第22話 無影斬
俺は悩んでいた。
先日ドガにも指摘されたことだが、カフェ・ダガールには看板商品となるフードメニューがない。
これではカフェとは言えないのではなかろうか?
俺としてはランチメニューがあってこそのカフェ、美味しい食べ物があってこそのカフェなのだ!
カフェ・ダガールを理想の店にするためにもなんとか看板メニューを作り上げたい、それが俺の目標である。
他に相談相手がいなかった俺は、何かいいアイデアはないかと、ボックス席であぐらをかいて本を読んでいるシュナに聞いてみた。
「どうしたらいいと思う?」
「私に聞かないでよ」
予想通りの答えが返ってきたな。
うむ、わかっている。
この件については俺が全面的に悪かった。
「すまん、料理のことをシュナに相談するなんて、俺がどうかしていた」
「なんだかムカつくなあ」
「それくらい切羽詰まっているんだ。本当にどうするべきか……」
こんなときに限ってドガは現れない。
もっともあいつなら「フン」って感じに鼻で笑って終わらせそうな気もするが。
「迷宮にでも行ってみる? 高レベルに挑戦すれば、いいレシピや材料が出てくるかもしれないよ」
「それが手っ取り早いか」
今日もずっと客がない。
常連のじいさんたちが来るのはもっと後だ。
『準備中』の札を出し、俺とシュナは迷宮へ向かった。
迷宮レベル:48
迷宮タイプ:荒野
「タイプ荒野なら食材は多いな。大きなカゴも持ってきたし、いろいろとゲットするぞ」
張り切る俺の横でシュナは腕を組んで首を振る。
「甘いわね、ジン。こんなもんじゃ現状を打破できないわよ」
「なん……だと?」
「ジンが作りたいのは看板メニューよね? この程度のレベルでそれが可能かしら?」
「一理ある」
この迷宮は入り直すたびにレベルが倍になる。
今回もその特性を活かして高レベル迷宮に挑戦するとしよう。
そこで素晴らしい素材かレシピをゲットするのだ!
俺たちは迷宮に三回入りなおした。
迷宮レベル:384
迷宮タイプ:荒野
「すこし調子に乗りすぎたか?」
「平気よ、これくらい」
シュナと二人ならそうかもしれないが、いつもよりずっと緊張感のある雰囲気だ。
それはそうか、荒野にしゃがんでこちらを睨んでいるのは悪魔たちだ。
レベル50の迷宮ならボスをやっていそうな魔物がゴロゴロしていた。
「最初から全力で行く。範囲魔法を頼むぞ」
「大天使ネクソルの炎を使うわ。ジン、ヒュードルを出して」
シュナはヒュードルの刀身に浄化の魔法を付与してくれた。
「退魔庁に伝わる対悪魔用の特攻魔法よ」
「悪魔祓いをする退魔師が使う技だな」
「私の魔法はあいつらの二十倍は効くわ。大神官長は私を聖女にするか特務機関にやるかで相当悩んだみたいね」
「聖女が嫌なら特務に行けばよかったじゃねえか」
「嫌よ、そんな荒んだ生活」
「どっちにしろ、今だってこうして悪魔どもと戦っているじゃねえか」
シュナは肩をすくめた。
「神殿の大義のために戦うのは嫌なの。美味しいご飯のためなら仕方がないけど」
まあ、わからんでもない。
「そんじゃあ、おっぱじめますか」
「ええ」
青白い炎が悪魔たちに襲い掛かった。
悪魔たちは絶叫しながら消滅していく。
運よく炎を逃れた悪魔も、浄化を付与された魔剣ヒュードルの敵ではなかった。
「すごいな、一撃で悪魔の動きを封じやがる」
俺たちは荒野にたむろしていた悪魔たちを一掃した。
「さすがに少し疲れたわね」
強力な魔法を連続で発動させたためだろう、シュナの息が荒い。
「休んでいる暇はなさそうだぞ。ボスが来た」
地響きを立てながらやって来たのは大きな牛だった。
しかも牛の頭の横には羊と豚の頭もついている。
どの動物も凶暴そうな面構えで、かわいげの欠片もなかった。
「テトランドンよ。こいつも悪魔の一種だから気を付けて」
巨体に似合わずテトランドンの動きは素早かった。
俺の斬撃を躱しつつ、三つの頭が攻撃してくる。
しかも皮膚が厚く、そのうえ丈夫で、致命傷を負わせることができない。
さすがはレベル384の迷宮だ。
これほど手ごわい相手は俺のキャリアの中でも数えるほどしかいない。
「ジン、下がって!」
飛び下がると同時にネクソルの炎がテトランドンを襲った。
ところが牛の角が光り、魔法攻撃を遮断するシールドを展開しているではないか!
「マジックシールドが使えるの⁉」
魔物のことはよく知っているシュナだが、この情報は持ち合わせていなかったらしい。
こうなれば仕方がない、奥の手を出すしかないだろう。
「シュナ、一分だけ時間を稼いでくれ」
「一分だけよ!」
シュナは何も聞かずに前に出てくれた。
俺はヒュードルを鞘に納め、体内の気と魔力を練り上げていく。
この技は発動に時間がかかるのだ。
シュナは魔法に格闘を混ぜてテトランドンと対峙しているが、形勢はやや押され気味だ。
魔法が得意なシュナにとって、シールドが使えるこいつは天敵ともいえる存在なのだろう。
焦る気持ちを強引に封じて心を平静に保った。
「そろそろ一分よ!」
「待たせた。代わろう」
気と魔力は満ちている。
今なら必殺の無影斬を放つことが可能だ。
俺はテトランドンの前に自然体で立った。
気負うところはまるでない。
そして、そのままヒュードルの柄に手をかける。
次の瞬間、突っ込んできたテトランドンの首は三つとも地面に転がっていた。
ヒュードルの刀身は鞘の中だ。
「…………何をしたの?」
シュナは唖然としている。
「俺の無影斬は単純な技さ。ぶっちゃけ、剣を抜いて、首を切って、剣を鞘に納める、それだけのことだ」
「それを非常識なほど高速でやるわけね」
非常識とは失礼だな。
「だが発動までに時間がかかるのが難点だ。いきなり使うと体に負担がかかりすぎて戦闘継続が無理になるんだ。だから準備をしなくてはならない」
かみ砕いていえばストレッチみたいなもんだ。
「なんだ、そんなことか。だったらとっととやればよかったのに」
「話を聞いていなかったのか? 不用意に使うと体にダメージを喰らうんだよ」
「そんなの私が治療すればいいだけじゃない」
「あ……」
シュナはあきれたように肩をすくめてみせた。
なるほど、シュナがいればいきなりでも無影斬を使えるのか。
連発しても大丈夫な気さえするな。
「バカね。無駄な一分を過ごしたわ」
ぐうの音も出ない俺の目の前に祭壇と宝箱が出現した。
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