第9話 レベル256(後)


 治癒魔法を施してもらっていると、荒野の向こうから大きな地響きと、機関車のようなシューシュー言う音が聞こえてきた。

 だんだん音が大きくなるところをみると、こちらへ近づいているようだ。


「ボスが現れたみたいね」

「そのようだな。厄介そうな足音を響かせていやがる」


 ヒュードルを抜いて一振りしてみる。

 肩の痛みはまったくない。


「いけそう?」

「普段より調子がいいくらいだ。ありがとな」

「お礼は言葉より形あるもので示して」

「…………」


 巨大な牡牛が現れたので、シュナへの返答はしなくてすんだ。

 それにしてもでかい。

 身体の大きさは象くらいありそうだ。

 全身が常に炎に覆われていて近づくだけでやけどしそうなくらいだった。


「あ~、私の炎は役に立ちそうにないわね。ジンに任せる」

「手を抜くなよ……」

「さっき治療してあげたでしょう。しっかり頑張りなさい」


 強敵には先手必勝だ。

 全身に魔力を巡らせた状態で地面を蹴った。

 残影を残す高速の踏み込みに合わせて剣を横に振りぬく。

 大抵の魔物はこの初太刀で絶命するのだが、この牛は一味違った。


「ジンの攻撃を躱した!」


 牛は首をひねって俺の剣を躱すと、戻す力で角を突き上げてくる。

 ジグザグのバックステップで追撃を避け、どうにか距離を取った。


「さすがはレベル256、とんでもない魔物が出てきたな」

「思い出した。そいつはインフェルノブルよ。火炎属性は無効だから気を付けて」

「参戦する気は?」

「そいつ、熱いからやだ。死んでも蘇生してあげるからジンがやってね」

「ひでえな、鬼畜聖女かよ」

「私のことを鬼畜って言ってもいいけど、絶対に聖女って呼ぶな!」


 本当に聖女になるのが嫌なんだなあ。

 再びインフェルノブルが突っ込んできた。

 激しい攻防が続いたけど、けっきょくバックステップで逃げることにした。

 だがこれは誘いだ。

 あえて先ほどとまったく同じパターンで回避する。

 こいつほどのやつなら俺の行動を予測するくらい簡単だろう。

 ほらきた!

 インフェルノブルは回避ポイントを読んで攻撃してきたぞ。

 だがそれはこちらもわかっている。

 奴の攻撃に対してカウンターとなる一撃を振りぬいた。

 俺の剣先は奴の右目をとらえた。

 体をくねらせて苦しむインフェルノブルの側面に回り込み、死角からの攻撃を浴びせる。

 大量の魔力を送り込んだヒュードルをインフェルノブルの首をめがけて叩きこんだ。

 剣の一閃で落ちる首、胴体は地響きを立てて大地に沈んだ。


「疲れた! しかも体が痛い!」


 戦闘中は気が付かなかったが、対峙しているだけで火傷を負っていたのだ。


「シュナぁ」

「だから甘えないでって」


 やっぱり文句を垂れながらもシュナは手当てをしてくれる。

 どうして普通にできないのかなあ?


「お、牛の炎が消えていくぞ」


 生命が尽きるのと同じくしてインフェルノブルを覆っていた炎は消えてしまった。

 そして、いつもと同じように祭壇が現れる。

 ところが、今回は見慣れた宝箱がない。


「これだけ苦労してご褒美なしか。やってられないな」

「こういうこともあるってことよ。諦めなさい」


 ほとんど苦労していないシュナが俺を諭す。

 世の中は不条理だ。


「クソ、せめてこいつの肉を持って帰るか」

「食べる気なの?」

「だって、考えてみれば牛肉だろう?」

「……一理ある」


 俺はインフェルノブルの体を調べてみた。


「うわ、こいつ死んで焼肉になっている!」

「ほんとだ。まあ、あれだけの炎を纏っていればねえ」


 俺は肉を一切れ削いで口に入れた。


「よくそういうことができるわね……」


 シュナは呆れているが、世の中には豚の丸焼きという料理もある。

 これは牛の丸焼きでスケールを大きくしただけだ。


「でもよ、極上のステーキの味だぜ」

「またまた……」

「いや、これでも王都でSランク冒険者をやっていたんだ。美味い店なんて飽きるほど行っているんだぞ。そんな都の名店にも負けない味だって」


 俺がそこまで言うと、シュナもようやく一口食べた。


「本当だ! たしかにこれはいける!」

「だろう? よーし、全部持って帰るぞ」


 俺はインフェルノブルの足を掴んで引きずってみた。


「クソ重いな。シュナも手伝ってくれ」

「しょうがないなあ。ほら、いくわよ」


 歩きながら俺は肉を削いでまた食べた。


「なにしてんのよ?」

「少しでも軽くしようと思って……モグモグ」

「ほんとバカ……」


 たぶん6トンくらいはあったのだろう。

 それでも、二人でなんとか引きずって帰った。



 カフェに戻ってきちんと切り分け、肉を皿に盛りつけた。

 例によって塩は俺がふった。

 シュナがやるととんでもないことになるからだ。

 自覚があるのか、シュナもやろうとはしなかった。


「塩をかけると美味しさが一段と引き立つわね」

「ああ、コショウも欲しいところだ」

「ジン、もっと切ってよ。ロースとフィレ、あばらの部分も」

「おう、食え、食え! 俺も食う」


 相変わらずやり方がわからないので、皮ごと適当に切って解体した。

 表面は大まかに切り取り、余った骨や内臓は折を見て迷宮に捨ててしまおう。

 そうすれば、構造が変わるときに消えるはずだ。

 カフェをやめて産廃業者になれそうだが、こんな田舎じゃ需要はないか。

 やっつけ仕事もいいところだったが、大量のステーキが手に入ったのだから良しとしよう。


「ステーキランチをやったら、少しは客が来るかな?」

「値段次第じゃない? これだけ美味しいんだから食べれば喜んでもらえるとは思うけど」

「よし、清水の舞台から飛び降りた気持ちで、ステーキランチ400ゲトだ!」

「キヨミズ……、どこよ、それ?」

「ん~、よく覚えてねえな……。舞台って言うくらいだからどっかの劇場じゃね?」


 やっぱり前世の記憶ははっきりしない。


「おーい、ジン」


 扉を開けてポビックじいさんがやってきた。


「ポビックさん、いいところに来たな。ステーキを食っていかねえか? カフェ・ダガール特性のインフェルノブルのステーキだぜ」


 俺はステーキの塊をポビックじいさんに見せた。


「これがインフェルノブルのステーキだって? いったいどこでこんなものを?」

「そいつは企業秘密ってやつだ」


 ポビックさんじいさんは眉を八の字にして首をひねっている。


「しかし、どこの間抜けがこんな切り方をしたんだろうな?」

「何か問題でもあるのか?」

「インフェルノブルの皮といやあ、火炎無効の素材として超高額で取引されるんだぞ。それをこんなズタズタにしちまって……」

「そうなのか⁉」

「おめえ本当にSランク冒険者か? 知っていて当然だろうが」


 シュナに脇腹を肘で小突かれてしまった。

 だがまあいい。

 俺が欲しいのは金ではないのだ。

 じゃあ何が欲しいかと聞かれても困るのだが……。

 まあ、今の生活は気に入っている。

 こんな日々が続けば人生は上々だろう。

 そうそう、インフェルノブルを食べたせいなのかはわからないが、暑さが平気になった。

 それと、ステーキランチに釣られてくる客は一人もいなかった。

 安ければいいというものでもないらしい。

 それから、残った肉は傷む前に村の人に分けた。

 そのおかげで俺の株が少しだけ上がった。

 カフェの前途は多難かもしれないが、俺の人生はまあまあだった。

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