第3話 アイバ家に受け継がれしもの
二階のゲストルームに案内するとシュナと名乗った少女はため息をついた。
それが疲労からきているのか、部屋のボロさに呆れているからかは判別がつかない。
ただ、どこか世の中を拗ねているような印象をシュナからは受ける。
「この3号室を使ってくれ。何かあったら俺は下のカフェか角の部屋にいるから」
「おやすみなさい」
小さくうなずいてシュナは扉を閉めた。
思いがけず妙な客を泊めることになってしまったが、それも明日までのことだ。
朝になればあの娘も出ていくだろう。
だが、どこへ行くのだ?
砂漠へ行くのならラクダがないというのはおかしな話だ。
徒歩で渡り切れるほどゴーダ砂漠は甘くない。
まあ、俺ならレッドムーンまで徒歩で行けるとは思う。
体力もあるし水魔法だって使える。
てくてく歩いて行けばそのうちたどり着くだろう。
だがシュナは?
どういうわけか、あいつでもできそうだと俺は踏んでいる。
あいつには得体のしれないなにかがある気がするのだ。
「どうでもいいか……」
そう、どうでもいいことだった。
人と人との関係はほとんどが一期一会だ。
俺とシュナだっておそらく二度と会うことはないだろう。
いろいろと考えるのは止めにして、俺はカフェのバーカウンターに座った。
それよりも気になるのは祖父からの手紙だ。
落ち着いたら読んでみようと思っていたのだが、シュナが来てこんな時間になってしまった。
夜も更けた、故人からの手紙を読むにはちょうどよい頃合いだ。
封を開けるとカサカサの紙が出てきた。
ジンへ
本で読んだことだが、親心というのは子が親を思う心の倍はあるそうだ。私は今それをこの身をもって実感している。不肖な孫の行く末が心配でならん。私にとっての唯一の心残りだ。
ジンよ、お前は幸せでいるか? 疲れてはいないか? 飯を美味しく食べられているか?
もし、お前が幸福に暮らしているのなら私にとってそれ以上は望むべくもない。
どこへでも好きな場所へ行って自分の能力を試してみればいい。
だがもし不幸で、心が疲れてダガールに戻ってきたのなら、この家を起点にもう一度人生について考え直してほしい。
そのためにここをジンに残す。
仕事はいろいろあるだろう。砂漠の案内人になるというのも一つの手だ。ここには太陽の神殿へいく巡礼者も多い。なんなら宿屋やカフェをやるというのも一つの手だ。ジンにまともな料理ができるかどうかはわからないがな。
もしジンが店をやるというのならアイバ家の秘密を教えておこう。
それは裏山の倉庫のことだ。覚えているか? ジンが幼い頃、魔物がでるから絶対に近づいちゃいかんと言っていたあの場所だ。実のところ、あそこは本当に魔物が出没する。それどころか、あの岩山の奥は迷宮になっているのだ。
アイバ家の者たちは代々この迷宮を受け継いできたが、そこで命を落とした者は数知れない。私の父や兄、ジンの父母もあそこで魔物と戦って死んでいるのだ。だから迷宮の存在をお前に教える気はなかった。
だが、今のジンなら平気かもしれないと考え直した。迷宮は危険だがその見返りは大きい。この迷宮は挑戦者の欲するものを与えてくれるからだ。
都に行った村の者からお前の話を聞いたよ。お前は無影のジンなんて呼ばれて、国いちばんの剣士になったんだってな。数年に一度手紙が来ても、ジンは「元気でやっている」としか書いてこないからちっとも知らなかったぞ。
あの小さかったジンが国いちばんの剣士とは私も非常に鼻が高い。よく頑張ったな。今のジンならきっと迷宮を自分の生活に役立てることができるはずだ。
扉の封印を解除する十桁の暗証番号をここに記す。暗記したらこの手紙は破棄するように。
ロットン・アイバ
手紙を読み終えた俺は身じろぎ一つできなかった。
カフェの裏手にある岩山には頑丈な鉄の扉がついている。
その奥が迷宮になっているとは想像すらしたことがない。
小さい頃から絶対に近づいてはいけないと厳命されてはいたが、そんな秘密があるとは知らなかった。
だいたい俺の両親も砂漠の魔物と戦って死んだと聞いていたのだぞ。
知ってしまえば気になった。
引退したとはいえ俺は生粋の冒険者だ。
そこに迷宮があるのなら、入ってみたくなるのが性というものだ。
夜はすっかり更けて中天の位置に白い月が浮かんでいる。
どうにも落ち着かなくて魔剣ヒュードルを腰に差し、愛用の皮鎧を身に着ける。
とりあえず様子を見るだけだ、そう自分に言い聞かせて外に出た。
岩山の入り口付近は暗かった。
ちょうど陰になる部分で自分の手さえ見えないほどだ。
火炎魔法で小さな焔を作り出して周囲を確認した。
じいさんが怖かったので、ここに来たことはほとんどない。
頑丈そうな鉄扉にはナンバー式のロックがついていた。
暗証番号はもう暗記している。
ロックは大きな音を立てて解除された。
扉は予想以上に重かったが、軋むこともなくスムーズに開いた。
入ってすぐはマンションのエントランスのようになっている。
神経を集中して内部の気配を探ったが、入り口付近に魔物の気配はない。
だが……。
「隠れてないで出てきたらどうだ?」
振り返り、闇に向かって声をかけると、現れたのはシュナだった。
「どうしてついてきた?」
「なんかこそこそしていたから気になったのよ。アンタが悪党なら捕まえてやろうと思ったんだけど……」
シュナは周囲をきょろきょろと見回している。
「ここは迷宮ね」
「そのとおりだ。わかっているならすぐに出て行った方がいい。危険だぞ」
「そうかしら? この付近に魔物の気配はないみたいよ。あら、あの石板はなにかしら?」
「おい……」
シュナは俺を通り越して目の前にある台座をチェックした。
台座には石板が埋め込まれており、そこにはずらっと文字が並んでいる。
迷宮レベル:3
迷宮タイプ:荒野
挑戦者1
ジン・アイバ(27):素人カフェ店主(剣士)
レベル 99+?
HP 999+?
MP 999+?
力 999+?
すばやさ 999+?
体力 999+?
賢さ 32
料理レベル 3
攻撃力 999+?
守備力 999+?
魔法攻撃力 132
魔法守備力 162
挑戦者2
シュナ・パイエッタ(19):家出むすめ(見習い聖女)
レベル 99+?
HP 658
MP 999+?
力 246
すばやさ 782
体力 673
賢さ 178
料理レベル マイナス24
攻撃力 273
守備力 287
魔法攻撃力 999+?
魔法守備力 999+?
「あんた、何者だ? ふざけたステータスをしてやがるな」
魔法攻撃力と魔法守備力は俺よりも上じゃねえか。
こんな奴はトップレベルと言われたチーム・キングダムにもいなかったぞ。
「アンタこそ何者よ。アホみたいにカンストしているじゃない。まあ、賢さはたいしたことないみたいだけど」
「なんだと? てめえこそ料理レベルのマイナス24ってなんだよ。状態異常なしでマイナスなんて初めて見たぞ」
「うるさい、バカ! 勝手に他人のステータスをじろじろ見ないでよ。スケベ、エッチ、色魔!」
えらい言われようだな。
「俺はここの調査をするから、出て行ってくれ」
「ふん、お断りよ。ちょうど眠れなくて困っていたの。手伝ってあげるから感謝しなさい」
実に勝手な言い草だが、それでもいいような気がした。
たぶん、俺が本気を出してもこいつならビビッたりはしないだろう。
化け物同士、そこだけは安心してもいいと思う。
「いちおう、この迷宮のことは内緒なんだが……」
「安心して。私は口が堅いから」
「口が悪いからの間違いじゃないのか?」
「殴るわよ」
「殴り合いで勝てると思うなよ」
「極大魔法でぶっ飛ばす」
「だが避ける!」
「結界を張って逃がさない!」
「それでも避ける!」
「逃がさない!」
俺たちは罵り合いながら迷宮の奥地へと踏み込んだ。
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