【連載版】悪食鑑定リィナの平和な食事
こふる/すずきこふる
悪食鑑定リィナの平和な食事
一章 孤児、王族専属の侍女になる。
第1話 ちーんっ! 分析結果:危険!
ちーんっ!
サラダを口にした時、頭の中で卓上ベルを叩くような音がし、少女は慌てて立ち上がった。
「そ、それを口にしてはいけません!」
孤児院の食堂で彼女の声が響き渡り、皆の目が少女に集中する。
その少女はまだ十代半ばだろう。銀髪を三つ編みにして一つにまとめ、青い瞳は目の前にいる青年に向けられていた。
上質な生地で作られた衣装に身を包んでいる青年は、この国の第三王子。名をユリウスという。
彼の隣に控えていた従者が眉間に皺を寄せ、何かを言いかけたが、それをユリウスが制し、にこやかに微笑んだ。
「なぜかな? この食事はすでに毒見も済ませているものだけど? 何かあるのかい?」
優しい口調だが、どこか尋問めいている。こちらに向ける笑顔も胡散臭いことこの上なかった。
「な、なぜって…………それは…………」
少女は答えられず言葉尻が弱くなるが、その心は大荒れだった。
(アンタが食べようとしてるサラダにヤバい菌が潜んでるからよーーーーーーーっ!)
孤児院の少女、リィナ。彼女はいわゆる異世界転生者だった。
しかし、前世の自分は特筆すべき能力があるわけでも専門知識があるわけでもない普通の少女だった。
ただ、生れ落ちたこの国、クレイドールには祝福と呼ばれる神秘が存在した。子どもは七歳までは女神の子であると信じられ、女神の子でなくなる七つの年に女神から祝福を授かる。
祝福とは、前世の言葉を借りるなら超能力や魔法、ゲームでいうならスキルと呼ばれる特殊能力に近い。この孤児院では、その祝福を目当てに子どもを引き取る大人が多かった。
しかし、祝福は必ずしも目に見える形で授かるものではなく、どんな祝福を持つか分からないまま人生を終える人間もいる。リィナもその一人とされ、適材適所の職につくことが当たり前の世の中であるがゆえに、孤児院の院長は彼女の将来を心配した。しかし、リィナはそれでよかったのだ。
なぜなら、リィナの祝福内容が世間に知られれば、彼女に平穏というものは一切訪れなくなるのだから。
リィナの祝福。それは摂食分析──口に含んだものを分析し、情報を得る能力だった。口に入れたもの名称だけでなく、成分、効能、性質まで分かってしまう。
(この祝福を誰かに知られて貴族なんかに引き取られでもしたら、毎日毎食毒見三昧! 精度を上げるためとか言って食事に毒を入れられるのに決まってる! 私はご飯を安心して食べたい!)
なんとしても隠し通さねば、とこれまで生きてきたのに、今回ばかりは避けられなかった。
年に一度、孤児院に王族が訪問し、会食を行う行事があった。王都にはいくつも孤児院があるのにかかわらず、リィナの孤児院に白羽の矢が立ったのだ。
(ズボラで能無しって噂の第三王子が来るって聞いたから安心してたのに、よりにもよって生野菜に菌が潜んでるなんて!)
菌の名前は分からないが、リィナの祝福は警鐘の如く分析結果を叩き出した。それは、俗にいう食中毒というやつだ。
症状の予測には、腹痛、嘔吐ならまだかわいい。悪化した際の症状として列挙された内容にリィナは内心で悲鳴を上げた。
幸い、王子も野菜を口にしていない。子ども達も普段食べられない肉に気を取られていた為、まだ野菜は食べていないようだった。
「どうしたんだい?」
答えないリィナに変わらずユリウスは胡散臭い笑みを向けてくる。
「会食の食材は訪問する王族が用意して、食事の準備だって私も手伝った。毒見をした私の部下も無事だ。何か問題でも?」
言外で「ここまでしてやって、ケチをつけるのか」と宣うこの男。
内心で拳を握りしめるが、ここでリィナが待ったをかけなければ、数日後、食中毒でユリウスが倒れる。そして、孤児院の子ども達も同じ症状が出ていることが知られれば大問題だ。下手に言い掛かりをつけられることだって考えられる。おまけに自分の祝福も知られるとまずい。
「め、滅相もございま……」
そこでリィナは一芝居打つことにした。
「あ、アイタタタ~……みんなより先につまみ食いしたせいで、お腹が痛いな~……なんでだろう~……サラダのせいかな~?」
自分でもびっくりするぐらい棒読みの芝居に、ユリウスの笑みが若干崩れた。
「……やけに説明臭いな」
(ほっとけ!)
「ガジェット、こちらへ」
ユリウスが後ろに控えていた従者を呼び、皿を彼に渡す。
「この場にある食事を全て検めろ。厨房にあるものも全てだ。早急に毒見をしたシャルマを馬車へ放り込め」
「御意」
ガジェットと呼ばれた従者は恭しく礼をすると、その場から離れる。
「王宮に早馬を出せ。食事と馬車の手配をしろと伝えろ。食数はこの場にいる人数分だ」
護衛達へてきぱきと指示を出していき、気づけば目の前にあった皿があっという間に下げられた。
卓を囲っていた子ども達は怯えた様子で院長やリィナを見つめ、院長も困惑し一言も発せられずにいた。
そんな院長に向かってユリウスは落ち着いた様子で声を掛けた。
「院長、彼女が腹痛を訴えた以上、食事に何かあったことが考えられます」
「ま、まさか! 調理をする前、子ども達は身体検査もして、さらには毒見もして、殿下も大丈夫だとおっしゃっていたではありませんか!」
「もちろん、子ども達が食事に何かを仕込んだとは思っていません。しかし、我々が用意した野菜で腹痛を訴えているなら、問題点は食材、調理法、衛生面で絞れます。幸いサラダを口にしているのは彼女と私の毒見係です。原因はすぐに判明します」
胡散臭い笑みを貼り付けたまま彼はそう答えると、ガジェットと呼ばれていた従者が戻ってきた。
「シャルマの様子は?」
「今のところ何も症状はありません。念のため、吐かせておきました」
「対処が早くて助かる。馬車の準備ができ次第、彼らを王宮へ」
王宮という言葉を聞いて院長がぎょっと目を剥く。リィナもさっきの猿芝居で処断されるのではと、頭から血の気が引く音がした。
そんな二人の様子から察したのだろうユリウスは、苦笑いを浮かべる。
「用意した食事が食べられなくなってしまったので、場所を移しましょう。王宮の食事なら子ども達にもいい経験となるでしょう。ただし応接間ではなく、少し離れた離宮での食事になりそうですが」
「し、しかし、いきなり王宮へと言われても……!」
「ご安心ください。これは会食です。それ以上もそれ以下でもありません。しかし……」
口元がにやりと持ち上がり、リィナを見るユリウスの緑色の瞳が楽し気に歪んだ。それを合図に控えていた護衛がリィナを取り囲む。
「一応彼女にシャルマと同じ処置を。その後は馬車へ案内してやれ」
「えっ⁉ ちょ、ちょっと⁉」
「一応、レディだ。丁重にな」
(ひぇええええええええええええええっ!)
リィナは有無言わせず薬で吐かされ、グロッキー状態のまま馬車へ放り込まれた。そして行きたくもない王宮へ連れて行かれるのだった。
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