第27話   神威の秘剣

 クラウディオスから放たれたもの――それはさながら、気の砲弾であった。


 まるで空気を押し潰して向かってくる気の砲弾に、進之介はすでに対処していた。


 不気味に回転する気の弾丸が放たれた刹那、進之介の身体は大きく横に跳んでいたのである。


 しかし、それでも躱すことが精一杯であった。


 気の弾丸は地面に伏せた進之介の隣を高速で通り抜けていき、奥の壁に衝突した。


 広場に浸透する強烈な破裂音。


 それは広場だけではなく、城全体に響き渡ったのかもしれない。


 それほどの威力が込められていた気の砲弾であった。


 一方、エリファスには何が起こったのか理解不能であった。


 ただ〝何か〟が衝突した奥の壁には球状の凹みができており、そこから葉脈のような無数の亀裂が何本も広がっている光景だけは見て取れた。


「う、嘘だ。僕の、僕の〈結晶煉弾〉が……」


 クラウディオスの表情からは完全に笑みが消え、わなわなと身体を震わせている。


 クラウディオスが唯一名づけたこの〈結晶煉弾〉は口内に高圧縮した空気の塊を作り、一気に対象に向かって吐き出すという強力な技であった。


 もちろん今まで誰にも躱されたことなどない。


 目視不可能な空気の塊を躱せる人間などこの世に存在しない。


 そうクラウディオスは自惚れていた。


 だからこそクラウディオスは激しく動揺した。


 〈結晶煉弾〉を一度使用すると、短時間であるが身体の動きが止まってしまう。


 身体に極度に付加をかけたときに生じるホムンクルス特有の禁断症状。


 誰よりも自分の身体を熟知していたホムンに、クラウディオスはこの技を使用した際の危険事項を説明されていた。


 ――絶対に対象に避けられるな。使用したら必ず当てろ。


 この2つの危険事項をクラウディオスは軽く考えていた。


 今まで闘ってきた人間なり猛獣なり、〈結晶煉弾〉はおろか単純な素手の攻撃ですら避けられない対象たちばかりだったからである。


 その中でも素手の攻撃に対応できる遣い手たちも何人かはいたが、それでも〈結晶煉弾〉を躱せる人間となるとまったくの皆無であった。


 ましてや、〈結晶煉弾〉を躱した直後に間髪を入れず反撃に転じてきた人間などいるはずもなかった。

「エリファス殿ッ!」


 進之介はエリファスに向かって叫んだ。突然声をかけられたエリファスは、戸惑いながら進之介に視線を向ける。


 進之介はエリファスに指を突きつけていた。


 エリファスは最初のほうこそ進之介が指を突きつけている理由がわからなかったが、それが自分ではなく何かを示していることに気がつくと、エリファスは辺りを見渡した。


 地面に何かが転がっていた。


 進之介に護身用として手渡されていた脇差である。


 進之介の脇差はエリファスを連行していた騎士の一人が没収していたのだが、先ほどのクラウディオスの奇襲を受けたときに地面に零れ落ちていた。


 進之介は脇差を拾ってほしいとエリファスに指を突きつけたのである。


 脇差はちょうどエリファスの斜め前に転がっていた。


 すかさずエリファスは脇差の元まで走りしっかりと拾い上げた。


 その間にも進之介は構えに入っていた。


 右手一本に持っていた〈神威〉を逆手に持ち返し、背中で隠すような異様な構えにである。


 進之介とクラウディオスとの距離はおよそ三間。十分射程内に入っていた。


 神威一刀流――秘剣〈神颪〉の射程距離にである。


 進之介は脇差を手に入れたエリファスに指示を送った。


「エリファス殿、それを抜いて宙に投げてくだされッ!」


 エリファスは一瞬躊躇した。


 剣を抜くことくらいはできるが、それを宙に巧く投げるなんてできるだろうか。


 迷っている時間はなかった。


 進之介は何かをやろうとしている。そしてそれは今しかない。


 なぜか今のクラウディオスは身動き一つできない状態であった。


 必死に身体を動かそうと努力しているものの、僅かに手足を動かすだけでその場に立ち尽くしている。


「エリファス殿ッ!」


「もうー、どうなってもしらないよ」


 エリファスは脇差を抜くと、勢いをつけながら両手で脇差を上空に放り投げた。


 綺麗に円を描きながら脇差が宙を飛ぶ。


 このまま落ちれば、着地点はちょうどクラウディオスと進之介の中間くらいに落ちるだろう。


「かたじけない」


 進之介は自慢の俊足を駆使して疾駆した。


 脇差が落下する場所を正確に見極めた進之介は脇差を左手で受け取ると、あろうことか今度は自分自身が右手に持っていた〈神威〉を宙に放り投げた。


 エリファスが投げた脇差よりも綺麗に円を描いて飛ぶ〈神威〉は、クラウディオスの頭上に計ったように落ちるだろう。


 偶然ではなく、間違いなく訓練された飛刀法であった。


「何をするのかわからないけど」


 クラウディオスは全身に巻かれた鎖を引き千切らんばかりに力を込めていた。


 それが功を奏したのか、あと少しで禁断症状から回復する兆しを見せていた。


 もはや一刻の猶予もなかった。


 進之介はクラウディオスの実力を決して甘くも軽くも見ていない。


 先ほどの〈結晶煉弾〉を躱すことができたのも、単なる偶然に過ぎなかった。


 故に勝機は逃さない。


 逃すつもりもない。


 進之介は左手に持っていた脇差を右手に持ち替えると、棒手裏剣を投げる要領でクラウディオスに脇差を飛ばした。


 まっすぐ直線には飛ばず、直打法のように弧を描いて飛んだ脇差は、クラウディオスの左太股に深々と突き刺さった。


 しかし、クラウディオスはまるで痛みを感じていない様子であった。


 クラウディオスの肉体は普通の人間とは違う。


 血液の代わりにオリハルコンの原液が身体中に行き渡り、各内臓器官に多大な影響を及ぼしている。


 それにより人体が無意識のうちに行う筋肉や骨格の制御運動を外し、常人以上の身体能力を発揮することも可能であった。


 そして、その活動には脳の働きが重要な役割を果たしていた。


 現に今もクラウディオスの太股には脇差が突き刺さっていたが、まるで痛みを感じていなかった。


 脳から多大に分泌した脳内麻薬が痛みの感覚を鈍らしているのである。


 だが実際は痛みを感じていないというだけで、身体的には影響が出ていた。


「あれ?」


 クラウディオスは満足に動けなかった。


 左太股に突き刺さっている脇差がクラウディオスの動きを見事に封じていたからだ。


 すべては進之介の狙いどおりであった。


 無手になった進之介は、走る勢いを殺さずにクラウディオスの頭上付近に向かって飛翔した。


 進之介は空中に飛びながら自分が投げた〈神威〉を両手で受け取ると、落下する速度と自重を利用しながら真下にいる標的に一気に振り下ろした。


 地面に足をつけた状態のときよりも何倍も威力が増す空中からの斬撃は、使用する術者の鍛え抜かれた身体能力と、標的までの距離を正確に計算した構想力。


 それに加えて、まず標的の足をその場に留めておくことが絶対条件であった。


 そして今の進之介は、この条件をすべて満たしていた。


「おおおおおお――――ッ!」


 名前の由来通り高き山頂より吹き荒れる神風のような斬撃〈神颪かみおろし〉は、クラウディオスの肉体に垂直に斬り下ろされた。

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