第11話 恋する乙女、襲来

 

「あー、バルロード候爵令嬢。久しぶり……」

「ごきげんよう、ユリウス殿下。お会いできて嬉しいですわ」


 気だるげな態度で迎えたユリウスに対して、彼女は満面の笑みで挨拶を返す。


(あれが、バルロード候爵令嬢)


 飴色の髪に、赤みの強い茶色の目には色香が漂う涙ほくろがあった。豪奢な赤いドレスは黒いレースで飾り付けられ、薔薇の刺繍が施されている。

 アイリーンからドレスは女の戦装束だと教わっていたが、彼女の衣装を見ると納得してしまう。


(すごい気合の入れようね。それなのに殿下は……いつもよりひどいわ)


 ユリウスは髪をいつもよりぐちゃぐちゃにして、前髪で片目が隠れるようにしている。さらに服は着崩すだけでなく、大きめのサイズを身に纏い、猫背にすることでより野暮ったさが倍増した。どう見てもお客様を迎える格好ではない。


 しかし、これはまだマシな方だった。


 当初、身支度を整えていたアイリーンは「百年の恋も冷めるようなものにしたい」と尾を広げた孔雀のような極彩色の羽がついたベルトと袖を引き千切ったようなノースリーブシャツを持ってきた。ユリウスは面白いので採用しようとしたが、ガジェットとシャルマに全力で止められた。


(それにしても歓迎していない客の前とはいえ、警護はしっかりつけるのね)


 周囲には近衛騎士達が控えている。みんな初めて見る顔ばかりだ。

 ユリウスの護衛は入れ替わりが激しい。それはまだ二週間ほどしかいないリィナにも分かるほどだ。

 アイリーンが言うには、過去に専属の護衛に裏切られたことがあり、ユリウスの希望で最低限の人数にしているのだとか。必要な時はその都度陛下が任命した者だけにしているようだ。


(ガジェット様、アイリーン様、それにシャルマさんも殿下の護衛を兼ねているって聞いてたけど……シャルマさんはどこにいるのかしら?)


 事前に見えないところに控えていると聞いているが、彼の姿が見えないと少し寂しい。

 シャルマと別れる時『見えない所で精一杯応援していますからね!』と肩を叩かれたのを思い出し、リィナは静かに拳を握る。


(たくさん励ましてもらったんだもの……頑張らないと!)


 ユリウスがバルロード候爵令嬢をエスコートし、お茶の席へと案内する。

 そこは離宮ではなく、色とりどりの花々が咲き乱れる本殿の庭園。真っ白なテーブルと椅子が並べられ、リィナは他の侍女達と共にお茶の準備に取り掛かる。


「殿下に会えるのを待ちわびていましたの。もっと早くお会いできたらよかったのに」

「すまないね。なかなか空きがとれないんだ。今日は久々に君と会う以外の予定を入れてない」

「まあ、嬉しいですわ!」


 頬を絡める彼女はまさに恋する乙女の顔。愛らしく頬に手を当てている仕草はとても優雅だ。

 お茶の準備が整うと、バルロード候爵令嬢が自分の侍女を呼ぶ。その侍女の手には小さな包みが握られていた。


「わたくし、今度はクッキーを焼きましたの。一緒に食べませんか?」

(来たぁ~~~~~~~~~~~~~~~~っ!)


 内心で叫び声を上げるリィナとは違い、アイリーンの動きは素早かった。

 さっと侍女から包みを受け取ると、アイリーンは包みを持ってリィナと後ろへ下がる。アイリーンが一番上からクッキーを一枚とって、リィナに手渡した。


『さあ、リィナ。お覚悟はよろしくて……?』


 そう目で言われたような気がした。

 まずは教わった通りにクッキーの表面をよく観察し、二つに割って目に見える異物や変色がないか確認する。


(目視クリア。香り、問題なし。見た目は本当にプレーンの手作りクッキーね)


 一見、問題はなさそうだが、次は目に見えない変なものが入っていないかだ。

 意を決して二つに割ったうちの一つを口に放り込んだ。

 咀嚼する間もなく、脳内の卓上ベルが鳴る。


 ちーんっ!

 分析結果『びみょう』


 そして味わうようにゆっくりと咀嚼していくと、再び卓上ベルが鳴らされ、材料の名前が並ぶ。


「どう……?」

「ふ、普通のクッキーです。変なものは入っていません」


 アイリーンとともにリィナは安堵を漏らし、クッキーを皿に盛りつける。

 この皿をアイリーンが届ければクッキーに問題ないという合図になっている。アイリーンが皿を運ぶとユリウスの表情が少しだけ和らいだように見えた。


「さあ、殿下。お召し上がりください」


 アイリーンがクッキーを持ってやってくるのを見て、バルロード候爵令嬢が上機嫌に言った時だった。


「あれ~~~~~~? ガレオンの妹じゃん」


 聞き覚えのない声がし、皆がその声の方を向く。それは優男の風体をした青年。白金の髪を背中まで伸ばし、瞳は雨が上がった空のような綺麗な色をしている。足も長くすらっとしており、多くの女性が好みそうな甘いマスクが印象的だった。バルロード候爵令嬢が慌てて立ち上がろうとしたところで彼が制止する。


「あ、そのままでいいよー。お客様なんだしさ」


 彼が軽くそう言うと、ユリウスが座ったまま顔をしかめた。


「フィリップ兄上……」

「やっほー、ユリウスが珍しくこっちでお茶会するっていうからきちゃった~。ガレオンの妹もお邪魔してごめんね~」


 ひらひらと手を振りながらこちらにやってくるのを見て、アイリーンと共に軽く頭を下げてその場に待機する。


「ユリウス殿下の二番目のお兄様、フィリップ殿下です。ガレオン様はバルロード候爵令嬢のお兄様ですわ」


 アイリーンがリィナにだけ聞こえる声で説明した。


(フィリップって確か……女好きの第二王子よね?)


 ユリウスの一つ上で第二妃の子だ。甘いマスクと紡がれる甘い言葉で数々の女性を虜にする色男。その彼の祝福は魅了体質だ。特に女性に強く効果があり、女性関係は派手であると聞いたことがあった。


(でも、頭は悪くないし、女性関係が派手なだけで人柄も悪くないってことだから祝福がなくても普通にモテそうね)


 ユリウス達に向かっていくフィリップがふと、リィナ達の前で足を止めた。


「やあ、アイリーンも元気そうだね」


 友人のような気安さでフィリップはアイリーンに話かける。


「ご無沙汰しております。フィリップ殿下もご健勝のことと……」

「あー、硬い硬い。いいよ、そんなの。それとこれは?」


 持っていた手作りクッキーがフィリップの目に留まり、アイリーンは表情を崩さずに答える。


「これはバルロード候爵令嬢がお持ちくださったもので……」

「へー。いっこ、もーらい!」

「っ⁉」


 フィリップがひょいっと一枚クッキーを口に放り込んだのを見て、バルロード候爵令嬢が腰を浮かしかけた。


 アイリーンすらも驚いた表情を浮かべていると、フィリップはきょとんとする。


「あれ? もしかして、毒見済んでなかった? まあ、オレは耐性あるから…………ん?」


 口をもごもご動かしていた彼は、一瞬顔をしかめて口元にハンカチをあてがう。


「うわぁ~……髪の毛混じってるじゃん! ぺっ、ぺっ! しかも、髪なっが! たいして美味しくもないし~…………って、どったの、みんなして? それにガレオンの妹は顔が赤いよ?」


 バルロード候爵令嬢は目に涙を薄っすらと浮かべながら、勢いよく立ち上がった。


「ご、御前を失礼させていただきますわっ!」

「お、お嬢様⁉」


 逃げるように庭園を飛び出していく主人に侍女達が一礼してから去っていく。


「急に帰るなんて、相変わらずガレオンの妹は変わった子だなー。ユリウス、この後暇ならチェスしよー」


 マイペースな第二王子はそう言い、にっこりと笑うのだった。


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