第6話 アボカドとニンニク


 店を開けたはよかったが、客は一人も来なかった。

 日中に交易商人や巡礼者たちが街道を幾人も通ったが、店に入ろうとする者は一人もいない。

 みんながみんな素通りだ。

 今日もむなしくゴーダ砂漠の空が暮れていく……。


「なぜだ⁉」

「水しかないからよ!」


 シュナの理不尽なツッコミは無視した。

 そして俺たちはまた迷宮へとやって来ている。

 うちに食べるものがなにもなかったからだ。


「めんどくせえなあ……」

「アンタがブラッドコーチンを黒焦げにしたからじゃない」

「焼けば羽をむしらないですむって言ったのはシュナだろう」

「だからってファイヤーボールをぶっ放すんじゃないわよ!」


 確かに羽は焼け落ちた。

 その代わり肉も黒焦げになってしまったのだ。

 俺は自分のファイヤーボールを過小評価していたみたいだ。


「まあ、すんだ話を蒸し返すのはよそうぜ。それより石板のチェックだ」


 迷宮レベル:21

 迷宮タイプ:森


 入るたびに構造が変わるのはわかっていたが、前回のレベル3に比べて今回はレベルがいきなり上がった。

 なるほど、じいさんが俺をここに入らせたくなかったわけだ。

 いきなり高レベルの迷宮に当たれば即死だってあり得るのだ。

 とはいえ21くらいなら今の俺ならどうということもないだろう。

 幸か不幸か欠陥聖女様もご一緒だ。


 エントランスを抜けるとそこは森だった。

 ゴーダ砂漠では感じることのない蒸し暑さが俺たちを襲う。

 どこか見えないところで動物や鳥が鳴いている。

 まさにジャングルといった風情で、密集した木々の間を細い小径が続いていた。


「おそらくボスはこの先だろう。いってみようぜ」


 歩き出してすぐにシュナが何かに気が付いた。


「見て、ジン。枝に爆弾が!」


 枝に爆弾?

 ジャングルで爆弾など、どこかのゲリラみたいで物騒だ。

 だが、シュナの見つけたものは爆弾などではなかった。


「違う、あれはアボカドだ!」

「アボカド?」


 高い枝の上に鈴なりのアボカドがあった。

 リングイア王国にアボカドはない。

 シュナが知らないのも当然だ。

 俺だって前世の記憶がなかったらわからなかっただろう。


「アボカド……、アボガド? いや、アボカドが正しかった気がする」


 俺は曖昧な記憶をたぐりよせる。


「名前なんてどうでもいいのよ。食べられるの、あれ?」

「たしか美味かったはずだ。熟しているのは黒いやつだ。青いのは食べられなかったと思う」

「だったら黒いのを持って帰りましょう」


 シュナは嬉々としてアボカドの木に近づいた。


「待て!」


 殺気を感じて抜剣した。

 敵は目の前のアボカドの木だ。

 どうやらこいつは植物系の魔物だったらしい。

 幹をくねらせ、枝をしならせて攻撃してきた。


「なめるなぁ!」


 ほお、しなる枝を蹴り返したか。

 シュナの蹴りはアボカドの生木を切り裂くほどの威力だ。

 出来損ないの聖女様は物理攻撃も得意か。

 あの蹴り、ウチのチームにいた格闘家より上だろう。

 奴も闘技大会で優勝するくらいの腕だったが、シュナの蹴りの方がキレている。

 だが恥じらいはないな。

 今日のパンツの色は黒だ。

 

「死にさらせやぁあああっ!」


 シュナは理不尽に強かったが、相変わらず色気は皆無だった。


 アボカドの魔物は俺が剣でとどめを刺した。

 熟れたアボカドが十個も手に入ったが不満は残る。

 本当はもっと取れたはずなのに、ほとんどの実がシュナとの格闘で潰れてしまったからだ。


「もう少しスマートに戦えないのか?」

「力で圧倒して押し潰す。それが私の格闘術よ」

「聖女のセリフじゃねえな」

「私を聖女と呼ぶな! 絶対になりたくないんだから」


 とにかく、アボカドはボスではなかった。

 迷宮のレベルは24だから、ボスはもう少し強力なのだろう。

 この迷宮を制覇するにはもう少し先へ進む必要があるようだ。


 しばらく森の中を進むと少し開けた場所に出た。

 そこに現れたのが人型の魔物だ。

 といっても人間に似ているのは体の一部だけだ。

 頭の部分は紫色のボンボンのような花、腕はネギのような葉っぱになっている。


「初めて見るけど植物系の魔物……だよな?」

「こいつがここのボスのようね。弱そうだけど」

「油断するなよ」


 魔物はいきなりガスを吐いてきた。

 シュナを抱き上げてバックステップで避ける。

 シュナは俺の腕の中でウィンドカッターを発動させた。

 聖女様は判断も早いな、回避は俺に委ねて攻撃に専念してやがる。

 強力な風の刃が、ガスを払うと同時に魔物の体を切り刻んだ。

 またもや勝負は一瞬で決した。


「催涙ガスの類だな。目の端がちょっと傷む」

「はいはい」


 シュナの治癒魔法で目の痛みはすぐになくなった。


「ん? あれはニンニクじゃないか?」


 倒れたモンスターの脚にニンニクの塊が瘤のようにたくさんついていた。

 さっきのボスはニンニクの魔物だったようだ。


「まさか、あれを食べる気?」

「だってニンニクだぜ」

「なんとなくグロテスクじゃない。臭そうだし!」

「だってニンニクだから……」


 言い争っていると前回と同じように祭壇が現れた。

 祭壇の横には宝箱もある。


「今日はなにかなぁ?」


 ウキウキしながら開けてみると、そこにはアボカドトーストのレシピが入っていた。

 前世で食べたような気もするけど、記憶は曖昧だ。

 俺はささっとレシピに目を通していく。


「おっ! 美味しいアボカドトーストを作るにはニンニクが必要だぞ。やっぱり採取していこう」

「私は食べないからねっ!」

「そう言うなよ、今夜も泊めてやるからさ。ホテルは廃業だから特別なんだぞ」

「今夜も泊るなんて言ってないでしょう!」

「あ、そうなの? チェックアウトならそう言ってくれよ」

「いや、まあ……、泊まるけどさ……」


 泊まるのなら最初からそう言えばいいのに、シュナは相変わらず素直じゃなかった。

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