第35話 タネ明かし

 

「あら、ユリウス兄様。意外に早かったですわね?」


 控室へ戻ると、リィナの隣にいるはずのヒルデガルドがソファに座ってくつろいでいた。リィナがぎょっとして隣に目をやると、隣にいたはずの彼女は、瞬く間にシャルマへと姿を変えた。


「ずっと騙していてすみません、リィナさん」

「は?」


 申し訳なさそうにそう言ったシャルマに対して、リィナはそれしか言葉を返せなかった。


「えっ⁉ ええっ⁉ ど、どういうこと⁉ えええ⁉」

「あはははははっ! そこまで驚く姿を見るといっそう爽快だな」


 ユリウスはそう手を叩きながら笑い、控えていたガジェットがため息を漏らした。


「リィナ。シャルマの祝福ですよ」

「しゅ、祝福?」


 姿を変えることが彼の祝福なのだろうか。リィナが彼を見上げるとシャルマが苦笑する。


「はい。驚かせてすみません」

「い、いつから入れ替わっていたんですか?」

「ヒルデガルド殿下と入れ替わったのは、つい先ほどですよ。正確には侍女を連れてお手洗いに行ったあとです」

「聞いてくださいませ! ユリウス兄様達ってばひどいのですよ! アイリーンがリリーナ様とお友達になっていいって言うから、控室へついて行ったのに! シャルマと入れ替われって、無理やりわたくしを閉じ込めたのです! 立派な軟禁ですわ!」


 どうやら、ドレスの染みを抜いていた時にアイリーンと控室に来ていたのは、本物だったようだ。


「まったく、わたくしだって戦う手段があるというのに、みんな過保護でしてよ!」

「ヒルデガルド、君は王族なんだからそもそも戦っちゃだめだ」


 ユリウスがそう言えば、彼女は仰々しく驚いて見せる。


「まあ、ユリウス兄様! なんのためにアイリーンに護身術を教えてもらっていると思っていて⁉」

「…………ヒルデガルド?」


 ユリウスの笑みがぐっと深くなる。


「そもそもアイリーンから護身術を習うこと自体が間違っているんだ。私が言っている意味は分かるね?」


 言葉では諭しているように聞こえるが、彼の笑みには「はい」以外の返事をさせない圧があった。

 ヒルデガルドは一瞬怯んだ様子を見せたが、傍にいたアイリーンの背後へ隠れた。


「わ、わたくしはお母様のような淑女になるからいいのです!」

「そのセリフは、アイリーンの後ろに隠れなくなってから言うんだね」

「ふーんですわ! ユリウス兄様のいじわる!」


 ヒルデガルドが再びお茶に手を伸ばしているのを見て、ユリウスは呆れながら、ソファに腰を下ろした。


「えーっといつから計画されていたことだったんですか?」

「ヒルデガルドが襲われた時からだよ。ただ、当初の予定ではヒルデガルドのお守をリィナに頼むつもりだったんだ」

「え、そうだったんですか⁉」

「そ、護衛に向いてなくて、ちょっと抜けてる感じのお目付け役がいれば敵も襲撃しやすいだろ?」


 ユリウスの言葉に、リィナはがくっと肩を落とす。


「つ、つまり敵に殿下と入れ替わったシャルマさんと私を襲わせて捕まえようとしたわけですね?」

「そう。もちろん、陛下やベアトリス様の理解もあってね。セイレン侯爵子息の力も借りたのはちょっと痛かったけどね」

「チャーリーですか?」


 そういえば、チャーリーは自分と顔を合わせた時、気づかないふりをしてくれていた。一体どんな手伝いをしていたのだろう。


「彼は地獄耳だからね。ヒルデガルドに近づく足音の数と人数が合っているか、確認してもらったのさ。案の定、姿を見えない刺客が紛れてたってわけだ。まあ、アイリーンにかかれば、姿が見えなかろうと問題ないわけだけど」

「アイリーン様はどんな祝福をお持ちだったんですか?」


 姿が見えない敵を彼女は一撃で仕留めた。チャーリーと同じように音に関する能力だったのだろうか?


「わたくしの祝福は、空間を把握する能力に長けていますの。一度見渡すだけで、目を瞑って歩いても、どこに何があるのか分かります」


 アイリーンの祝福の能力を聞いて、リィナはきょとんとする。


「え、姿が見えなくても分かるんです?」

「まあ、そこは経験といいますか。勘に頼る部分もありますわ」


 ころころを笑いながら答え、アイリーンはヒルデガルドに向き直る。


「殿下、お預かりしていましたこちらをお返しいたしますわ」


 そう言ってヒルデガルドに渡したのは、男に吹きかけていた香水瓶だった。


「役に立った?」

「ええ、とても」


 ヒルデガルドとアイリーンの会話を見て、リィナはシャルマに訊ねた。


「あれはなんなんですか?」

「ああ……あれですね。ユリウス殿下、リィナさんにも説明した方がよろしいかと思うのですが?」

「ああ、そうだね」


 ユリウスは合点がいったように頷く。


「この香水瓶に入っているものは、一時的に祝福の能力を無力化できるんだ。前に、君の祝福が機能しなくなった時があっただろう? ヒルデガルドは刺客を撃退した時に、相手にこれをかけようとしたみたいでね。あいにく、手が滑ってしまって自分の頭にかぶってしまったらしい」

「つまり、それが降りかかった髪を私が口にしたから、間接的に無力化してしまったってことですか?」

「ご明察通りさ。ちなみにこの部屋や離宮には聞き耳を立てられないようにこれの中身を使った仕掛けが施している。それと、中身どころか香水の存在すらも国家機密レベルだから絶対に口外しないように」


 それは相当やばいものなのでは。もちろん、そんな存在が外に流出してしまえば、大変なことになることぐらいリィナには分かっている。リィナは大きく頷いた。


「肝に銘じておきます」

「刺客の処理はあとで私達に任せておいてくれ。シャルマ、リィナをレイモンド公爵の所へ連れて行ってくれないかな? 頑張ったご褒美にご飯を食べさせてあげてくれ」

「御意」


 シャルマが頷くと一瞬でユリウスの姿に変わる。目の前で変身され驚いていると、ユリウスに扮したシャルマが腕を差し出す。


「リリーナ嬢、行こうか?」

「は、はい……」


 おずおずとシャルマの腕を取り、部屋を出る。そして、リィナは恐る恐る訊ねた。


「あ、あの……」

「どうかしたかい?」


 顔だけでなく、声も仕草も本物のユリウスと変わりない。まるで本人のようだ。


「えーっと、その、いつから……」


 ユリウスと変わっていたのか──そう聞こうとした時、彼はヴェール越しからリィナの唇を指で触れる。


「それは秘密です……」


 短くそう答えた声はシャルマのもので、彼は小さく笑って見せた。


「っ⁉ ……っ⁉」


 顔がユリウスなのに浮かべた笑みはシャルマのもので、そして彼に唇を触れられ、リィナは咄嗟に声が出なかった。その様子にシャルマは嬉しそうに笑った。

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