第10話 気分は処刑前夜と決闘前夜
運命のお茶会の日。リィナは両手を合わせて女神様に祈りをささげていた。
(お願いします女神様! どうか! どうかバルロード候爵令嬢が手作りお菓子を持ってきませんように!)
「リィナさん……大丈夫ですか」
昼食を持ってきたシャルマが心配そうに見つめる。
「初めて侍女として人前に立つので緊張しますよね。大丈夫です。相手は上流貴族ですが、バルロード候爵令嬢は殿下しか見てないので少しくらい失敗しても気づきません」
そう言って彼はリィナを励ましてくれるが、問題はそこではない。
「ただその……毒見は……代わってあげられなくてすみません……」
いつもは庇ってくれるシャルマも、リィナの仕事である毒見を代わることはできなかった。
「いいんです……これが私の仕事ですから。シャルマさんが罪悪感を覚えることも、私を心配する必要もないんです。それに私は胃も身体も頑丈なので……」
きゅっとする胃を抑えるリィナを、シャルマは労わるように食べ物を渡す。
「ポタージュを事前に温めてもらいました。こちらのスティック状の野菜は柔らかくなるまでしっかりゆでてあります。ソースと一緒に食べてください。あと、パンは黒と白のどちらになさいますか?」
「故郷の味を……」
無言でシャルマは黒パンをリィナに渡す。
気分はすっかり最後の晩餐である。
そんなやりとりをはた目から見ていたユリウスはやれやれと首を横に振った。
「まるで処刑前夜の罪人のようじゃないか」
「殿下に失礼だと思わないんですか? 殿下はこれまでに何度も御身が危険に晒されているんですよ?」
ガジェットの言葉に二人もハッとする。命に別状はないにしても、彼の貞操に危機が迫っていることは確かである。これまでは弁の立つ舌のおかげでどうにかしてきたようだが、そろそろ限界がある。わざと予定を入れて時間を調整していたが、陛下からお茶会の後に予定を入れるなと言われてしまっては逃げ場がない。
刻限は四つの鐘が鳴るまで。彼女が暗くなる前に屋敷に着くには、この時間までしかいられない。
「まあ、いい。食事を摂りながら聞いてくれ」
ユリウスとガジェットもテーブルについて食事を始める。本来なら王族と共に食事をするなどとんでもない光景だが、それだけの時間に猶予がないことを物語っていた。
「まず、彼女が手土産を持ってきた場合。速やかに中身を検分する。本来、祝い事でもないのに女性が男性に、ましてや王族に贈り物をするなんて婚約者でもないのにあり得な……類稀なことだ。しっかり確認すること必要がある。そう、じっくりと」
「おっしゃる通りです」
ガジェットはうんうんと相槌を打ち、さらにユリウスが続けた。
「もしそれが彼女の手作りだった場合、ことは急を要する。前回の手作りケーキは断っているから彼女は今度こそ食べて欲しいと懇願してくるだろう。おそらく、今度は手軽なクッキーなどの焼き菓子の可能性がある。リィナ、もし異物が入っていたらどうするか分かっているな?」
「はい。彼女の体裁を保つため、あまりの美味しさに一世一代の告白をします! 」
「その通りだ!」
黒魔術本を参考に手作りお菓子を持ってきたというなら、それを本当にしてしまえばいい。リィナが告白した後、ユリウスは「そんなに美味しいのなら、離宮でも食べたいから、ぜひとも作り方を教えてあげて欲しい」と頼み、彼女にクッキーを作らせる。これでかなり時間も潰せるし、リィナの告白だって最悪、笑い話で終わる。
間違ってもクッキーを吐き出してはいけない。毒も何も入っていないのにもそんなことをしたら、侯爵令嬢の面子が潰れてしまう。毒見した侍女が手作りクッキーを吐き出したと噂が流れれば大問題だ。
「今回の件は、どんなに彼女の機嫌を損ねようが、第一妃がリィナをクビにしろと喚こうが陛下が何とかしてくださる。ここにはいないが、現場ではアイリーンも一緒だ。今日を乗り切るぞ……」
全員が深く頷き、バルロード候爵令嬢が来る時を待った。
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