第7話 ファイヤー


 カフェに戻ってきたので、さっそくアボカドを食べてみることにした。

 まずは縦に切り込みを入れる。

 そうそう、中には大きな種があるのだったな。

 だんだん思い出してきたぞ。

 切り込みを入れた実を両手に持って切れ目にそって回転させれば二つ割りのできあがりだ。

 黒い皮の中から鮮やかな緑色の果肉が出てきたのでシュナは驚いている。

 種はナイフの付け根を刺してえぐり出せば綺麗に取れたはずだ。

 半身をスライスして皿の上に並べた。


「よし、食べてみようぜ」


 どうやって食べていたかまでは思い出せないので、まずはそのままいってみることにした。


「いただきまーす」


 喜んでアボカドを口に運んだシュナだったが、反応は微妙だった。


「まずくはないけど……」

「塩をかけたら美味くなるんじゃないか?」


 前世では醤油という調味料をかけた気がするけど、この世界では見つからないと思う。

 とりあえずは塩が無難だろう。


「塩? 本当かしら?」

「砂糖でもいいが、まずは試してみようぜ」

「わかった」


 シュナはお約束をきっちり守れる人らしい。

 スプーンに山盛りの塩をかけようとしている。


「待て、マイナス24!」

「人を数字で呼ばないで!」

「わかったから俺にやらせてくれ」


 なるべく均等にかかるように、パラパラと塩をかけた。

 どれ、味はどうなっただろう?


「お、さっきよりずっと美味いぞ」

「本当に?」


 一口食べたシュナも笑顔になる。


「これなら私も好き」

「黒コショウなんかがあってもいいな。明日はヘロッズ食料品店からパンが届く予定だからアボカドトーストを作ってみよう」

「この宿に来てから初めてまともな料理が食べられそうね」

「文句を言うな。この居候いそうろうめ」

「私は客よ」

「だから、宿屋は廃業なんだってば」

「知らないわよ」


 うちの客は我がままだった。



 翌朝、ポビックじいさんが配達にやって来た。


「大パンが五つ、卵が二十個、オリーブオイルが一瓶、それにコーヒー豆だ」

「たしかに受け取ったぜ。これでまともな営業ができそうだ」

「最初は難しいと思うが、諦めずに続けろよ。何かあったら力になるからな」

「ありがとな!」


 ポビックじいさんを見送ると、待ち構えていたシュナに声をかけられた。


「お腹がすきすぎて死にそうなんだけど」

「わかった、わかった。いまアボカドトーストを作ってやるから」

「え~、肉が食べたい」

「贅沢を言うな、居候」

「私は客よ! はい今日の宿代」


 シュナは三千ゲトを手渡してくる。


「まだ泊まるのか?」

「私の勝手でしょっ!」


 いや、ここはカフェであって宿ではないのだ。

 勝手すぎるだろう。


「まあいいわ、餓死するよりマシだからアボカドトーストを作るのを手伝ってあげる」


 これは危険だ。

 マイナス24がやる気を見せているぞ。


「シュナは手を出すな」

「なんでよ?」


 下手なことを言うとまた機嫌が悪くなるからなあ……。


「シュナはお客さんだろう? 料理は店主である俺がやる」

「あ、そっか」


 意外なほどシュナは単純でもあった。


 アボカドトーストは簡単だ。

 アボカドを潰し、塩、オリーブオイルとレモン汁を混ぜ合わせる。

 レモンはないから今日は省略だ。

 次にニンニクをこすりつけてからトーストをこんがり焼く。

 これに先ほどのアボカドディップを乗せれば出来上がりだ。

 仕上げにコショウをかければなおいいのだが、今日はないので省略する。

 レモンもコショウも森タイプの迷宮で手に入りそうだから、いずれは完璧なアボカドトーストが食べられるだろう。

 俺がアボカドトーストを作っている間、シュナにはポットにお湯を沸かしてもらうことにした。

 マイナス24でもそれくらいはできるだろう。

 立っている者は客でも使う、それがカフェ・ダガール流だ。


「シュナ、魔法でポットのお湯を沸かせるか?」

「ふん、なめるんじゃないわよ。魔法は得意なんだから」


 シュナの指先から青白い浄化の炎が迸った。

 上級悪魔をも焼き払う、大天使ネクソルの炎じゃないか!

 あんなもので焙ったらポットの底が抜けてしまうぞ。


「もっと小さい火だ! 魔力制御もできないのか?」

「わ、わかっているわよ。もっと小さい火を出せばいいんでしょう。これでどう?」


 燃え盛る業火にカフェ・ダガールが紅に染まった。

 これは炎帝フドウのインペリアルファイヤー……。


「いちいち大技を出すな! もっと弱い火だ。普通の火炎魔法を弱めの出力でだすんだよ」

「今やろうと思ってた!」


子どもか?

子どもなのか?

パンツは黒のレースのくせに、口をついて出るのは子どもの言い訳だな!


「これでどう?」


 シュナの指先でオレンジ色の炎が揺れている。


「そうそう、そういうのでいいんだよ」


 ようやく安心してアボカドトーストを作れるというものだ。

 アボカドトーストを作ってから、買ったばかりの豆でコーヒーを淹れた。


「うーん、いい匂い。お料理をするのって案外楽しいわね」


 なにそのやり切った感に満ちた表情は⁉

 シュナは湯を沸かしただけだろう!

 どういう思考回路をしているんだよ?

 こっちはショート寸前だぞ!

 だが、放っておくしかあるまい。

 下手に刺激して、カフェ・ダガールに火をつけられてはたまらない。

 俺の水魔法じゃシュナの地獄ヘル業火ファイヤーは消せないだろう。


「そうだな……、料理は……楽しいさ……」

「どうして遠い目をしているのよ!」


 俺は黙々と料理を作った。

 コーヒーもアボカドトーストもそれなりに美味しくでき、シュナも味を認めてくれた。


「これならお店に出せるんじゃない?」

「問題は客が来るかだよな」


 太陽は高い位置まで昇っていたけど、今日も店に来る客はまだいない。

 紫外線は眩しく、コーヒーはほろ苦かった。

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