第24話 初めての不安

 

 休日二日目の朝、食堂で食事を摂っていたリィナは早くも心が挫けそうになっていた。


(物足りない……食べた気がしない……)


 朝食に出されたのは、トーストとスープとサラダだ。使用人寮とはいえ、料理人が作った食事だ。物足りなく感じるのは、決して食事の量や味付けのせいではなかった。


(頭の中が……静かで落ち着かない!)


 脳内で卓上ベルの音が聞こえない。たったそれだけのことなのに、そわそわしてしまう自分がいた。時折やかましく感じることもあったあの「ちーんっ!」という音も、問答無用に頭に流れ込んでくる情報もないおかげで、常に肩透かしを食らっている気分だ。

 そもそもあの祝福は、人生の半分以上の付き合いになる。身体が違和感を覚えるには十分すぎる変化だった。


 そして、問題はもう一つ。


(それに、このスープ……何が入っているのかしら?)


 今までは料理にどんなものが使われているのか、危険があれば教えてくれていた。その上、リィナには何を食べても不調を訴えない胃袋の頑丈さがあった。孤児院時代に食べられるものは何でも口にできたのは、この二つの祝福があってこそ。


 摂食分析が発動しない今、病気にも毒にも侵されないその頑丈さも失われていることだろう。言ってしまえば、リィナは無防備な状態だった。


 おまけにリィナは食事に雑巾のしぼり汁を入れられるという洗礼を受けた身だ。それも相まって不安はいっそうに高まる。


(美味しい…………美味しいんだけど……美味しいんだけど! 安心できない!)


 どれだけ自分が祝福に頼り切っていたか思い知らされる。リィナの平和な食事は祝福があってこそ成り立つものだった。


(それにシャルマさんのご飯が恋しい……っ!)


 食欲旺盛のリィナは今週の献立を見せてもらったが、大勢の使用人を賄うためか、一度に多く作れる料理を採用している。食事の品目はさほど多くなく、手の込んだものは基本的に食事には並ばない。しいて言えば、前世と違い、この国では五感で食事を楽しむという文化は浸透していないのだ。

 つまり、味覚も視覚も嗅覚も楽しませてくれるシャルマの食事は最高だった。そして、彼への信頼が厚いリィナにとって、彼の料理は警戒心なく口に入れられるものである。

 美味しいご飯があれば、大概のことは乗り切れると自負していたが、どうやらそれは自惚れだったらしい。


(私、自分のことを図太くて大雑把な人間だと思ってたけど、意外に神経質だったのね……祝福もなければ、安心してご飯も食べられないなんて!)


 休むために休暇をもらったのに、これでは心が休まらない。頭の中で断食という言葉が浮かんだが、食べることがライフワークだった自分にとって断食は選べない手段だった。


(別のことを考えよう。そうだ、新しい趣味を探すのよ。それこそ、寝食を忘れるくらいに没頭できるものを……)


 この世界に生を受けて早十五年、今まで食べることに執念を燃やしていたリィナにとって、新たな試みになる。

 ただ、生きることに精一杯だったリィナが趣味を探すのはいささか難しかった。なんせこの世界には、娯楽が少ないのだ。


(孤児院で習ったレース編み、刺繍、お裁縫……どちらにせよ、道具を買わないとできないわね。まずは買い物に行こうかしら? シャルマさんやアイリーン様からお店のリストをもらっているのよね)


 今朝、自室のドアの隙間に二人からの手紙が仕込まれていた。どちらもリィナを心配する内容の他に、城下の商店街にあるおすすめの店のリストまで書いてあった。


(寮の部屋はベッドと机しかないし……今日は買い物に行こうかしら? 孤児院にもお土産を買っていきたいし。よし、今日は買い物だ! がんばるぞ!)


 リィナは気合を入れて最後の一口を押し込んだ。

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