第20話 呼び出された理由

 

「ねぇ、リィナ? かぼちゃ美味しかった?」


 件の髪の毛を見せつけながら、ユリウスは笑顔で言った。

 離宮の執務室に戻ったリィナは、実の主に尋問のような真似事をされ、いつのまにか執務室に来ていたシャルマの背中に隠れた。


「シャルマさん! 助けて!」

「殿下、さきほども申し上げましたが……あのかぼちゃは季節外れで殿下にお出しできる品質ではありませんでした」

「いくら季節外れでもシャルマが調理したら絶対に美味しいじゃないか。主人に隠れて食べ物を独占するなんてよくないよ?」

「殿下、もう十九歳でしょ? そう食い意地を張らないでください」


 呆れた様子でシャルマがいえば、ガジェットも同意する。


「その通りです。いくら好物でも威厳を損ないますよ?」


 いつもは味方につくガジェットも、さすがに食べ物で機嫌を損ねる主人を見たくないのだろう。ユリウスは腹心にそう窘められ、やれやれと小さく首を振った。


「冗談だ。仕事だよ、リィナ。この髪の毛から情報を読み取ってくれ」

「殿下、髪の毛の情報を読み取ったとして、知らない人の顔や名前が出てくるわけじゃないんですよ?」


 リィナの能力で個人を特定できるが、犯人を断定するには本人からもう一本採取する必要がある。


「特に密偵なら同じ人が来るとは限らないのでは?」

「わかっているよ。でも念には念を入れる必要がある」

(王宮に隠れているワンコインハゲを探した方が楽だと思うんだけどなぁ……)


 リィナはユリウスから髪の毛を受け取ると、ハンカチで汚れをぬぐってから口に入れた。


 ちーんっ!

 分析結果『糸』


「は?」


 リィナが口に入れた髪の毛を引っ張り出すと、まじまじと見つめる。

 暗がりでよく分からなかったが、よく見れば縒り合わせた糸であることが分かった。


「どうした、リィナ……?」

「殿下、それ全部ください」

「あ? ああ、どうぞ」


 いきなり乗り気になったリィナに怪訝な顔をするも、採取してきた髪の毛を渡す。

 リィナは一本一本丁寧に情報を読み取った。


 ちーんっ!

 分析結果『糸』


 ちーんっ!

 分析結果『絹糸』


 ちーんっ!

 分析結果『毛髪(男性))』


 ちーんっ!

 分析結果『毛髪(女性)』


 リィナはその結果に眉間に皺を寄せる。


(どういうこと? ほとんど結果が違うんだけど!)


 落ちた髪の毛を全部拾っていたらまた違っていただろう。

 しかし、渡された毛の半分が染められた絹糸で、ほかは男性の髪と女性の髪が混ざっている。これではきちんと個人が特定できない。


「どうした、リィナ?」


 四人がこちらを不安げに見つめている。リィナはアイリーンが用意した水桶で髪の毛と絹糸を洗うと、それをハンカチの上に並べる。


「採取したもののほとんどが染色した絹糸です。ほかの二本は男女一本ずつ。これでは個人が特定できません」

「前にも思ったが、男女も判別できるのか?」


 ユリウスが疑問に思ったのは、きっとリィナの食事に雑巾の絞り汁が入れられた時だろう。リィナは頷いた。


「染色体が……こほん。男女では記号が違いますから。その話は置いておいて、王女殿下を襲ったのは男だろうと女だろうと、これが本人のものかどうかすら怪しいです。てか、なんで髪を引きちぎって絹糸が紛れてるんですか?」


 そう、問題はそこだ。ヒルデガルドは戦利品だと嬉々として語っていたが、実は寝ぼけてモップか何かと戦っていたのではと疑ってしまう。

 しかし、四人は思い当たるものがあるのか、はっとした顔で互いを見あっていた。


「まさか…………カツラ⁉」

「へ?」


 この時代にカツラがあるとは知らなかったリィナはきょとんとする。そういえば、孤児院時代に髪の毛はお金になると聞いて腰まで伸ばしていた女の子がいたのを思い出した。長く伸ばした髪を何に使うのかと思っていたが、カツラに使うのかと納得した。


「えーっと、貴族の方もハゲとか気にするんですか?」

「それもあるけど、普通にファッションかな? 私のおじい様の時代はカツラが流行ったそうだよ?」

「へー……でもなんで犯人はカツラを…………?」

「さぁ?」


 全員が首を傾げ、しばし沈黙が流れた。

 さきにその沈黙を破ったのはユリウスだ。


「とにかく、今日はここまで。犯人探しはまた明日にしよう」

「犯人……探すんですか?」

「当たり前です! 王女の命を狙っていたのかもしれないのですよ!」


 アイリーンがそう言うと、拳をぐっと狙う。


「淑女の寝室に忍び込むなんてとんだ不届きものですわ! このアイリーンが、成敗してさしあげます!」

「ユリウス殿下にも被害が及ばないとも限りませんしね」


 ガジェットはアイリーンの様子を苦笑して見つめ、シャルマも頷いた。


「そもそも寝室に忍び込んだということが大問題です。離宮もそれなりに防衛策を取っていますが、あっちは本殿の一角ですからね」

「え、でもヒルデガルド殿下は第一妃の嫌がらせを受けてるんですよね? 部屋に侵入してドレス汚したりとか」

「彼女の寝室は白百合の塔の最深部。一番侵入経路が少なく、護衛の数も多い。おまけに深夜です。洗濯や掃除が入りやすい場所や時間とは違います」


 それを聞いてリィナも納得する。

 離宮とは違って白百合の塔は本殿の一部。つまり、見張りの兵士たちの目をかいくぐったということだ。白百合の塔に忍び込めたのなら、国王の寝室にも忍び込まれる可能性もあった。


「それにちゃんと寝る前に侵入者がいないか確認しますしね」


 シャルマがそう説明し、ユリウスに向き直る。


「殿下、今夜の護衛は私が……」

「大丈夫だ。もうすぐ夜明けだろう? それならこのまま起きて執務でもしているさ。明日は兄上達と夏のお茶会と、近々行う夜会の打ち合わせもあるからね。気だるく振舞っているのはいつものことだから、眠たそうにしても誰も咎めないさ」


 ユリウスはそういうと困ったように笑った。


「さあ、シャルマは女性陣を部屋まで送ってやって、そのまま朝まで休んでいいから。ガジェットはこのまま私に付き添ってくれ」

「御意」


 ガジェットとシャルマ、そしてアイリーンとリィナも礼をする。


「それでは、御前を失礼いたします」

「ああ、明日も頼む」


 ユリウスにそう告げ、リィナはアイリーンと部屋を出ていった

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