第6話 幸せの横やり
リィナがアイリーンとシャルマから指導を受け始めて数日が経った。時々ユリウスから呼び出しがかかり、毒見をさせられることもあったが、特に問題ない日々が続いている。
「では、今日の作法のお勉強はここまでにいたしましょうか」
アイリーンはそう言うが、リィナは背筋を正した状態を保ったままだ。すぐに姿勢を崩せば、アイリーンから「人間を辞めるのは早くてよ!」と叱責が飛んでくるからだ。
「リィナも少しずつ所作にぎこちなさがなくなってきましたね。その意気ですよ!」
「はい、がんばります!」
「午後のお勉強はシャルマにお願いするわ。わたくしは例のお茶会の準備をいたしますので」
ユリウスと侯爵家の令嬢とのお茶会の日が迫っている。リィナもそれまでに人前に立てる程度に所作を身に付けないとならない。
「ついに来週ですね……ちなみにいらっしゃるご令嬢はどんな方なんですか?」
そう聞くと、アイリーンが表情を曇らせ、シャルマも少しぎこちない笑みを見せる。
「バルロード候爵令嬢は……第一妃が懇意している令嬢です」
「え……」
「おまけに殿下にずいぶんとご執心で。それを知って第一妃が彼女を送り込んできますの。陛下も荒波立てないようにと仰せです」
自分の息がかかった人間と婚約すれば、確かにユリウスの動向も探りやすくなるだろう第一妃が懇意している家なら陛下も下手に口を出せず、第三王子のユリウスも無下にできないだろう。
「お、王族って大変ですね……」
命どころか身体も狙われているというのは、あながち冗談でもなかった。他人事なリィナにアイリーンが呆れた顔をした。
「今後はリィナも気を付けないといけませんよ?」
「へ? 私も?」
「はい。言い寄ってきた殿方が、実は第一妃の息がかかった人間だった、なんてこともあり得ますから」
それを聞いて、背筋がぞっとする。
(し、身辺には気を付けよう……)
いくらか自衛の手段を得た方が良さそうだ。ただでさえ、自分の祝福を他者に知られたくないのだから。
そんなリィナの不安を感じ取ったのだろう。シャルマが落ち着かせるよう柔らかな声で言った。
「大丈夫ですよ、リィナさん。オレやアイリーン嬢がついていますから、他の男になんかちょっかいなんてかけさせません」
「ええ、そうですわ。でも、心してくださいませ。この王宮で味方はわたくし達しかいませんわ」
「肝に銘じておきます!」
「よろしい! では、わたくしはここで! シャルマ、あとは頼みましたよ!」
アイリーンがそう言って部屋を出て行ったのを見計らって、リィナは姿勢を崩した。
「疲れたぁ~」
「今日もお疲れ様です。リィナさん」
彼はそう労うと、リィナに向かって微笑んだ。
「さあ、軽食を摂りに行きましょうか」
「は、はい!」
午前中の勉強が終わるとシャルマと昼食を摂るのが日課になっている。
天気がよく風のない日は屋上に行き、風のある日は中庭で食事をしていた。
今日も専属の休憩室へ向かう途中、小さな笑い声がリィナの耳に届いた。声のする方へ顔を向けると、さっとこちらから顔を逸らす侍女達がいた。
(一体、何かしら……最近、多いのよね)
リィナを見て何か話している侍女達をよく見かける。時々聞き取れる言葉と、すぐ顔を逸らすことからリィナをよく思っていないことは明白だった。
こういうのは放っておくに限る。孤児院にいた頃も祝福をあえて隠していたことで「あの子は女神から見放された子だ」と大人達によく言われたものだった。少なからず心にもやもやとしたものが残っていたが、休憩室の前まで運ばれた二つのバスケットを見て忘れてしまう。
「今日のお弁当は何かなぁ……」
色札付きのバスケットを抱えてそんな独り言を漏らすと、隣にいたシャルマは微笑ましい顔で見つめていた。
中庭へ行き、布を敷いたリィナは、わくわくしながらバスケットを開ける。
「わっ! 今日も美味しそう!」
「今日はサンドウィッチと冷製スープ。デザートにゼリーもつけてみました」
トランプの絵型に型抜かれたサンドウィッチはジャムや具材によってカラフルだ。最近は『徐々に色んな食材に慣れましょうね』とさらに豪華なものに変わっていた。
「この黄色は卵焼きサンド! こっちはまさかイチゴジャム⁉ これはマーマレード⁉」
「研究所に知り合いがいまして、季節を過ぎても採れるように品種改良や栽培、保存方法の研究などをしているんです。まだ市井に出回るほど一般化していませんが」
「すごい! これが一般化したら革命ですよ!」
それこそ前世のように季節外の食べ物を食べられるようになれば、すごいことだ。リィナが生きている間は難しそうで残念だが、今は目の前の食事である。
「いただきま~す!」
「はい、召し上がれ」
ちーんっ!
分析結果『おいしい』
「美味しい!」
前世ぶりのイチゴジャム。甘くてほんのり酸味があって美味しい。マーマレードもオレンジの苦みがくせになる。
リィナは小さな容器に手を伸ばす。ひんやりと冷たい容器の中にはスープが入っている。
(これはなんだろう。透明感があるから魚介? それともコンソメベース?)
うきうきした気持ちでスプーンを握り、まず一口目を口に運んだ。
ちーんっ!
分析結果『おいしい』
「おいし……」
ちーんっ!
「ん?」
リィナの祝福が割り込むように発動する。
分析結果『雑菌を検出。人体へ悪影響を及ぼす可能性あり』
(雑菌……? なんで?)
シャルマはユリウスの食事を作っていたというほどの腕前だ。それに今までそんなものは検出されなかった。もしかして、毒見の抜き打ちテストだろうか。いや、それなら手っ取り早く毒を入れるのが早いだろう。
(もう一口……)
ちーんっ!
分析結果『検出された菌は、床拭き雑巾に含まれるものとほぼ一致します』
「なっ……⁉」
リィナはシャルマがスープを口にしようとしているのを見て、さーっと血の気が引いた。
「シャルマさん、失礼します!」
シャルマの容器を奪い、一気に仰ぐ。
ちーんっ!
脳内で列挙される成分や材料の名前の他に、雑菌の名前は上がってこない。それに安堵したと同時に、ふつふつと怒りが湧いてくる。
(誰だ……私の食事を邪魔するヤツは……っ!)
食事ができるということがどんなに幸せなことか、リィナは身をもって知っている。孤児院では肉はもちろんのこと、新鮮な葉物野菜だって贅沢品だ。スープだって固くなったパンを柔らかくし、美味しくする魔法の食べ物である。その日を生き抜くための糧を無駄にされるなんてリィナは許せない。
何より、自分の為に作ってくれたものを台無しにされたのが、一番許せなかった。
「リィナさん、どうされましたか? リィナさん⁉」
リィナは自分のバスケットを引き寄せると、バスケットを覆っていた布を手に取った。
(食べ物を粗末にする輩に目に物を見せてやる!)
ちーんっ!
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