第14話 秘密会議

 

「リィナはどうだ?」


 今度こそゆっくり休むようにと伝えたユリウスは、シャルマにリィナを送るように頼んだ。部屋の外まで見送ったガジェットは淡々と答える。


「いつになくピリピリしたシャルマに戸惑いながら部屋に戻って行きました」

「はぁ…………アイツは女性に甘いからなぁ」


 一連の手紙のせいでシャルマの過保護が加速してしまった。彼は元より心根の優しい男だが、バルロード候爵令嬢の一件でピリピリしていた。今回の毒見は、「自分がどうにかする」とシャルマは言ってきかなかったのだ。


 彼女が毒や異物に関する知識や感知する能力がまだ低いことを理由にしていたが、ユリウスは「何のための毒見役だ」と言って黙らせた。


「シャルマを教育係として傍に置けば、無自覚にリィナを懐柔してくれると思ったんだが、逆に入れ込むとは……」


 顔がいい上に、王宮勤務の人間では珍しく性格がいいため、シャルマは無自覚で男女問わず誑し込んでくる。おまけにリィナは食に貪欲な気質があったため、胃袋を掴むにはちょうどいいと彼を配置した。しかし、それが裏目に出るとは思いもしなかった。


「アイリーンも彼女を気に入っていますよ。教育しがいがあると」

「リィナは素直だからな。くれぐれも三階の窓から着地する方法とか教えないように釘を刺しておいてくれ。リィナに習得でもされたら、実践させろと騒いでいるヒルデガルドがさらにうるさくなる」


 冗談めかしに言うと、お茶を運んできたアイリーンが部屋に入ってきたのを見計らってユリウスは椅子に座り直す。


「アイリーンも戻ってきたところで話に入ろう。お前たちから見て、リィナはどうだ?」


 アイリーンは侍女としての仕事の他に淑女教育を施してもらい、ガジェットには、王宮での勢力争いや社交界での現状についてリィナに勉強を教えている。将来的にはアイリーンと共に未来のユリウスの妻に仕えてもらうつもりだ。その頃には自分は臣籍に下っているだろう。

 アイリーンとガジェットの顔を見ると、彼らは遠慮しがちに口を開いた。


「とてもいい子ですわ。作法に関しては覚えも早く、理解力があります」

「人の名前を覚えるのは少し難しそうですね。領地名と近隣諸国の名前もよく分かっていません。しかし、歴史に関しては人の相関関係を把握する力が長けていますね。おまけに計算も早い……ただ」


 二人とも気になることがあるのか表情を曇らせる。


「ただ、なんだい?」

「彼女は賢すぎます」

「ええ……まるで誰かに師事を受けていたのかと思うほどですわ」


 それを聞いて、ユリウスは「やっぱりか」とため息を漏らした。

 ユリウスも彼女の賢さについて、いち早く気づいていた。


「最初から不思議だったんだ。食中毒や細菌なんて言葉なんて私だって記憶にない。ましてや生野菜から病気をもらうなんて……」


 そう初めからおかしかったのだ。彼女が使う単語は少なくともこの国で使われていない言葉だ。


「おまけに個人を区別するために身体には記号がある? そんなのが分かったら世紀の大発見だぞ?」

「研究者たちはひっくり返るでしょうね……おそらく世にいる能力不明の祝福がいくつか彼女によって発見されるかも」

「研究者どころか軍部でも欲しいですわ。間諜や死体偽装を見破りやすくなりますし、毒に使われるものなんて植物だけじゃありませんからね。彼女が病気や毒に耐性があるならなおさらです」


 ユリウスは単なる毒見役としてリィナを引き入れたつもりだった。

 毒耐性の祝福の者が毒見をしても、リィナのように祝福が危険を知らせてくれるわけではない。鑑定の祝福だって確実性はないため、耐性のない人間に食べさせるのが一番だとされる。

 つまるところ、毒見役なんてただの使い捨てだった。リィナのような長期的に毒見役を任せられる人物がいれば心強い。

 彼女は「平和な食事をしたい」とぼやいていたが、それはユリウスだって同じだ。ユリウスも将来その妻となる人物も命の危機を感じる場面が出てくる。その不安材料を一つでも消せる人物を捕まえたと思っていただけだったのに。


「とんでもない拾い物だ……」

「殿下って時々引き運が強くて驚きます」


 まるで他人事のように言うアイリーンに、ユリウスは思わず嘆息を漏らす。


「アイリーン……その引き運の一人に君も含まれていることを忘れないでね?」

「いやですわ。わたくしをリィナやシャルマと一緒にしないでくださいませ!」


 腰に手をやってぷりぷりと怒る彼女に、ユリウスは曖昧に笑って返す。

 彼女は十三歳の時、元婚約者が別の女と駆け落ちされた過去を持つ。自身の祝福を駆使してその婚約者を見つけ出したが、当時世を騒がせていた殺人犯に間違えられて警邏に捕まりかけたところをユリウス達が保護したのだ。祝福もさることながら、個人的能力の高さには驚いたものだ。


(これのどこか一緒にするなだ……)


 これ以上の衝撃的な拾い物はしないだろうと思っていたが、まさかもう一人見つけることになるなんて思いもしなかった。


「とにかく、リィナの里親は慎重に選ぶ。彼女の祝福について聞かれても、胃が頑丈くらいにしておけ」

「御意」

「承知いたしました」


 深々と頭を下げる二人に、ユリウスはさらに頭が痛くなる出来事を思い出す。


「もう一つの問題は、チャーリー・セイレン侯爵子息だ。この離宮には聴力に関する祝福を妨害する仕掛けが施されているとはいえ、彼は防音室の外から聞こえる足音まで聞き分ける地獄耳の持ち主だ。ただでさえ彼は有名人なのに、リィナが彼の想い人だと知られたら大変なことになる。リィナが注目されるのはまだ避けたい」


 セイレン侯爵が迎え入れた養子は、今では『音楽界の異端児』とも呼ばれ、その自由奔放な性格と祝福の能力を超えた才能の持ち主として有名だ。十一歳の若さで王宮専属の音楽家になり、彼が作り出した楽曲、奏でた演奏は誰もが魅了された。彼の音楽には、人を操る効果があるのではと噂されるほどだ。


 しかし、王宮で彼が指揮棒を振るうことはほとんどない。かといって年内行事以外で演奏することもあまりない。彼の祝福と才能のほとんどは慈善事業に使われていた。

 演奏会で寄付を募り、また流行おくれの衣服や使わなくなった玩具を集めては身寄りのない子どもや病に苦しむ子どものために役立てている。

 そういった行動も数多の女性を惹きつける要因となっているのだが、好意を寄せてくる女性にはことごとく塩対応。今では王宮二大変人とされている。


「おまけにベアトリス様が彼のファンだ。いらぬ世話まで焼きかねない」


 現在、ユリウスには後見人がいない。亡き母の身分が低く、おまけに自分は祝福の能力が分からない。そのせいで陛下も後見人選びに慎重になっているらしい。


 第一妃が自分の息が吹きかかった令嬢をあててくるのは、王宮を出た後の動向を探るためだ。第二妃のベアトリスも何かとユリウスの様子を窺ってくるので、要注意である。彼女は第一妃のように嫌がらせをしてこないが、世話焼きな性格だった。


「殿下、いっそう彼を計画に引き入れてもいいのでは? ベアトリス第二妃様が彼のファンでも、彼そのものは王族や勢力争いに興味はありません。計画に支障が出るどころか、むしろ有益な存在ですよ?」

「そうですわ。正直、リィナには近づかせたくない方ですけれど、扱いさえ間違えなければ心強い味方です」


 ガジェットとアイリーンがいうことはもっともだ。しかし、ユリウスが危惧しているのはそこではない。


「彼の有能さは認める。しかし、大物に目を付けられることが、そもそも危険だと言っているんだ。私は平凡よりも評価が低めの第三王子として王宮を出たいんだ」


 王族とは常に政治的な思惑が絡んでくる。どんなに身分が低い第三妃の子どもであろうと、政治的な駒になる。それを回避するために、ユリウスは陛下に自身の将来設計について長く話をしてきた。


「幸い陛下は私の計画を承認して、それを支援してくださっている。あとは私の周りを固めるだけ。ただでさえ問題児を抱えているんだ。天才とバカは紙一重といっても、これ以上は重荷になる」


 ユリウスの言葉に、ガジェットとアイリーンはやれやれと肩を落とした。


「では、明後日のヴァイオリンの稽古はいかがされますか?」

「シャルマにリィナを見張らせる。一番会わせたくない人物だからね」

「では、リィナには毒見の勉強を申しつけましょう。そうすれば、シャルマも彼女に付きっ切りになりますし、今日のことで勝手に周囲を警戒してくれるでしょう」


 ガジェットはそう言うと、アイリーンに目を向けた。


「アイリーン。貴方は第三王女の淑女教育の予定でしたね? くれぐれも王女殿下には『悪漢に捕まった時に効率的に相手の小指を折る方法』とか教えてないように。事前に授業資料を私に提出すること」

「わたくしは淑女教育の一環として護身術を教えているだけです」


 彼女は過去に腹式呼吸から始まり、受け身の取り方、縄抜けの方法、鍛えられない人間の急所などなどを王女に教え込んでいた。婚約者にこっぴどく叱られたというのに、まだ懲りていないらしい。おそらく、彼女が敬愛する第二妃が笑いながら承諾しているのも要因だろう。

 ガジェットはため息をもらすと、アイリーンの肩に手を置いた。


「アイリーン、貴方が素晴らしい淑女であることは存じています。悪漢から身を守る術を得ることはもちろん大事ですが、まずは貴族達から心身を守る方法を覚えなくてはなりません。それは貴方にしか教えられないことです。誉れ高き私の白薔薇」


 ガジェットの熱い視線と言葉に、アイリーンの頬に赤みが差していく。


「いやですわ、ガジェット様! 殿下の前で!」

「本当だよ、このバカップル」


 ユリウスが呆れ気味に言うと、窓から見える夕陽を眺めた。


(さて、どうするかな……)



「お願いします、ガジェット様! どーしてもダメですか! 一目でもいいので、チャーリーに会いたいんです!」


 ユリウスのヴァイオリンの稽古の日、リィナは今日の配置の件についてガジェットに相談をしていた。


「リィナ、何度も言っているでしょう? ヴァイオリンの稽古に侍女が付く必要はありません。それに今日は毒見の練習です。仕事で美味しい食事が食べられる、貴方にとって嬉しい時間ですよ」

「うっ……それはそうなんですけど!」


 毒見の練習は、食事に毒を盛られるがそれと同時にシャルマの美味しいご飯が食べられる。毒は食べたくないが、彼の料理はリィナの楽しみの一つだ。


 しかし、食事とチャーリーを天秤に乗せたら、今回ばかりはチャーリーに軍配が上がる。


「黙って孤児院から移動して心配をかけたので顔の一つや二つ見せてあげたいんです!」

「リィナ、セイレン候の同行とはいえ、彼は王宮へ遊びに来ているわけではありません。貴女も彼の仕事の邪魔をしたいわけではないのでしょう?」

「!」


 そうだ。彼はまだ十四歳だが、仕事として王宮へ来るのだ。仕事の邪魔をするつもりはさらさらないが、リィナの我儘でチャーリーや殿下を困らせるのは本意ではない。


「それは……そうですけど」

「それとも、殿下の決定に何か文句でも……?」


 ガジェットが眼鏡越しに瞳を冷たく光らせ、リィナは背筋を正した。


「シャルマさんといい子にお留守番してます!」


 チャーリーと会える機会は今日だけではない。また日を見て会える機会を探せばいい。とはいえ、チャーリーに会えないことにしょんぼりしてしまうと、それを見かねたガジェットがリィナにレターセットを差し出す。


「え?」

「手紙であれば、すぐに渡してあげられます。あまり書く時間はありませんが……」

「……あ、ありがとうございます、ガジェット様!」


 リィナは紙を受け取り、その場で手紙を書き始めた。

 まずは孤児院を出たことを連絡しなかったことへの謝罪と。王宮で侍女をしていること。優しい同僚に恵まれて楽しく過ごしていることなどをしたため、ガジェットに渡した。


「中身を確認しても?」

「どうぞ!」


 ガジェットは手紙をさっと読むと、リィナに訝し気な視線を送る。


「リィナ、彼とは本当に恋人でもなんでもないんですね?」

「ええ。親友です。家族みたいなものですが……」


 そう答えると、ガジェットは苦笑して手紙を便箋に戻した。


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