第16話 砂漠の案内人
砂漠に入る人間は少ないが、それでもいろんな種類の人間が街道を通る。
交易商人、国の外交使節団、塩を取る職人などがその代表だろう。
ゴーダ砂漠には塩がとれる塩田もあるのだ。
きっと大昔の海水が結晶化しているのだと思う。
犯罪者も多い。
街にいられなくなったごろつきが逃げてくるからである。
運のいい犯罪者はレッドムーンまで逃げ延びるか、砂漠で盗賊となる。
運の悪い犯罪者は干上がって死ぬ。
今日はカフェ・ダガールに巡礼者の一団がやってきた。
ダガール村から二日くらいの場所にある太陽の神殿に行く人たちだ。
太陽の神殿は重要な聖地であり、国の内外からお参りをする人がひきを切らない。
巡礼者の総勢は二十人以上もいるのだが、たいへん静かである。
なぜなら沈黙の行をしているからだ。
この人たちは太陽の神殿に着くまで喋ってはいけない決まりになっている。
そういう苦行に意味はあるのだろうか?
俺なら絶対に耐えられそうもない。
シュナだって無理だろう、アイツは俺以上のお喋りだから。
そういう修業が無理だからこそ、ガーナ神殿を逃げ出してここに来たのかもしれない。
とにかく巡礼者は喋らない。
だから注文をするときも無言でメニューを指さす。
客は大勢いるのに店の中は静まり返っている状態だ。
ただ、ネクタルの水割りを飲んだ巡礼者が思わず「うまっ!」と声を漏らして
かわいそうに。
でもこれで、他のお客も興味を持ったようだ。
沈黙の行の最中でさえ思わず美味いと洩らしてしまうくらいだからね。
けっきょく、他の巡礼者もぜんいんがネクタルを注文していた。
喋るのはダメでも酒は禁止されていないんだぜ。
おおらかなのか狭量なのかよくわからないのが宗教ってもんだ。
そういえば、ネクタルも半分以下になってしまったなあ。
二リットルだけ別にして、砂深くに埋めておこうか?
祝い事があったときにでも飲むとしよう。
外をみると砂漠の案内人が大汗をかきながらラクダの世話をしていた。
案内人は身長三メートル超えの体躯をした女だ。
おそらく巨人族とのハーフだろう。
一般的な巨人族の身長は五~六メートルくらいだ。
彼女の身長を考慮すれば巨人族のハーフであるというのは容易に推察できる。
それに、純血の巨人族がこんな場所にいるはずがないのだ。
巨人族の住処は太陽の神殿を越えた先の谷にある。
巨人族には厳しい掟があり、純血種は谷から出てこないのが一般的だ。
それに比べてハーフは差別の対象であり、谷にいても居場所がないらしい。
だから仕事を求めて谷の外までやってくる。
戦闘力は高いから用心棒などの仕事に就くことが多い。
砂漠には盗賊も多いので、こうして案内人をする者もたくさんいる。
この人は働き者だな。
案内人はなにかと手抜きをしようとする者が多いのだが、彼女は炎天下でも甲斐甲斐しくラクダの世話をしている。
体は大きくてがっちりしているのだが、どこか愛嬌のある人だった。
俺は大ジョッキを片手に外へ出た。
「ねえさん、精が出るね」
彼女はちらりと俺を見て作業を続けた。
「太陽の神殿に着く前にくたばられても困るからね。ふぅ、でもこれでおしまいさ。ようやく私も休めるよ」
「ねえさんもなにか飲んでいくかい?」
「そうだねえ……」
巨人族のハーフはどういうわけか人間にとっても差別の対象だ。
中には入店を禁止する店さえある。
もちろん、カフェ・ダガールにそんな決まりはない。
ここは自由だ。
どんな人種が飲み食いしたってかまわない。
もっとも、どうしても気にくわないやつは俺が叩き出すけどな。
「私も水を一杯もらおうかな」
「あいよ」
俺は水魔法で大ジョッキに水を作る。
ついでに氷冷魔法で氷も作った。
太陽の下だと、水はすぐにぬるくなってしまうのだ。
「おまちどうさま。氷の分はサービスだ」
「ありがとう。え、かわいい……」
ジョッキに浮かぶ氷を三日月や星、ハートや丸の形にしておいた。
急に思いついてやってみたのだが、自分の才能が恐ろしくなるぜ。
やはり俺はカフェを愛し、カフェに愛された男なのかも知れない。
「お洒落だろう? 今後ともカフェ・ダガールをよろしくな! ねえさんが守る巡礼者たちにも、それとなくウチの宣伝をしておいてくれ」
「わかったよ。なるべくここに連れてくるね!」
ねえさんは美味そうにジョッキの水を飲み干した。
「いくらだい?」
「二〇〇ゲトだ」
俺の言葉にねえさんは戸惑っている。
「でも、アタシは五杯分以上飲んでないかい?」
「書いてあるだろう? 水は一杯二〇〇ゲトだ」
外に出てきたシュナも俺に言い添える。
「ジンに難しい計算は無理なの。黙って二〇〇ゲト払ってあげて」
異議はあるが黙っておこう。
「悪いね。私はトーラってんだ」
「俺はジン。こっちは居候のシュナ。これからもカフェ・ダガールをよろしくな」
「また来るよ!」
トーラは大きく手を振って、物言わぬ巡礼者を連れて砂漠へ旅立っていった。
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