第30話 夜会の参加
(うわっ、すごい人……)
レイモンド公爵と共に会場入りしたリィナは、その人の多さに圧倒される。ダンスホールには綺麗に着飾った紳士淑女でごった返していた。年齢層は様々だが、白いドレスを纏った令嬢達がちらほら見かける。アイリーンから聞いた話では、社交界デビューの令嬢は白いドレスを身に纏い、王族に挨拶をするのが習わしだとか。この国では十四歳から十七歳の間に社交界デビューするらしく、今年はヒルデガルド殿下も社交界デビューだ。
(うひゃー、住む世界が違い過ぎる……)
内心気後れしながらもレイモンド公爵と共に挨拶回りをしていく。彼はリィナを遠縁の娘だと簡単に説明し、それ以上のことは答えないように上手く立ち回っている。相手が聞いてこないよう、彼が上手く空気づくりをしているのがリィナにも分かった。その様子にリィナは思わず彼を見直してしまう。
(すごい、おじさん、本当に偉い貴族なんだ……)
リィナに声をかけようとしたり、ヴェールの奥を見透かそうとしたりする相手もいたが、レイモンド公爵は相手を諫めていた。公爵という肩書きが影響しているのか、それ以上相手も深入りしてこない。
何より、孤児院に来た時のようなおどおどした様子はなく、堂々とした態度をしていた。
(おじさん、頼もしい!)
「おや、珍しい。公に連れがいるなんて」
背後から声を掛けられ、レイモンド公爵と共に振り向くと、リィナは思わず「うっ」と声を出しそうになった。
「セイレン候……」
「前の慈善演奏会ぶりですね」
朗らかに挨拶してきた相手は、リィナもよく知る相手、セイレン侯爵。そして、その隣には──
「ほら、チャーリー。挨拶なさい」
(チャーリーーーーーーーーーーーーーーっ⁉)
そう、あのチャーリーだ。前に会った時よりもさらに背が伸びており、綺麗な正装に身を包んだ彼はリィナも驚くほど立派な紳士に見える。
親友との感動の再会──とはいかない。なんせリィナは身分を偽ってこの場にいるのだ。
(ま、まずい! チャーリーはダメ! 絶対にバレる! ヴェールを被っててもバレる!)
セイレン侯爵はリィナのことに気付いていない様子だったが、チャーリーはそうはいかない。
彼は絶対音感の祝福の持ち主。他者の足音すらも聞き分けることができるのだ。
彼が祝福を得てからは、かくれんぼは負け無し、孤児院の敷地面積程度ならどこに誰がいるのかすら分かってしまう。
ヴェールの奥でリィナは表情を強張らせていると、チャーリーはにっこりと笑う。
「ご無沙汰しております、レイモンド公爵。先の演奏会ではお世話になりました」
「いやいや、君の演奏も素晴らしかった。なんでも今は慈善活動のほかに公共事業の手伝いもしているんだって? 君の活躍ぶりにセイレン候もさぞ鼻が高いだろう」
「いえ、私はまだまだ若輩ものですので、義父には迷惑をかけてばかりです。セイレン家の跡取りとしてもっと胸を張れるよう精進していくつもりです」
「頼もしい子だ。今日は演奏に参加しないのかい?」
「ええ、陛下から直々のお達しで。それで、そちらのご令嬢は?」
(ひぃ!)
リィナが内心で悲鳴を上げると、レイモンド公爵は平然と答える。
「遠縁の娘でね。名をリリーナと言うんだ。幼い頃に患った病の後遺症で、あまり声を出せないので挨拶はこれで控えさせてくれ」
リィナはアイリーンに習った通りに礼をすると、セイレン侯爵は感嘆した声を漏らす。
「これはこれは。ジョセフ・セイレンと申します。レイモンド公爵とは仲良くさせていただいています。そして、こちらは息子のチャーリー」
そう言った時、さっきまでにこやかだったチャーリーの顔がむすっとしたものに変わる。
「どうも」
彼のそっけない態度にリィナは驚いていると、セイレン侯爵はすぐさまチャーリーを叱責する。
「こら、チャーリー。レイモンド公爵の親類の令嬢だぞ」
「それがどうかしましたか?」
「……チャーリー?」
「セイレン候、私は気にしていないさ。もちろん、リリーナも」
レイモンド公爵にそう言われ、リィナは頷く。
「レイモンド公爵もリリーナ嬢も寛大なお心に感謝いたします。では、私共はこの辺で失礼します」
「失礼致します」
二人が去っていったあともリィナの緊張は解けなかった。
(え? 今の、本当にチャーリー? もしかして、私のことが分からなかった?)
彼に素っ気ない態度を取られた事にも驚いたが、彼がリィナについて言及しなかったことが一番驚いた。彼なら開口一番にリィナの名前を口にして抱き着いてくると思っていたのだ。
レイモンド公爵を見上げると、彼はリィナが言わんとしたことが分かったのか、苦笑する。
「彼のことは気にしないで。社交界も仕事の一環だからね」
(なるほど……そうよね。貴族だって遊びに来ているわけじゃないものね)
チャーリーなりに社交界での振る舞い方があるのだろう。ふと、リィナはあることを思い出す。
(あれ? 前に殿下達が話していたチャーリーなる人物って……)
「リリーナ、そろそろ陛下達がお見えになるそうだよ」
レイモンド公爵に言われ、リィナは一度考えるのを止めた。会場の奥でラッパの音が聞こえ、王族が入場する旨が伝えられる。
演奏と共に入場したのは、国王、第一妃、第一王子とその妻。そして、第二妃ベアトリス、フィリップにエスコートされているヒルデガルド、最後にユリウスだ。
国王陛下は手短に挨拶を済ませると、フィリップとヒルデガルドに目配せをする。
ヒルデガルドが一歩前へ出てドレスの裾を捌いて礼をする。
「我が娘、ヒルデガルドが此度から社交の場へ参加することとなる。女神の祝福を得ることはなかったが、その分、我々と違う視点で民に尽くせるだろう。これから国内だけでなく、外交の公務にも従事するつもりだ」
「王族として誠心誠意、努めて参ります。皆さま、どうぞよろしくお願いいたします」
以前見た勇猛な姿とは打って変わり、ヒルデガルドは王女らしい所作で挨拶を済ませると、会場に拍手が響く。
王族達が席に着くと、優雅な音楽が再び流れた。しばらくすると、王子王女達が各々席から立ち始め、ユリウスもこちらにやってきた。
「レイモンド公爵、挨拶の間、待たせてすまない」
「いえ、殿下。ではリリーナをよろしくお願いいたします」
レイモンド公爵とエスコートが変わり、ユリウスが自分の腕を差し出す。
リィナは彼の腕をとると、殺気めいた視線が突き刺さったような気がし、思わず振り返る。しかし、背後に誰かがいるわけでもなかった。
「どうかしたかい、リリーナ嬢?」
内心で首を傾げていたリィナは、ユリウスに声を掛けられて小さく首を横に振った。
「そう。リリーナ嬢、王宮の夜会に出るのは初めてだろう? 向こうに軽食があるからどうだろうか?」
(ご飯!)
夜会で出される食事を楽しみにしていたリィナは、大きく頷きそうになるのをぐっとこらえて、ゆっくりと頷いた。
その様子を見たユリウスがふっと小さく笑う。
(あれ……?)
その笑い方に既視感を覚えたリィナは、きょとんとしてしまう。
(今……)
「さあ、こちらへ」
ユリウスにエスコートされ、食事が並んだテーブルへ移動する。普段見ない料理の数々にリィナは目を輝かせた。
(わー、おいしそう! どれがいいかな! これも美味しそ……はっ!)
しかし、リィナはアイリーンからの教えを思い出し、はっと我に返る。
『いいですか、リィナ。淑女はがっついて食事をしてはいけません。パーティー会場ならなおのことです。一品一品少しずつ食べるのですよ!』
(前世でいうバイキングみたいな感じに食べればいいのかな……いや、かといってずっと食べてるのも品がよくないよね……うーん、迷うな。サンドイッチも美味しそうだけど、もっと違うものを食べたいな)
「リリーナ嬢」
迷っているリィナにユリウスが一口サイズに切られた肉料理やチーズを乗せた皿を差し出す。
「よければ、こちらをどうぞ」
(お肉!)
リィナは小さく礼をして皿を受け取り、ヴェールを上げずに食べる。まずは肉料理からだ。
ちーんっ!
分析結果『おいしい』
(おいしい!)
塩と胡椒でシンプルに味付けされたステーキだ。噛めば噛むほど口の中で肉の旨味が広がる。
(これ、すごい良いお肉……幸せ……)
まだ一口しか食べていないが、口の中が幸せすぎて、ニコニコ顔が止まらない。ヴェールをつけていて良かった。
(備え付けのソースは何かしら。いや、お肉をもう少し堪能したい!)
リィナがご機嫌にもう一つステーキを口に運ぼうとした時だった。
「ごきげんよう、ユリウス殿下」
そう背後から声を掛けられ、ユリウスと共に振り返ると、リィナは身体を強張らせた。
ど派手な赤いドレスを身に纏い、飴色の髪を綺麗に巻いて真っ赤な飾りつけた女性。赤みのある茶色い瞳は射抜くような目でリィナを見つめていた。
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