若松青葉の話③
「今日はどうもありがとうございました」
店を出て、若松さんはぺこりと頭を下げた。やはり、礼儀正しい若者だと思う。
私も、若松さんの隣にいるものから目を逸らしながら、軽く会釈した。
「いえ、その……本来は、『呪われたいなんて思っちゃダメですよ』っていうべきなんでしょうが……覚えててくれてるといいですね。白月さんが。その、やっぱり覚えててくれてると、私は思いますし」
私の言葉に、若松さんは目を細める。
「ありがとうございます。ほんと、早く呪いに来てほしいです」
「ははは」
実質言っていることは同じなのだが、そう言い換えられてしまうと乾いた笑いしか出ない。
若松さんの隣では、白月さんの幽霊がニコニコしながら立っている。幽霊は時々半透明になったり血まみれになったりしながら、若松さんの頬をつついたり、耳をなぞったりしていた。
本当に見えていないのだろうか?私の目には、白月さんの幽霊の顔が、こんなにもはっきり見えているというのに。
「では、また機会がありましたら」
「はい。それじゃ」
とはいえ、それを指摘することはできなかった。先ほど店内で、白月さんの幽霊に『バラしたら殺す』と言われているのだ。私は、何も見えていない様に彼と別れて駐車場に向かった。
「ん?」
駐車券を取り出そうとポケットに手を入れて、あることに気がつく。仕事道具のメモ帳がない。
慌ててカバンの中や他のポケットを探したが、見当たらなかった。店に置いてきたのだ。
私は、なんだかなぁという気持ちで来た道を戻る。2階のファミレスに続く階段は、正直この年になるときついものがあり、また上るのか、という感じだ。
ただ、あのメモ帳には仕事に関する大事なメモや、若松さんから聞いた話も書いてあるから置いておくわけにはいかない。
だからスマホでメモすればいいのに、と鹿野くんには言われそうだが。
「静かだな」
階段を登りながら、私はポツリと呟いた。店を出たときはカップルや子供の声が店の外まで聞こえていたというのに、今は妙に静まり返っている。
それは、気づいてみれば異様だった。なんだか嫌な予感がして耳をそば立てると、ぽちゃり、と液体が落ちる音がした。
それは、一定の周期で繰り返し繰り返し滴っている様だった。それに、なんだか妙な匂いもする。
気持ち悪いな。早く、メモ帳を取って帰ろう。
私はそう思って店のドアを開け、次の瞬間一目散にその場を逃げ出した。
冗談じゃない。メモ帳なんてどうでもいい。
店内にいた人々は、各々にナイフやフォークで喉をつき、自殺していた。
店員も、客も、大人も子どもも、全員、1人残らず、ダラダラと血を流して、息絶えている。
振り向きもせず必死で走りながら、私は何か重いものが落下する様な音を聞いた。
ファミリーレストラン⚫︎⚫︎倶疋は、すぐに潰れたそうだ。
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