第21話 ゾル状瘴気マイナス24


 カフェ・ダガールにまたもやドガがやってきた。

 今日も尊大な態度を崩さず、偉そうに店へ入ってくるではないか。

 だが、不遜なポニーテール野郎でも客は客だ。

 俺は愛想よく出迎えることにした。


「いらっしゃい。お前、暇なんだな。いい若いもんがこんなところで油を売っていていいのか?」

「さぼっているわけじゃない! 私は外国の貴族に招かれて料理を作りに行くところだ」

「商売繁盛で結構なことだ。で、なににするんだ?」


 ドガはちらちとメニューに目をやった。


 ドリンクメニュー


 水               ……200ゲト

 氷水              ……250ゲト

 コーヒー            ……300ゲト

 アイスコーヒー         ……400ゲト

 カフェオレ           ……400ゲト

 アイスカフェオレ        ……500ゲト

 ハチミツ水           ……500ゲト

 スライムタピオカミルクティー  ……700ゲト(おすすめ!)

 奇跡のホットチョコレート    ……600ゲト(おすすめ!)

 魔法のジャムティー       ……500ゲト(期間限定)


 フードメニュー


 ガーリックトースト       ……300ゲト

 チーズトースト         ……400ゲト

 アボカドトースト        ……700ゲト

 魔法のジャムトースト      ……700ゲト(期間限定)


 見てくれ、このラインナップを。

 水と氷水から始まって、ついにここまできたといった感じだ。

 我ながら誇らしい気持ちになるが、俺はこんなところで止まらない。

 更なる精進を続けて頑張る所存である。


「お前のところはメニューが少ないなあ」


 ゴーモンレストランのオーナーシェフに気分を害された!

 そりゃあ都会の一流レストランと比べれば見劣りはするかもしれない。

 だが、ここにはここのよさがあるのだ。


「バカにすんなよ、あれを見ろ!」


 俺は常連の爺さんたちを指さす。

 みんなはちょうどダーツで遊んでいるところだ。

 迷宮内で発見したのだが、爺さんたちのいいおもちゃになっているのだ。

 健康増進にもなっているようで、俺としても鼻が高い。


「今、ダガールのじいさんたちに大人気なんだぞ。これのためにカフェへくるじいさんもいるくらいだぜ」


 あの迷宮なら古いインベーダーゲームとかも出てきそうだ。

 そうなったらもちろん店に置くつもりだ。

 きっと人気が出ると思う。

 カフェというより、昭和のレトロな喫茶店みたいになってしまいそうだけど……。


「……まあいい。それよりこの魔法のジャムというのはなんなのだ? 前は見なかった気がするが」

「ベリーのジャムだが、はっきり言ってかなり美味いぞ」

「本当か?」

「ああ、試してみろ」

「いいだろう。では魔法のジャムティーとやらをもらおうか」


 相変わらず偉そうに注文する奴だ。

 だが余裕の態度をとっていられるのは今だけだぞ。

 こいつを一口飲めば、月までぶっ飛ぶこと請け合いだ。

 マナールとカナール、今日はどっちまで飛ぶつもりだい?


「お待たせいたしました」

「うむ……」


 ドガは優雅な手つきでカップを持ち上げ、紅茶の香りを嗅いでいる。

 そしてバラ色の口を近づけて魔法のジャムティーをすすった。


「っ!」


 魂の叫びが俺にまで届いたぜ。

 目を見開いているドガに勝利の笑顔を見せてやった。


「美味いだろ?」

「どうやって作った?」

「紅茶にジャムを入れただけさ」

「そんなことを聞いているんじゃない。このジャムをどうやって作ったかを聞いているのだ」


 ちょっとからかっただけなのにドガは鼻息を荒くしている。


「実を言うと、ジャムを作ったのはシュナなんだ。作り方ならシュナに聞いてくれ」


 カウンターの端に座っていたシュナがこちらを向く。


「普通のジャムづくりと変わらないんじゃないの? 材料はベリーと砂糖だけ。ただ神聖魔法で大地の女神クレアの加護を付与し続ける必要があるの」

「神聖魔法……クレア……」

「そうそう『豊穣の大地』と呼ばれる魔法ね。土地を祝福するときに使う魔法なんだけど、けっこう疲れるから大変よ。でも、それさえできれば簡単に作れるわ。レシピを教えましょうか?」

「うぐぐ……、私には作れそうもない。この店のレシピは非常識なものばかりだ……」


 非常識って、褒めているのか?


「自分で作るのは諦めるしかないようだ。ではジャムだけでも売ってくれないか? 資金は出すので新たに作ってほしい。できれば大量に」


「やめろ!」


 俺は慌ててドガを止めた。


「どうしてだ? なにをそんなに焦っている?」


 シュナにジャムを作らせる?

 気軽に言わないでほしい。

 これだから素人は困るのだ。


「これを見ろ!」


 俺はカウンターの下から分厚いガラス容器を取り出してドガに見せた。

 中にはコールタールのような物質が詰められており、ふつふつと泡を立てている。


「なんだ、この禍々しいものは⁉」

「絶対に触るなよ。俺はこいつをゾル状瘴気№マイナス24と呼んでいる」

「ゾル状瘴気だと! どうすればこんなものが……」

「原料はベリーと砂糖だよ。だが、シュナがジャムを作ろうとすると50%の確率でこいつが出来上がるんだ」

「うるさいわね……」


シュナは不貞腐れている。


「おい、奇跡のジャムには豊穣の大地が使われるのだろう? 慈悲深い女神として有名なクレアの加護のはずだ。それなのにどうやったらこんなものができるというのだ」

「そこがシュナの恐ろしいところさ。これは非常に危険な物質だ。なんでも食べるサンドワームが、これをティースプーンひと匙食べただけで消滅した」

「消滅? 死んだのではなく?」

「消滅だ。跡形もない」

「…………」


 ドガは言葉を失っている。

 シュナにジャムを作らせることがいかに危険か、ドガにもわかってもらえたようだ。


「こいつを処分するために、俺はこれから地下一〇〇メートルの穴を掘らなければならない。というわけでこのジャムは安易に作らせるわけにはいかないのだ」

「なるほど、俺が悪かった」


 プライドの高いドガが謝るとは、本気で反省しているようだな。

 ならばこれ以上は何も言うまい。


「もちろん、この奇跡のジャムティーは期間限定商品だ。よく味わって飲んどけよ」

「魔法のジャムトーストももらおう……」

「オーダー入ります!」


 その日の午後、ドガはジャムティーとジャムトーストを堪能し、俺は深い穴を掘った。

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