第27話 姉の次は宇宙人


 シエルナが逃げ帰って十日が経過した。

 あれから特に変わった出来事は起きていない。

 追手が現れることもなく、不審者がこの付近をうろつく様子もない。

 ただちょっとだけ風の強い日々が続いているだけだ。

 シュナは定位置であるボックス席に陣取り、今日も大股を広げて座りながら居眠りをしている。

 眉間に皺をよせ、口からは涎が一筋。

 これを見てシュナが聖女だと思う人間はいないだろう。

 ひときわ強い風が吹いてカフェの建具をガタガタと鳴らした。

 どうやら砂嵐が近づいているようだ。

 日暮れにはまだ時間があるが、今日はもう店じまいにしてしまおう。

 常連のじいさんどももこの風の中では外出しないはずである。


「シュナ、起きろ。店を閉めるから手伝ってくれ」

「んあ?」


 突如、ものすごい轟音と共に店の前の砂が大きく跳ね上がった。


「もう嵐がきたの⁉」

「ちがう、空から何かが落ちてきたんだ」


 俺たちは表に出た。


「なにあれ……?」

「信じられんが……UFOだ……」


 UFOとはun……flying……o……なんちゃらの略だ。

 許してくれ、前世の記憶は曖昧なのだ。

 日本語でいえば未確認飛行物体のことである。

 つまりは宇宙船のことだな。

 俺の目の前には少し砂に埋まった銀色の宇宙船があった。

 しばらく見守っていると宇宙船のハッチが開いた。

 でてきたのはコボルトだ。

 コボルトと言えば犬の頭を持つ獣人のことだが、このコボルトは銀色の宇宙服を着ていた。


「メタルコボルト?」

「そんな種類はいねえ、あいつはおそらく宇宙人だ」


 俺たちの姿を認めた宇宙人はタブレットのようなものを取り出していじりだした。


「何をしているのかな?」

「おそらくだが、翻訳アプリを起動しているんだ」

「アプリってなに?」

「えーと……便利なものだ」


 苦しい言い訳をつっこまれる前に宇宙人が話しかけてきた。


「お騒がせして申し訳ございません。私はシルカウント星からやってきました。ダルダルと申します」


 第一声は「我々は宇宙人だ」じゃないのか……。

 どういうわけかがっかりしている俺がいる。


「そのシルカウント星人のダルダルさんがどうしたんだい?」

「うっかり補給を忘れまして、航行中にエネルギーが尽きてしまったのです」


 つまりガス欠のようなものだな。


「そりゃあ大変だったな」

「しかし、この付近でエネルギー物質を検知しました。微量ですが、ないよりはマシですので不時着して回収しにきた次第でして……」

「宇宙船のエネルギーがゴーダ砂漠にねえ」

「はい。私も驚いています」


 未知の物質は身近なところにあるのかもしれない。


「で、そのエネルギー物質とやらはどの辺にあるんだい?」

「あの建物の裏あたりですね」

「あの建物ってカフェ・ダガールじゃねーか」

「あの裏手、地下100メートルのところに存在しています」


 俺とシュナは顔を見合わせる。


「それって、ゾル状瘴気№マイナス24のことじゃねえか!」


 シュナが作り出したベリージャムの失敗作である。

 まさかあれが宇宙船のエネルギーになるとは思いもよらなかった。


 さっそく掘り返したが、ありがたいことにガラス容器は割れていなかった。

 でもダルダルさんは浮かない顔をしている。


「補給所にたどり着くには少々足りないかもしれません」


 がっくりと肩を落としたダルダルさんは哀れだった。

 この星の代表としてダルダルさんを見殺しにするわけにもいくまい。


「心配すんな。足りなければ作りゃあいいんだから」

「作る? 合成装置がこの星にあるとは思えませんが?」

「なーに、ベリーと砂糖とシュナがいれば何とかなる! な、シュナ」

「しょうがないなあ……」


 材料と電鍋を用意して、シュナはさっそく作成に取り掛かった。

 俺はダルダルさんを奇跡のホットチョコレートで歓待する。


「私、この星の貨幣を持っておりませんが……」

「こいつは俺からサービスだ。遠慮なくやってくれ」

「ありがたく頂戴します。人の情けが身に沁みますねぇ……」


 銀色の宇宙人が涙ぐんでいる。

 姿かたちは違えど、人の情は共通なのかもしれない。


「ダルダルさんはなんでこんなところに?」

「私は運送業をやっていますので」

「ああ、配達の途中だったんだね」

「はい、ブラックフライングデーなんてなくなってしまえと思うんですがね……」


 なんだそりゃ?

 怪訝な顔をしていたのだろう、ダルダルさんが説明してくれる。


「年末在庫一掃セールみたいなもんですよ。この時期は死ぬほど忙しいのです、はい」

「なるほどね。どんな商売にもかき入れ時っていうのはあるもんなあ」


 カフェ・ダガールにはないけど、ほっといてほしい。

 そうこうしているうちに電鍋のタイマーが鳴った。


「できたわよ」

「おう、ごくろうさん」


 だが、鍋の中にあったのは美味しいそうなジャムだった。


「まともなジャムを作ってどーすんだよ!」

「しょうがないでしょっ! 作りたくてやってんじゃないんだから!」

「喧嘩はしないで。争いは何も生みだしません」


 突如やってきた宇宙人は平和主義者だった。


「材料はまだある。もう一度やってみよう。今度は失敗するなよ」

「自信がない……」

「シュナ、俺のために美味しいジャムを作ろうと考えろ」

「えっ?」

「私、最高に美味しいジャムを作ってトーストにぬって食べるの、と決意しろ。そうすれば必ずゾル状瘴気№マイナス24ができるはずだ」

「わかった、やってみる」


 この作戦は上手くいき、ダルダルさんは必要な量のエネルギーを手に入れることができた。


「ありがとうございました。本当に助かりました」

「いやいや、俺もアレを埋めとくのは心配だったんだ。おかげで砂漠の汚染を回避できたよ」

「汚染って言うな!」

「まあまあ、喧嘩はしないで。これはつまらないものですがどうぞ」


 ダルダルさんがラッピングされた箱を手渡してきた。


「気を使わなくてもいいのに」

「いえいえ、そういうわけにはいきません。でも、本当につまらないものですよ」


 シュナはその場で箱を開けた。


「……これはなに?」

「まさか、光線銃⁉」


 箱の中にあるのは前世の記憶にある光線銃にそっくりだ。


「そんな物騒なものじゃありませんよ。これはアドアドフレーバー・クンカクンカという調理器具、というかオモチャですな」


 この光線銃を対象に向けて撃つと、ぶどう、いちご、サクランボ、リンゴ、アーモンド、バナナ、メロン、レモンの八種類のフレーバーをつけることができるそうだ。


「人に向けて撃っても平気ですよ。パーティーなどでやると盛り上がります」


 さっそくシュナが俺に向けて撃ってきた。


「ほんとだ、ジンからブドウの匂いがする!」

「おい、紫色になっているぞ、俺」

「安心してください。この星が三〇度回転する間に消えますから」

「だったらいいか」


 俺もダイヤルを回してシュナを撃った。


「うお、リンゴのシュナだ!」

「あはは、おもしろーい!」


 珍しくシュナが大口を開けて笑っている。


「仲良きことは美しきかな」


 平和主義者のダルダルさんは満足そうにうなずきながら宇宙へ帰っていった。

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