第8話   路地裏の謎の店にて

 ゼノポリスの中央大通りで騎士団の行列を目にしたエリファスと進之介は、今ではゼノポリスの裏通り――通称、掃き溜めの楽園と呼ばれる貧困街に辿り着いていた。


 入り組んだ路地裏の奥に存在していたゼノポリスの裏の顔。


 訪れる者は決まって犯罪に手を染めた人間たちである。


 時刻は昼だというのに、貧困街は昼夜が逆転しているのではないかと錯覚してしまうほどに暗闇に包まれていた。


 巨大な建造物がひしめき合って日差しを遮っているだけなのだが、まるで日の光自体がその場所を避けているような印象が窺えた。


 そんな貧困街で見かけるのは、地面に酒瓶を抱いたまま昏睡している中年の男や、年こそ若そうだが眼光を鋭く輝かせている少年少女たちともう一つ、 


「エリファス殿」


 進之介は建物と建物の隙間に向かって声をかけた。


「終わった?」


 建物の隙間から恐る恐る顔を出したのはエリファスであった。


 声をかけた進之介の右手には、襟元を摑まれて顔半分を大きく腫らした男がぐったりとしていた。


 貧困街は表の大通りとはまた違った活気に満ち溢れていた場所であった。 


 強盗や人殺しは日常茶飯事。


 珍しい武器の取引やアトランティスでは違法になっている麻薬の密売も平然と行われており、異国の人間に対しての金銭の強奪や年端もいかない少年少女の拉致監禁も日常茶飯事であった。  


「エリファス殿、目的の店はまだでござるか?」


 進之介は襟元を摑んでいた右手を離すと、男はそのまま地面に崩れ落ちた。


 これで金銭目的に襲ってきた人間を返り討ちにしたのは四人目であった。 


 建物の隙間から身体を出したエリファスは、すかさず進之介に近づいていく。


「私も路地裏の地理まではよく知らないけど、多分この近くにあると思うんだよ」


 エリファスはそう言いながら周囲を見渡すと、どんどん貧困街の奥へと突き進んでいく。


 進之介はエリファスの後にただ黙ってついていった。


 しばらく歩いていると、突如、エリファスが叫んだ。


「あったーッ!」


 エリファスは目的の店を見つけるなり、大声を上げて指を差した。


 その店は路地裏のさらに細い路地を通った奥にぽつねんと存在していた。


 進之介とエリファスの二人は目的の店先までやって来ると、石で出来ている縦長の建造物を見上げた。


 所々に亀裂が目立つ、蔦のような植物が何本も店の屋上から垂れ下がっている閑静な建物であった。


 進之介は入り口らしき扉の前に立つと、すぐ横の壁に目がいった。


 入り口の隣の壁には『カシミヤ』とだけ彫られた四角い木製の看板が取り付けられていたが、進之介には異国の文字を読めなかった。


「ここ……でござるか?」


 進之介が訝しげに建物全体を眺めていると、「うん、多分ここだよ」とエリファスはまるで自分の家のように店の中に入っていった。


 進之介は一通り店の外観を眺めると、エリファスに習って扉を開けて店の中に入った。


 鈴の音が軽快に響いた。


 店内は四十畳くらいの広さがあった。しかし店内を一望するなり進之介は首を傾げた。 


 左右の壁の前にある棚には埃がかぶった書物が無造作に並べられていたり、出入り口の横にあった丸い筒の中には異国の剣が何本も放り込まれていたりと、一見すると何の店なのかよくわからなかった。


 全体的にも四方の柱に取り付けられている蝋燭の灯火があるだけでひどく薄暗い。 


 進之介は店内を見渡しながらゆっくりと歩を進めた。 


 床はミシミシと不安げに鳴る木製の造りになっていて、奥には木机に両足を乗せて何やら書物を読むのに熱中している一人の老人がいた。


 茶色の鍔が付いている帽子を被り、白髪の口髭を生やしている小柄な老人であった。 


「あの……バンヘッドさんですか?」


 先に店内に入っていたエリファスが老人に話かける。


 老人は読んでいた書物からエリファスに視線を向けると、無愛想に呟いた。


「この店は子供の来店はお断りだ。表の看板に書いてなかったか?」


「書いてなかったと思いますけど」


「書いてなくても気づくものだ。いいからさっさと帰んな」


 エリファスがバンヘッドと呼んだ老人はもう興味をなくしたのか、再びエリファスから書物に顔を向きなおした。


 エリファスは肩にぶら下げていた鞄の中身に手を入れると、中から一枚の茶色の包み紙を取り出した。


「これ、見てください」


 エリファスは取り出した包み紙をバンヘッドに差し出した。


 バンヘッドはちらりとエリファスに視線を向けると、無言で包み紙を受け取った。


 包み紙を開けて中身を確認したバンヘッドは、見る見るうちに顔色が変わっていった。


「お前、グラムの娘か?」


「エリファスといいます」


 バンヘッドはエリファスの後ろでじっと立っていた進之介に視線を向けた。


「そっちの野郎は何者だ? 騎士……じゃねえな」


「あっ、か、彼は」


 エリファスが慌てて事情を説明しようとすると、バンヘッドは「まあいい、ともかく来な」と言って奥の部屋に入っていった。


「……だ、そうだから行こうか」 


 エリファスは頬を人差し指で掻きながら振り返った。


 進之介はバンヘッドが入っていた奥の部屋を見据えながら、エリファスに近づいていく。


「エリファス殿、この店はいったい?」 


 エリファスは「う~ん」と唸る。


「まあ、ひとまずついていこうよ。話はそれから」


 エリファスはそう言うと、そそくさと奥の部屋へ入っていく。


 進之介はもう一度店内を見渡すと、バンヘッドとエリファスが消えた奥の部屋へと入っていった。


 進之介が奥の部屋に入ると、バンヘッドとエリファスが丸い木で出来た酒樽らしき物の前に立っていた。


 どうやらこの部屋は物置部屋のようであり、ガラクタや中身がない酒樽がそこら中に転がっていた。


 こんな所で何をするのだ。


 進之介がそう思っていると、バンヘッドは目の前にきっちりと置かれていた酒樽の端を摑んでゆっくりと回し始めた。


 すると、バンヘッドが酒樽を回す回数に従い進之介の右側の壁がゆっくりと開き始めた。


 酒樽を10回も回すと、扉は完全に開いてもう一つの別の空間が姿を現した。


 これには進之介も驚いた。 


 進之介がいた江戸の武家屋敷にも隠し扉や隠し通路の一つや二つあることは知っていたが、カラクリ仕掛けで扉が開くのは見たことがなかった。


 そして進之介が隠し部屋の内装を見渡すと、これまた二重の驚きに見舞われた。


 隠し部屋は20畳ほどの広さであったが、この建物に入ったときに最初に見た店内とは比較にならないほどの清潔感があり、左右の壁の前に置かれている棚の中には高級感が漂う書物がきっちりと収まっていた。


 進之介が部屋の内装に見とれていると、バンヘッドは奥の木机に腰を下ろした。


 バンヘッドの後ろの壁には両刃の長剣や枯れ木のように細い細剣。


 取っ手が付いた鎖の先に棘付の鉄球が繋げてある珍しい武器や、左右に刃が付いている斧など多種多様な武器が取り付けられていた。


「それで、何が欲しいんだ?」


 商売口調になったバンヘッドの問いに、エリファスは正直に答える。


「後ろにいる彼の代えの服と、父さん……グラム・オリハルコンの情報をください」


 エリファスの言葉に進之介は眉を細めた。


 おりはるこん? 


 進之介の頭には街道で斬った盗賊――シムドと名乗った男が最後に口にした言葉が蘇ってきた。


 シムドは事切れる直前に進之介の〈神威〉を見るなり、確かにオリハルコンと口にしたのである。


「服なら脇の棚に積んである好きな物を着ればいい。デザインは期待するな」


 バンヘッドが部屋の脇に指を差すと、そこには平行な木机の上にどっさりと大量の服が山積みになっていた。


 エリファスは進之介の腕をポンと叩いた。


「じゃあ、さっそく着替えようか。服は私が見立ててあげる」


 エリファスの愛くるしい笑みに、進之介は「はあ」と頷くしかなかった。

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