高橋の話『ついてくる幽霊』

元同級生で、委員長だった高橋が体験した話。


その頃の高橋は高3。もともと頭良くていい学校目指してて、だからその日は予備校の授業が終わった後もギリギリまで残って自習してたらしい。


「まぁ、家にいたくなかったのもあるよ。俺の親、妹の高校受験でずっとピリピリしてたから。あいつ馬鹿だしさ。すげぇぜ?なんかスイッチ入ったらヒスババアとミソ親父がグダグダ言い合って、4つ下のクソガキがギャン泣きしてんの。勉強できるかっつーの、死ねよってな」


高橋は、委員長って呼ばれてた頃と変わらない優等生って感じの眼鏡のつるをいじりながら、似合わない乱暴な口調で言った。


話聞くまで知らなかったけど、あいつの家庭環境もかなり荒れてたっぽい。


まぁ、だから毎日帰るのが遅かったって話だ。


1月のことって言ってたし、受験も佳境で、(っていうか推薦とかだともうやってんのかな?わからん)マジで家がうるさいのは同情する。


高橋は、なんだか妙に調子が悪かったんだそうだ。朝からずっととかじゃなくて、帰ろうと思って薄手の上着を羽織って、席を立ったそのあたりから少しづつ。


その日は友達の家にご飯を食べに行く予定だったんだけど風邪うつしても良くないしってやめにして、でも親には「ダチと飯食うからいらない」って嘘ラインしたらしい。


既読だけついて返信はなくて、代わりに妹から個別ラインで「おかあが皿投げてやばい。はよかえれし」って来た。


その頃高橋の母親は、まぁあいつがいうとおりヒスババアで、物とか投げるようになってたみたいだ。


「帰るわけないじゃんってな。だからコンビニ行って適当な漫画でも買おっかなって。したらさ、ミウ、いたんだよ。雑誌コーナーにボーッと立ってて」


ミウくんは、当たり前みたいな感じで、他の客と並んで立っていたらしい。興味なさげに本を見つめる目は、昔となにも変わらなかったという。


高橋の声は少し震えていた。同時に、なんか熱っぽい。聞いていると、何だか懐かしいような妙な気持ちになった。


泣いてる時のミウくんの声に、似てるんだ。


「髪すげー長いのとか、あの水色っぽいカーディガンとか、絶対あいつだなって。あと、首筋。あいつ、みんな触れなかったけど結構目立つやけどあったじゃん。それであーミウじゃんって」


でもさ


「ミウ、自殺してんじゃん」


そうだ。だから話を聞いてるんだし。

高橋は震える声で続けた。


「いや、自殺かは知らんよ?お前は仲良かったしもしかしたら自殺なんかしないっていうかもだけど、まぁ、死んでるじゃん2年の時。だから、めっちゃ似てるけど人違いかなって」


高橋は、なんとなく関わりたくなくて欲しくもないガムを買って店を出た。それから少し歩くと、もうひとつコンビニがある。そこで時間潰そう、って思ったんだって。


での、コンビニの自動ドアを抜けて、自転車のところにいったら、ドアの前の横断歩道みたいなところ(俺の高橋も名前知らない)を挟んで車の向こうに、ミオくんがいた。


相変わらず長くてボサボサな髪を揺らしながら、俯いて。


高橋は、コンビニの方を見返す。さっきいたはずのミウくん(のそっくりさん?)がいない。


ぞくり。


予備校出た時からの具合悪さが余計ひどくなる感じがした。


背中がゾワゾワして、重い気もする。高橋はミオくんから目を逸らして、自転車を漕ぎ出した。


ミウくんは変わらず俯いていて、でも睨まれてる気がしたんだって。


「睨まれる覚えとかないわっつの。いや、まぁ、あいつのクラスメイトなのになんもあいつのこと知らないから怨まれてたのかもだけど、でもお前といる時楽しそうだったし、傍目にはさ。んだよなんかあんのかよって」


ようやくミウくんからだいぶ離れたあたりで、高橋はギョッとして転びそうになった。


電柱の向こうに、ミウくんが立っているのだ。

また、俯いている。でも、変な感じがした。


なんだろう、何か変わってる、そう思いながら走り抜けると、今度は駄菓子屋の自販機の隣、学校の校門の内側。


どこに行っても、ミウくんが少し遠くに立って俯いていた。そして、ようやく二つ目のコンビニに着いた時、何が変わってるのかわかった。


ミウくんは、少しずつ高橋の方を向いていたんだ。体を反時計回りに少しずつ、少しずつ動かして。もう、ミウくんの長い髪が高橋に向かって垂れていた。ミウくんが顔を上げたら、目が合う。


高橋は、めちゃくちゃに叫んだ。

頭痛いし、もうなんかガンガン気持ち悪くて、自分が金属になって引っ掻かれてるみたいって、変な例えだけどとにかくそんな感じにつらくて


「なんで俺に付き纏うんだよしらねぇよもっと出る相手いるだろなんなんだよみたいな、なんで、なんでって、デケェ声で言って、ヒスババアに似てるなぁって頭の中の冷静な部分がせせら笑ってたよ」


叫んでいる間も、頭痛はさらに悪化していた。


高橋は帰りたくない家に急いで急いでとにかく急いで帰り、エレベーターに乗るとミウくんと2人きりになる気がして、階段を走り抜けてマンションの6階の自分の部屋に走った。


気持ちが悪かったらしい。とにかく。胃の奥から胃液が無限に湧き出して、口の中に逆流する感じがして、咳き込むとさっき食べたものの破片が顎から垂れる。


早く帰りたい。クソな家族でも、とにかく自分とミウくん以外の顔を見て安心したい。そんな感情が頭の中を支配していた。


友達の家に逃げるという発想はなかったのかと聞いたら、迷惑をかけたくなかったらしい。


鼻の奥から血の匂いがし始めて、頭の血管が切れたようなブチって音がして、でもひたすら、家族でいいから、誰か、ミウくんと2人きりじゃなくしてくれって思いながら走った。


まぁ、でもどこかで諦めてもいて。


だって、ミウくんは追いかけてきてるんじゃなくてずっと待ち伏せるみたいに少し先のところにいるんだもんな。


実際、諦めていた通り、家のドア前にミウくんは立っていた。


高橋の方を、真正面に向いて。


高橋が叫ぼうとすると、ミウくんは粘ついた液体から取り出すようにゆっくりと腕を上げて、


高橋の家を指さした。


ゆっくり顔が上がる。


その顔は、さっきちらりと見た時感じた以上に、本当に生きていた時そのものだった。


ぼさぼさの長い髪から覗く泣きそうなタレ目も、長いまつ毛も、細い眉も。


全部生きていた時と同じ。


その顔で、薄く笑っている。


「誰にする?」


ミウくんが言った。高橋は、頭がぼうっとして、鼻血が出そうなのを感じながら、急に楽しいような気持ちになって


「全員」


と返事をした。


ミウくんは笑うと、そのまま、マンションの廊下から、くずおれるように飛び降りて


だん!と音がしたけど、覗き込んでも死体はなかった。


高橋がマンションの下を見下ろすのをやめて、家のドアを開けると、


飛び降りたミウくんの代わりみたいに家族が全員死んでいたそうだ。


この辺の事情、俺は家族が全員死んだって話しか知らなかったので、こんなにがっつりミウくん絡みだってわかってかなり驚いた。


今、高橋は従兄弟の家に住んでいる。

時々、ミウくんが見ている気がするけど、気づかないふりをしている。


追記:先週、友達に病院に行くってラインして近所の歩道橋から飛び降りたらしい。


追記:従兄弟と、その家族も、先週死んだそうだ。


メモ

ラインを貰った友達はりくとのことだったっぽい

りくとに話を聞く

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