第7話 因果応報

 

「ねぇ、聞いた? ユリウス殿下付きの新人侍女がお腹を壊してお休みですって」

「いやねぇ、平民でしかも孤児院出身なんでしょう? 拾い食いでもしたじゃないの?」


 少女達の笑い声が使用人専用の食堂で響く。


 新人の侍女が一体どんな祝福を持っているかは知らないが、孤児院出身の人間が王族の侍女になるなど異例のことだった。祝福がどうであれ、貴族の出である彼女達には、平民とは違うという誇りがある。それなのに、ぽっと出の平民が自分達の上に立つなど許せなかったのだ。


 だから、彼女の食事に雑巾を絞った水を入れてやった。彼女がバスケットを大事そうに抱えているので一目で分かったし、最近は堂々と自分の名前を書いたバスケットを置いているのだ。やってくれと言っているようなものである。やったのは一度や二度ではない。お腹は壊しても死ぬことはないだろうと思っていたが、本当にお腹を壊すとは。


「おまけにシャルマ様にくっついて歩いて、卑しいったらありゃしない。シャルマ様もお可哀そう。あんな子の教育係になるなんて。きっとお優しいから断れなかったのね」

「本当にお気の毒~。今度は髪の毛とか入れちゃう?」


 そう言いながら二人はトレーを取り、食事の配給口へ向かう。


「髪と言えば、この間はゴミが付いてるとか言ってよくも髪を抜いたわね? 痛かったんだから」

「はぁ、何のこと? むしろそれはこっちの話だし!」

「いらっしゃいませ~っ!」


 食堂では聞かない言葉が聞こえ、少女達は怪訝な顔でその声のする方を見ると、ぎょっと目を見開いた。


「どうかされましたかぁ~?」


 配給口に立っていたのは、件の平民の少女、リィナだった。


「あ、え……確かあなた、ユリウス殿下の……」

「はぁ~い! 世間勉強の為に色んな仕事場を経験したいと思ってぇ、ユリウス殿下とガジェット様にお願いしたんですぅ~」


 やけに語尾を伸ばした彼女は、テキパキと皿に食事を盛りつけていく。


「たしかぁ~、お姉さん達ってぇ、ゼルマン男爵家のミーシャ様とシーペンド子爵家のアリア様ですよねぇ~?」


 まさか名前を言われるとは思わず、二人は息を呑んだ。


「とぉ~ってもお仕事ができるって聞いてぇ~、憧れぇ~みたいなぁ~?」


 彼女は楽し気にべらべらと喋るが、その目はまったく笑っていなかった。


「そんな尊敬できる先輩方にはぁ~、リィナ、特別にオマケしちゃう~」


 リィナは半透明の飲み物を彼女達のトレーに乗せた。よく見ると中には何か不純物のようなものが漂っている。

 絶対に変なものが入っている。そう確信した彼女たちはグラスを手に取った。


「はぁ、こんなのいらな……」

「やぁ、リィナ。頑張っているかい?」


 少女達の言葉を遮って現れた人物に、リィナはにんまりと笑う。


「ユリウス殿下ぁ~、この度は私の我儘を聞き入れてくださりありがとうございますぅ~」


 ぼさぼさの金髪に着崩した服、気だるげな眼をした青年は、離宮の主、第三王子ユリウスその人だった。


 少女達はすぐさまトレーをその場に置いて、頭を下げる。周囲の者達も会話どころか手も止め、食堂がしんと静まり返った。

 王族が使用人寮の食堂に来るなどあり得ない。緊張感が走る食堂に、リィナの明るい声だけが響いた。


「おまけに、こぉ~んな貼り紙まで用意してくださって感謝感激ですぅ~」


 彼女が指さした先には『食べ物無駄にするべからず ユリウス』とご丁寧に第三王子のサインまで入った貼り紙があった。


「ああ、こちらこそ。食料資源の大切さについて貴重な話を聞かせてもらったよ。私も食事を残さないようにしているが、王族の身分となるとそうもいかなくてね。特に、食べ物に細工をする輩が絶えない。民草の中には、その日の食事も困っている者が多くいるというのに、それを無駄にするとは私も心苦しいよ」


 ユリウスの言葉に少女達が小さく肩を震わせた。

 そして彼は二人のトレーに乗ったグラスに剣呑な目を向ける。


「水だって貴重な資源だ。綺麗な水を飲める有難みを分からないバカは、この離宮にはいないはずだ。いくら貴族の出の人間だろうとな」


 少女達は彼の顔を見なくても、自分に言っているのだと分かった。

 冷たく響くユリウスの言葉に二人は小さく震えていると、彼は二人から視線を外した。


「今後、食事の提供する際には食べきれる量を調整できるように料理長と相談し、食料資源の無駄を抑えるとしよう。では、リィナ。仕事に励むんだぞ」

「はぁ~いっ!」


 ユリウスが食堂を出て行ったのが分かり、少女達が真っ青になった顔を上げる。

 目の前にいるリィナは笑顔で言った。


「飲んでくれますよね? セ・ン・パ・イ?」


 彼女達が悲鳴を上げて医務室へ飛び込んでいったのは、この数十分後のことである。


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