第8話 レベル256(前)


 普段は朝食を催促するシュナが、その朝はいつまでも起きてこなかった。

 医者の不養生という言葉もある。

 治癒魔法が得意な聖女も具合を悪くすることだってあるかもしれない。

 心配になった俺は客室まで様子を見に行くことにした。

 そういえば、この3号室に入るのはシュナが来てからは初めてだ。


「シュナ、朝だぞ。起きているか?」


 返事はない。

 ひょっとして出て行ったのか?

 あいつは自分勝手だから、俺が寝ている間に出発してもおかしくはない。

 ドアノブに手をかけると鍵はかかっておらず、ドアはすんなりと開いた。


「なんじゃ、こりゃあ!」


 思わず叫んでしまった。

 朝の光に照らし出されているのは足の踏み場もないほど服が散乱した部屋である。

 きっと脱いだ服を片付けもせず、その辺にほっぽり出していたのだろう。

 そして、洋服の持ち主はベッドにおり、はしたない寝相でいびきをかいて寝ていた。


「こら、シュナ! 起きろ! なんだこの部屋の有り様は!」

「ん~、ジン? あ~、掃除はいらないから……むにゃむにゃ……」

「掃除はいらないからじゃない! たった数日でどんだけ汚しているんだよ」

「うるさいなあ、服を置いておいただけじゃない」


 俺も几帳面ではないがここまでひどくないぞ。

 とにかく、シュナが予想以上にずぼらな性格ということがわかった出来事だった。



 本日も食べ物を取りにダンジョンへ来ている。

 どういうわけかシュナも一緒だ。


「だって、部屋にいてもつまらないんだもん」

「いや、いつまでもこんなところにいていいのか? どこか行くあてはないのかよ?」

「ないわ。聖女になるのが嫌で神殿を逃げ出してきたんだから」


 こいつ、あっさりとカミングアウトしやがった!


「それ、やばくないのか?」

「こんな辺境にいるとは思わないでしょ。そんなことより石板チェックよ!」


 俺は神殿の神官たちに少しだけ同情した。



 迷宮レベル:1

 迷宮タイプ:荒野


「レベル1か。こんなところを攻略しても、ろくなアイテムしか手に入らないだろうな」

「だったら入り直せばいいじゃない」


 その発想はなかった。

 ここは入るたびに構造の変わる迷宮だ。

 気に入らないのならば入り直せばいいだけだ。


「やってみるか。いったん外に出よう」


 シュナの提案に従い、入り直してみた。


 迷宮レベル:2

 迷宮タイプ:荒野


「今度はレベル2か。今日はついていないな」

「もう一回入り直してみればいいのよ」

「そうするか」


 迷宮レベル:4

 迷宮タイプ:荒野


「タイプは同じで、レベル4か。まだまだだなあ」

「正直者は三度目に成功する、よ。もう一度やりましょう」


 前世でも似たようなことわざがあったなあ。

 どうでもいいことだが数字の三が付くことわざって多くないか?

 三度目の正直、二度あることは三度ある、石の上にも三年、などなど。

 ちなみに、この世界では「ユーラの顔も三度まで」ということわざが存在する。

 ユーラは慈愛の女神だ。

 そんな優しい女神さまでも四度目は怒ってしまうようだ。

 俺たちは三度目のチャンスにかけて迷宮に入り直した。


 迷宮レベル:8

 迷宮タイプ:荒野


 さっきよりレベルは上がったけど、まだ物足りない。

 タイプは同じ荒野か。


「レベルは確実に上がっているわ。やり直しよ!」


 ずんずんと歩くシュナに続いて迷宮の外へでた。


 迷宮レベル:16

 迷宮タイプ:荒野


「さっきよりだいぶ上がったな」

「ねえ、ジン。気がつかない?」

「何が?」

「これ、入るたびにレベルが倍になっているよ」

「言われてみれば!」

「念のために確認しておきましょう」


 もう一度入り直してみた。


 迷宮レベル:32

 迷宮タイプ:荒野


「やっぱりね。私の予想が当たっていたわ」

「ふーん、じゃあ次に入りなおせばレベル64か」

「いってみる?」

「もちろんだ」


 つい調子に乗り、俺たちは迷宮レベルを256まであげてしまった。

 こうなると、見慣れたはずの荒野タイプも雰囲気が違ってくる。

 レベルの高い魔物がうようよいるのだろう、こちらに向けられる殺意の強さに肌がひりつくようだ。

 だが、俺もシュナも気負うところはまったくなかった。


「びびってないよな?」

「ジンこそ怖がっているんじゃない?」

「まさか。それよりも聞こえないか、この羽音」

「うん、数百匹はいるわね」


 俺たちの気配を察知して迫っているのはキラービーだ。

 こいつらは体長が一五センチもある大型の蜂で、その毒は一瞬で大型獣の命を奪う。


「俺が引き付ける。得意の火炎で焼いてくれ」

「了解。刺されないでね」


 魔剣ヒュードルを抜き、囲まれないように蜂の群れの外側を駆け抜けた。

 接近してくる蜂は剣で切り落とす。

 やがてキラービーの数が多くなり、剣だけでは追い付かなくなると、俺は蹴りも組み合わせた。

 上下左右、前後ろ、剣と蹴りは弧を描く。

 躱し、蹴り上げ、斬り下げる。

 自分が縦横無尽に回転する独楽になった気分だ。

 そういえば地球ゴマってあったよな……。

 不意に前世の記憶がよみがえったが、突如燃え上がった紅蓮の炎に俺は慌てて飛びのいた。

 キラービーを焼き尽くす業火は、シュナの放ったインペリアルファイヤーだ。

 さすがは炎帝フドウの必殺技、キラービーの大群は瞬く間に灰になった。


「熱っちいなっ! 俺まで少し火傷したぞ!」

「仕方がないでしょ、蜂を全滅させるためなんだから」


 言い返しながらシュナは俺の顔に触れた。

 冷たい指の感触が焼けた皮膚に心地いい。

 治癒魔法を使っているようで、清廉な水が体の中に注ぎ込まれる感覚がした。


「はい、これでいいわ」

「さすがだな。実はさっきの戦闘で右の肩を少しだけ傷めた。ついでに治してくれ」

「あんまり甘えないでくれる? 私は甘やかされる方が好きなの」

「気が合うな、俺もだ」


 文句を垂れながらもシュナは肩に手を当ててくれた。

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