなものねえよ!」


 ただ、シュナは金銭的に余裕ができても迷宮には付いてきた。

 単なる暇つぶしかもしれないけど、俺としてはありがたい。


「俺のことが好きだから?」

「単なる暇つぶしよ」


 とのことだっだ。


 迷宮レベル:68

 迷宮タイプ:神殿


 嫌いな神殿タイプなのでシュナは大きなため息をついていた。

 ここのボスは断罪の司教といって亡者の一種だ。

 魔物ながら信仰を押し付け、そのくせ己の罪に気づかない正義マンタイプの嫌な野郎である。

 コイツはちょっと不思議な武器を使う。

 巨大な経典を振り回すのだ。

 角の部分が当たったらさぞや痛いことだろう。


「痛いなんてもんじゃないわよ。ミスリル銀でできているんだから」


 頭蓋骨陥没は必至だな。


「背徳者め、許しを請え!」


 断罪の司教は叫びながら攻撃してきた。

 分厚い金属の経典を二つに分けて楽器のシンバルのように持ち、こちらの頭を潰そうとしてくるのだ。


「あれに挟まれると洗脳されるわよ」

「洗脳? 即死の間違いじゃないのか?」

「本当に敬虔な信者になるのよ。ゾンビとしてだけどね」

「たまったもんじゃねえな」


 子どもの頃から神殿はサボる対象だった。

 信仰心は欠片くらいしかない。

 それに、無理やり信心っていうのが気に食わない。

 こいつは俺の手で討ち取るとしよう。


「祈れ!」

「やかましい!」


 経典を躱して切り込み、断罪の司教を討ち取った。

 戦闘が終わると普段どおりに祭壇が出現した。

 ところが宝箱はどこにも見当たらない。

 今回は外れの迷宮だったようだ。。


「だから神殿は嫌いなのよ!」


 シュナは悪態を吐いたが、俺は地面に落ちている分離したままの経典に注目した。

 拾い上げてみると、経典には頭を挟むための薄い窪みがついている。


「これ、ホットサンドを作るのにいいんじゃないか?」

「なにそれ?」

「帰ったら食わせてやる。それを食べればシュナの機嫌も直るはずだ」

「本当かしら?」


 少なくとも、人の頭を挟むよりパンを挟む方が数億倍マシということは確かだった。



 店に戻ると、かつて経典だった鉄板をよく洗った。

 それを軽く熱し、バターをたっぷりと塗る。

 バターはたっぷり、それが美味しさの秘訣だと映画で見た記憶がある。

 鉄板にパンを置き、パンの上にチーズ、ハム、トマトを置いて、さらにもう一枚パンを置く。

 そして上からもう片方の鉄板で挟んだ。

 分厚い鉄板だからいい感じにプレスされているだろう。

 正確に言えば、鉄板ではなくてミスリル銀板か。


「でもって、火炎魔法だ」


 左手の指を鉄板の下に、右手は上にして炎で焙っていく。

 しばらくするとバターに焦げるパンの匂いが店内に充満した。

 もうこれくらいでいいだろう。

 上の鉄板を外すとサンドイッチは美味しそうなきつね色になっていた。


「さあ、食べてみようぜ」


 ナイフでホットサンドを半分に切るとほっこりとした湯気が立ち上がった。

 外はサクサク、中のチーズはトロトロだ。

 一口食べたシュナがほほ笑む。


「バターがたっぷりで罪の味がする」


 断罪の天使が持っていた経典で作ったのに?

 ずいぶんと皮肉が利いているな。


「二人でひとつじゃちょっと物足りないな。もうひとつ焼くとするか」

「次は私にやらせて」

「シュナがぁ……?」

「お願い、火で焙るところだけでいいから」


 それが心配なのだ。

 シュナがやればサンドイッチが黒焦げになってしまう恐れがある。


「ユーラの雫を使ったらポトフが美味しくなったじゃない? あれと同じで、ネクソルの炎を弱火で使ったらホットサンドがさらに美味しくなる気がするの!」


 本当だろうか?


「弱火にできるのか?」

「このとおり」


 シュナは左右の指からネクソルの炎を出す。

 悪魔を焼いたときのような勢いはなく、ちいさな火炎が揺れているだけだ。

 これなら大丈夫か……。

 確率は低いだろうが天使のホットサンドができるかもしれない。

 大穴狙いに俺も賭けてみる気になった。


「試してみるか」


 準備が整うとシュナは鉄板にネクソルの炎を放った。

 今のところ問題はない。

 揺らめく炎はちょうどいい火力で鉄板を熱している。

 この火力なら焦げることはないだろう。


「よし、もういいぞ!」


 シュナは聞き分けよく炎を収める。

 これなら上手くいったのではないだろうか?

 ワクワクしながら鉄板を開いてみたが、そこにあったのは真っ白なものだった。


「これ聖餅せいべいじゃねえか?」

「そう……だね……」


 聖餅は死者の口に含ませるパンのことだ。

 そうすることで死者の魂が力を得て、天国へ辿り着けると信じられている。


「あれ、まるっきりの嘘よ」

「そうなの?」

「パンだけで天国へ行けるわけがないじゃない。神殿が小銭を稼ぐためにでっち上げてるのよ」

「でも、シュナが作った聖餅は特別じゃないか?」


 この聖餅からは特別な波動を感じるぞ。


「そうかもしれない……」


 これを口に含ませたら悪党でも天国へ行けるのかもしれないな。

 俺は目の前の聖餅をつまんで一口かじってみた。


「まっず!」


 特別な聖餅かもしれないが、味は最低だった。

 その後シュナは二度と聖餅を作ることはなかったが、カフェ・ダガールには新メニューが増えた。

 

 ホットサンド   ……700ゲト


 俺もシュナも聖餅に用はない。

 ホットサンドの方がずっと美味いからだ。

 ゴーダ砂漠の熱い風を浴びながら食べるホットサンドとアイスティーのセットは最高だった。

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