第22話 兄弟会議
ユリウスはあくびを噛み殺しながら、兄達が集まる談話室に訪れていた。
目の前では大柄な男が横柄に足を組んで頬杖を組んでいる。見事な金髪を掻き上げ、鋭利な瞳は流氷のような色をしていた。
「昨日は大変だったようだな、フィリップ。あれからヒルデガルドの方はどうだ?」
第一妃の息子、第一王子ルーヴェンは低く響く声で言った。
「聞いてよ、ルーヴェン兄上~。ヒルデガルドってば、ひどいんだよぉ~! 心配だからオレが一緒に寝てあげるって言ってるのに『フィリップ兄様は抱き着いてきて鬱陶しいから、アイリーンと寝る!』って離宮に行っちゃったんだ! ね、ユリウス?」
「ああ、来たよ。枕とシーツを抱え込んで、侍女達と一緒に……」
あの夜は本当に騒がしかった。執務室で考えごとしてたら、窓からヒルデガルドが侵入してきたのだ。あの時は思わず飲んでいた紅茶をむせてしまった。彼女の気配を察したアイリーンも現れ、ヒルデガルドを回収していった。おまけにシャルマもアイリーンに叩き起こされ、ヒルデガルドの侍女達を離宮までエスコートしたのだとか。おそらく、ちゃんと寝ていたのはリィナくらいだろう。
「ひどくない⁉ オレ、お兄様なのに! 妹が心配なだけなのに! どう思う、ルーヴェン兄上⁉」
「どう考えてもお前がおかしい。ヒルデガルドはもう十四だぞ? 兄妹とはいえ、婦女子と同衾する男がいるか、このバカタレ」
「うわっ! 脳筋がまともなことを言ってる! 助けてユリウス!」
「フィリップ兄上をかばう余地が見当たりません」
「冷たい! 半分血がつながっている兄弟なのに、冷たい!」
彼も二十歳になるというのに、甘えたなところが抜け切れていない。それにルーヴェンはため息を漏らした。
「お前は妹離れが必要だな……さて、話を変えるぞ。まずは夏のお茶会についてだ」
長兄らしく、ルーヴェンは今回集まった議題を話す。
「前に言った通り、内装はオレ、食事はフィリップ。音楽はユリウスだ。今回は酒を提供しない。そのかわり、ブランデーなどを使った焼き菓子の提供をする。」
「茶葉と焼き菓子の候補は、すでにいくつか絞っていまーす」
フィリップがそう答えるとルーヴェンは深く頷いた。
「さすが、早くて助かる。そして、肝心の内装だが……」
「ルーヴェン兄上~? オレに丸投げしようとしてたけど、ちゃんと考えてきたの~?」
「考えてきたといっただろう? ほら」
チャーリーから聞いていた通り、涼し気で品のある内装のメモを出してきた。しかし、今回は他にも候補があったようだ。
ルーヴェンのメモを見たフィリップが眉を寄せた。
「これ、エリーゼ嬢の意見でしょ? 絶対にそう!」
そう言ってフィリップが指さしたのは、チャーリーが教えてくれた内装だ。ちなみにエリーゼとは、ルーヴェンの妻のことである。
「そんで、これがルーヴェン兄上の!」
ゴテゴテとした金装飾に、重厚感のある深紅を基調とした内装は品があるものの物々しさを感じさせる。ルーヴェンがいかにも好みそうだ。
「こっちは第一妃様!」
ルーヴェンとはまた違い、赤とピンクで彩った内装は、ふわふわとしている。まるで幼い子どもが好みそうなものだった。
それを聞いたルーヴェンは愉快そうに手を叩いた。
「さすが、フィリップ。素晴らしい目利きだ!」
「もう! 珍しくオレに意見を聞いてきたからちょっと期待してたけど、親子そろって我が強すぎるよぉ~! エリーゼ嬢がお嫁さんで本当によかった!」
フィリップはそう言うと、ユリウスに目を向けた。
「ユリウスは~?」
「いくつか候補を選んでチャーリーに意見をもらいました。そういえば、チャーリーがルーヴェン兄上とフィリップ兄上のところに直接聞きに行ったようですが……?」
ちらりとルーヴェンを見ると彼は首を横に振る。
「アレが進んでオレのところに来るわけがないだろう? 母上に捕まってオレを口実に逃げてきたんだ」
「オレも似たようなもんかな~」
「ははは……彼らしい」
おおよそ、夏のお茶会について構想がまとまり、続いては夜会の話だ。
「お前たちも分かっているように、今度の夜会でヒルデガルドが社交界デビューする」
ルーヴェンの言葉に、フィリップも表情を硬くさせた。
「ねぇ、第一妃様は本当に大丈夫なの~?」
「陛下がババアに仕事を押し付けている。今は夜会の準備に、当日は社交界デビューの淑女たちからの挨拶で大忙しだ。ベアトリス様はどうだ?」
「セオドアのお世話で忙しいかなぁ~? 今度は男らしい子に育てるんだぁ~って言ってた」
第五王子セオドアは今、七歳。女神の子ではなくなり、祝福を与えられているはずだった。
「でも、夜会には参加するよ~? セオドアは置いていくことになるけどね~」
「そうか。昨日の今日だ。十分警戒をしておけ」
「言われなくても~」
王家で仲が悪いのは第一妃と第二妃だけで、兄弟間はそれほど仲が悪くない。夏のお茶会だって、妃同士の仲が悪いが兄弟間はそうでないことを公に周知するためにやっている。これを提案したのは何を隠そうルーヴェンだった。
というのも、ユリウスの双子の弟、ニール第四王子は若くして亡くなった。それは王宮内で妃同士争いがあったからだと噂されているが、証拠はない。加えて言えば、元々病弱だった。
実際、第一妃が第二妃とヒルデガルドと攻防戦を繰り広げているが、本気で命を狙っているわけではないのだ。
「自制の利かないババアのせいで、お前たちには余計な心配をかけさせているな。あれは自分が一番陛下に愛されている立場でないと気が済まないらしい。いい加減、年齢相応に落ち着いて欲しいものだ」
自分の母親であるにも関わらず、ルーヴェンは吐き捨てるように言うと、嘆息を漏らす。
「今回の社交界デビューでヒルデガルドは正式に忌み子と発表される。王族では異例の二人目だ。まあ、十年前のことを考えると悪いことじゃない」
従来、王族は十歳くらいまでに祝福が分からなかった場合、何でもいいから適当な祝福をでっちあげるか、表向きは病死したことにして蟄居させるかだった。しかし、十年前に起きた暴動がきっかけで、王族にも女神の祝福が分からない者がいることを公表するようになった。その最初の一人目がユリウスだ。
「どうやら、どっかのきな臭い貴族たちは変な能力じゃないかって探ろうとしているようだ。ユリウス、お前も気をつけろ?」
「ええ。わかりました」
ユリウスは深く頷くと、ルーヴェンは頬杖を解いた。
「ヒルデガルドの社交界デビュー直前で起きた事件だ。もしかしたら、夜会当日に仕掛けに来る可能性もある。各々周囲の警戒を怠らないように。以上、解散だ」
ルーヴェンがそういうと、フィリップはヒルデガルドに会いに行くのか白百合の塔へ向かっていく。ユリウスも離宮へ戻ろうとした時、ルーヴェンに呼び止められた。
「ユリウス、最近新しい侍女を迎えたらしいな?」
「意外ですね。ルーヴェン兄上が人の侍女を気にするなんて。どうしたんですか?」
もうリィナの存在が知られているとは思ってもなかった。しかし、存在を知っていてもさすがに祝福までは知られていないだろう。
「シャルマのヤツが女と嬉しそうに食事をしていると聞いたからな。あれは根っからの人誑しだが、自分から入れ込むのは珍しいと話が回ってるぞ? 新人が刺されないように気をつけろよ?」
それを聞いて、ユリウスはため息を漏らした。
「シャルマには言い聞かせておきます」
まさかそんな風に広まっているとは知らず、ユリウスは痛む頭を押さえた。チャーリーとの噂を回避できたかと思えば、まさか自分の部下と噂になってしまうとは本末転倒だ。
「今度、その侍女も紹介してくれ。お前の部下なら安心できる……」
そう言ってユリウスの肩を叩くと、ルーヴェンは談話室を出ていった。
(…………安心できる、ねぇ?)
正直、王宮は半分血のつながった兄弟でも信用に置けない部分がある。ルーヴェンもフィリップも一貫して何を考えているのか分からないからだ。
この王位継承争いで騒いでいるのは主に第一妃派閥と第二妃派閥の貴族達だ。兄達は王位に相応しい祝福を得ていないので、やはり注目されるのはヒルデガルドとセオドアだ。王位継権承第一位であるルーヴェンも第二位のフィリップも、さほど王座に興味があるようには見えない。問題がなければルーヴェンが王太子となるので、今は静観しているのかもしれないが、セオドアの祝福によってはいつ手のひらを返すか分からない。それにルーヴェンが真に弟達を想っていたとしても、影に潜む何かがユリウス達を常に狙っている。
ユリウスは一度、目を伏せた。
(ニール……お前がいればなぁ……)
内心で亡くなった弟の名をそっと呟くのだった。
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