ゆうかの話『溢れ出す幽霊』

クラスメートのゆうかから突然連絡が来た。


関わったことなんて、文化祭の時くらいじゃなかったか?と不思議だったけど、ミウくんに関する話だったので、メールの内容を記録しておく。




(1)

若松くん、久しぶり。連絡取れますか?

白月くんのこと調べてるって聞いて。





(2)

若松くん、久しぶり。ゆうかです。


若松くんが、白月くんについて調べているって聞いて、メールしました。アドレス、高校の頃から変わっていなくてよかった。


白月くんが亡くなったとき、若松くんが一番悲しんでいたのはよく知っています。あの頃は、私は何もできなかったし、君に何をいうこともできませんでした。でも、本当は私も、すごく悲しかったんです。


白月くん、クラスの中では少し浮いていて、無口な人だったけど、優しかったよね。こんなふうにいうと、わかったふうなことを言うなって言われそうだけど。


前にね、一度ノートを拾ってもらったことがあるの。


私、ドジでおっちょこちょいだから、移動教室を忘れてて、廊下を走ってたらばら撒いちゃって。


その時、白月くんが拾ってくれたんだ。


若松くんは、あの日休みだったんだっけ?いつも一緒にいたもんね。


なんだか、若松くんが知らないあの人を知っていると思うと、少し優越感。


私ね、白月くんのこと好きだったんだ。


だから、白月くんが悪霊みたいに言われているのは、すごく嫌。何か、理由があるんだと思う。

何かを、伝えようとしているのかも。

無口で、あんまり感情を出さない人だったけど、でも、自殺するような人じゃなかったから。


あの日、2年生に夏休みが始まる日、終業式の日にさ、白月くんが集まってなくて、でもなんだか、私は納得したような気持ちだった。不良ってわけじゃなかったけどふらっといなくなっちゃうような、猫みたいなところがあったもんね。


誰にも懐かない、気位の高い猫みたいな人だった。


あの人の伝えようとしていることを、知りたい。

若松くんが調べてわかったことを、私にも教えてください。私も、いくつか調べてわかったことがあります。


元2-Aの女子が、6人で一緒に、高校の教室で首を吊った事件、知ってる?あの中の1人に、私の友達のふゆむちゃんがいたの。若松くん覚えてるかな?ふゆむちゃんのこと。君も、交流が広いようで大概、白月くんとしか深くは関わってなかったもんね。


なんて、またわかったふうな口を聞いちゃったな。


本題に入るけれど、ふゆむちゃんね、死ぬ前に白月くんを見てたんだって。私、あの子とは卒業してからもたまに一緒に遊んでたから。


数合わせでいいからって合コンに誘われたり。私別に、そんなに可愛くないのにね(笑)


まぁ、地味な子を連れていけば、自分が可愛く見えるって思ってたのかもね。実際ふゆむちゃん、ぷくぷくして可愛くて、愛されキャラだったからさ。


あの子が自殺なんて、ほんと信じられない。白月くんは繊細で傷つきやすいけど、真の通った強さがある、そういう自殺なんてしない感だったけど、ふゆむちゃんはほら、


なんていうか、あんまり考えてないのかなって。悩み事とか、お酒で忘れちゃいそうだし。


まぁでも、あの日、私に突然相談してきた時のふゆむちゃんは、ちょっと憔悴してたかも。目の下にクマなんか作って、もちもちしたお肌が、ちょっと荒れててね


経緯を説明するとさ、と言っても経緯らしい経緯もないんだけど、いきなり夜中にあの子が家に来たの。一回呼んだだけなのに、よく覚えてるほんと


それで、玄関越しにちょっと相談乗って欲しいって。


別に私たち、そりゃ知らない仲でもないけど、ふゆむちゃんは私より仲良さそうな子なんてたくさんいたし、なんで私なんだろうなって思ったんだけど


でも、話せなかったのかな?「対等」な子たちには


ふゆむちゃん、びっくりする私に構う余裕もなかったみたいで、まぁあったところであの子はって感じだけど、部屋に入ってきてさ


「水とかある?」って


びっくりだよね(笑)


オレンジジュースならって言ったら、水じゃなきゃ、綺麗にしなきゃって


ほんと、意味わかんなくて


混乱してる間にお気に入りのカップで勝手に水飲んじゃったんだけど。昔お母さんが買ってくれたやつね


それで、口の中で水をグチュグチュしたと思ったら、洗い物の上に吐き出したんだよ。焦るよね?流石にちょっとデリカシーとかさ。


しかも、その口の中からさ


なんかどろっとした血みたいなものが出てて、錆みたいな土みたいな匂いをさせてた。


びっくりしたし怖かったけど、友達が困ってるんだし我慢しなきゃって必死で見ないふりしてさぁ……


もー、なになに?ほんとどうしたの?って聞いたよ


ちょっとおちゃらけて。あんまり真面目な態度だとなんていうか、余計に落ち込ませちゃいそうな雰囲気あったから


そしたらあの子、鼻で笑うみたいにしたあとね、


「白月って覚えてる?」


って聞いてきたんだ。覚えてるも何も、忘れたことなんてないよって、そう言いたかったんだけど


とりあえず覚えてるよって答えた。


「アイツ、マジでイカれてる」


合コンの時の作った声とは全然違う低い声で、そんなことを言ってきてね


「なに?白月くんは随分前に亡くなったでしょ」

「バカ。それは知ってんだよ。なのにアイツなんなんだよ。キモい」


ひどいよね。好きな人のことそんなふうに言われて、私すごく嫌だった。


「説明してよ。お願い。何か困ってるのはわかるけど」

「する。するよ」


ふゆむちゃんはあたりをキョロキョロ見たり、口の中に何度もぷっくりした指を入れたりして答えたの。


「先週、ゆうちゃん(私のこと)と麻美と男の子とでご飯行ったじゃん、そん時、私が体調崩したの覚えてない?」


思い出せなくて曖昧な返事をしたら、まくし立ててきた。


「あん時だよあん時、私はちょっと目元に手をやったじゃん。そのあとトイレにも行ったし。マジであんた鈍いね」


そういえばそんなこともあったなって、ぼんやり思い出した。ほんと私って鈍いね。でも、ふゆむちゃんも鈍いところあると思うけどな……ってこれは、亡くなった人の悪口でよくないけど


「あたしがケイくんってT大の男の子といい感じで話してた時さ、口の中で急に変な味がしたの。なんか、さっき食べたものかなって思って、お酒で流し込んだんだけど、そしたら、それに逆らうみたいにぐぅううって喉がしまってさ」


そんなのお酒飲んでたら普通じゃないのかな、って言いそうになって我慢したな…はは


「喉の奥から、なんか迫り上がってきたんだよ。すごい酸っぱくて、どろっとしたやつ。胃液じゃないんだよ。胃液より粘っこいもの。それであたし、トイレに行ったんだよ。あんたそん時ヘラヘラしながらだいじょうぶー?とか言ってたじゃん」


いつになくふゆむちゃんは乱暴な口調だった。いや、不機嫌になるとそんなものだったけど元々。


「それでトイレで吐いた」

「うん。それで」

「それでじゃないよ友達甲斐ゼロだねゆうちゃん」

「ごめんって」

「口ん中からさ」


口の中から、砂利の混じった血の塊が出てきたんだって。


「砂利?」

「そー!校庭とかに敷き詰めてあるじゃん。あれだよあれ!」

「え、なんでどゆこと?」


信じられない、みたいな顔していったけど、まぁ正直信じるしかないよね。実際血の塊をふゆむちゃんが吐いたところ見てるんだし。


でも、ほらコミュニケーションとしてさ、驚き役的な?そういうの女子は大事なんだよ。いや、女子っていうか私とふゆむちゃんの間だと特にっていうか 


ふゆむちゃんは不機嫌そうに答えた。


「あたしが知りたい。いや、白月だよ白月。勝手に死んだくせに」


いやいやってなるよね?若松くんだって同じ立場なら


「それ白月くん全然関係ないじゃん」

「最後までききゃわかるって。なんでここで判断しちゃうわけ?ほんと浅いよね。昔っからゆうちゃんって思い込みが激しいっていうか(こんな感じ罵倒が続いて、追い詰められてるんだなーって汗)


「ほんとごめんね。最後まで教えて?」

「それで、そんときは意味わかんなかったから口の中すすいで戻ったんだよ。帰るのももったいなからさ、T大だよT大?オタク多いって聞いてたけどかっこよかったしさ」


男ほんと好きだなこの人って、悪い意味じゃなくてね?


それで、その後もずっと、口の中で砂利がまだ残っているような感じがして、落ち着かなかったんだって。普段落ち着いてるみたいな言い方。


「それで?」

「ん。その日は帰ったんだよ。家で何回も何回も口の中すすいで、ようやく落ち着いた、ってところでさ、なんか足腰にうまく力入らなくなっちゃって、とりあえず服着たまま寝た。風呂は明日入ればいいって。それで、だんだんうつらうつらしてきて、なんか夢を見始めたあたりでね」


ふっと目の前に、砂利の敷き詰められた地面が見えるような気がしたかと思うと、鼻先が硬いもので叩かれたみたいに鈍く痛んだんだって。


「それから急に口の中に何かが詰まってる感じがして、げーげーえづいて目が覚めた。いつのまにか朝の4時だったよ。それで、また口ん中に砂利と血が入ってた。それで思い出したっていうか直観したんだよ。白月だって」

「それだけで?」

「それだけじゃない!!」


すごい声で怒鳴られて、ふゆむちゃんの方が怖いよーって思ったけど、その時。


「絶対あいつだった。あいつ、せっかく夏休みって時に死にやがって、覚えてんだよあいつが落ちてきた時の風の抵抗受けてる感じとか、赤くなった校庭とか、うえぷ……」


口元を押さえて、ふゆむちゃんは前屈みになった。ちょっと体格的に違くない?って感じのふわっとした服の上に、


血と砂利が溢れて


たしかに、これ、校庭の砂利だなって思ったよ。


「私が夢で見たのは、白月の視界だったんだと思う」

「それっていくらなんでも」

「うるっさいなぁ絶対白月だって!!」

「わかった。それで、なんで白月くんが」

「それも知らない。あーでもあいつ陰キャだったし、あたしのこと好きだったのかもね」


吹き出さなかったの、偉くない?まぁいいんだけどさ何を思っても個人の自由だし。


ふゆむちゃんは口をザリザリ拭きながら続けたよ。立ち上がって口をすすごうとするそっぶりはあったけど、話したいのが勝ったんだろうね。


「それから、口をいくらすすいでも、何を飲んでも、なんだか急に気持ち悪くなって、吐き出してみると口の中に砂利と血が混じってるんだよ。それだけでもう、すごく体力消耗しちゃってさ、それで、その日の大学は休むことにしたんだけど」


家にいても、相変わらず砂利は口の中に残り続けたらしい。吐き出せば吐き出すほど、次から次へと口いっぱいに砂利の混じった血が溢れて、全部吐き出したと思ってもまたせりあがってきて、


口の中を綺麗にしようとして、指にティッシュを巻いて必死で擦ったりしたんだけど、それで口から手を出したら、指の隙間からも血と砂利が溢れてきて、


なんなんだよってあの子の大きな体で癇癪起こしてるところ見ると迫力あるけどさ、それで、1日中口の中身と格闘した末に、気絶するように眠った。


そしたら、また同じ夢を見るんだよ。


目の前に、地面が見える。

でも違うのはね?目の前に見えただけの前回と違って、近づいていく映像が見えたんだって。静止画と動画っていうのかな?そんな感じでさ。


それでまた、鼻先を殴られた感覚で目を覚ますと、何故かふゆむちゃんはベランダで丸まっていた。


フローリングには砂利と血が擦れた跡が大量にあって、嫌になって、それから、


ベランダの向こうで、白月くんが笑って見下ろしてたんだってさ。


「いや、最初からそれ言えばよかったじゃん」


って正直思ったんだけど、まぁふゆむちゃんからしたらちゃんと順を追って喋りたかったんだろうね。


しばらくなだめて、1時間くらいで「明日お祓いに行く」って帰っていったよ。


それが、集団自殺の前日なんだけどさ。


マグカップは、気持ち悪いから捨てちゃった(笑)


長くなってしまったので、またメールを送ります。





(4)

ごめん、大事なこと忘れてた。ふゆむちゃんたちが6人で集団自殺した時に、遺書みたいなのを書いていたみたい。写真が友達関係のラインで流れてきたんだー。そういうのどうやって撮影して、どんな気持ちでみんなに広めるんだろう?(笑)


とにかく、それをまず送ります。


何言ってんだろうね?これ


(写真が添付される)


わたしたちは、けがれています、“ケ”が枯れています。そのせいで喉から溢れてくるので、ケガレは枯れているというのに液状なのだと思うのですが、無関心だったせいなのか、逆恨みなのか、何でこんな目に遭わなくちゃいけないんだと思った時に教えてもらったのが、外にイノチのエネルギーが出ないように縛るということでした。

私たちは本当に仲が良くて、だから私たちなら怖くはないと思います。だから、ごめんね。皆さん、ごめんなさい。もう怖くて口を開けていられない。だから、口を縛ってしまいます。

輪になって、踊るように、終われたらいいのですが、でも、見えているんですあの視点が。

私たち全員じゃないけれど、あの空気抵抗を受けた白いシャツが一瞬でくしゃりとひしゃげる様すが、鼻の先にチラチラと、さようなら、首を絞めます。です。

最後に、なんでですか?

なんでなんですか?

恨んでるんですか?

憎んでるんですか?

どうすればいいんですか?

なんで、なんで何も言わないんだテメェは

言わねーくせにぐじぐじ人のこと嫌ってんじゃねぇよ、なんなんだよ

代表して書かせて、いただきました。あと、最後に

ゆうか、お前も後を追うよな?なんで誘われなかったのか考えろ


(こんな文章が汚い文字で、原稿用紙にマス目を無視して書きつけられていた)


(3)

このメールを書きながら、どこかから視線を感じています。白月くんかな?

______________________________________________


メモ:ミウくんは、ずっと死にたがってたよ。そんなことも知らないんだ。

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