第15話   入隊試験

 跳ね橋の上でいきなり門番の兵士に話しかけられたときは心底肝を冷やした進之介だったが、あらかじめバンヘッドとエリファスに偽の出自や経歴、近年のシャーセイッド大陸の事情を細かく教えてもらっていたからこそ助かったようなものだった。


 もしこれが進之介一人だったら間違いなく捕まっていただろう。


 いかに出自や経歴をあまり問わずに募集している入隊試験とはいえ、シャーセイッド大陸全域とアトランティスの現状も知らずに入隊を志願する人間は怪しさを通り越して不気味であったからだ。


「それにしても……」


 進之介は隣にいる黒髪の少年に視線を向けた。少年は茶色の鍔付の帽子を深々と被っており、地面に腰を下ろして進之介を見上げていた。


「まさかエリファス殿が男装をするとは思わなかったでござる」


 黒髪の少年はにこやかに笑った。


「えへへ、びっくりしたでしょ?」


 進之介の隣で座っている黒髪の少年は、実は変装したエリファスであった。


 今のエリファスは金髪を進之介と同じ黒に染めており、その染めた長髪をバンヘッドに貰った鍔付きの帽子の中にすっぽりと隠していた。


 そして格好はというと、ボタン付きの白シャツに太股の部分にポケットが付いている黒ズボンという同年代の少年が着るような服装をしていた。


 こうすれば年頃の少女は見事に少年へと変貌できる。


 しかし、エリファスが行った変装はこれだけではなかった。


 進之介の顔を下から覗き込んでいるエリファスの眼差しは明らかに碧眼ではなく、日本人の進之介と同じ漆黒であった。


 バンヘッドは万に一つの可能性を考慮して、エリファスに高価なアイ・レンズなる代物を手渡していた。


 それは眼球を保護する役割とは別に、瞳の色をまったく別の色に見せることが出来るという進之介には理解できない高価な代物だった。


 そのあまりの高価さゆえ最初は受け取りを拒否したエリファスだったが、今思うと強引に受け取っておいて正解だったと思ってしまう。


 跳ね橋の上にいた門番兵は進之介だけではなく、進之介の雇い主と言い放ったエリファスにも幾つか質問をしていた。


 雇い主に関しては上手くごまかすことができたが、その質問してきた門番兵はエリファスに鼻息がかかるほどの距離まで顔を近づけてきたのである。


 さすがに黒髪で碧眼の人間はこの大陸には存在していない。


 もしエリファスがバンヘッドの好意を無駄にしていたらどうなっていただろう。


 考えるまでもない。事情説明として連行されていたのは目に見えていた。


「バンヘッドさん、ありがとう」


 エリファスは両の手を胸の位置でしっかりと握ると、空を見上げながらバンヘッドに感謝した。


 隣にいた進之介も、色々と世話になったバンヘッドに心の中で頭を下げた。


 そうしている間に、広場には進之介たちの後ろで並んでいた志願兵たちがぞろぞろと集まってきた。


 進之介は背中を預けていた石壁から身を離すと、広場にいる全員を凝視した。


 広場に集まった志願兵たちは背丈も人種もバラつきがあり、身につけている武器や防具の種類も違う。


 身幅が厚そうな長剣を背中に掛けている人間もいれば、自分の背丈を凌駕する槍を掲げている人間もいる。


 その中には終始身体を震わせている小太りの青年や、軽く風が吹けば倒されてしまうくらい身体が細い男の姿も見て取れ、どうやら募集資格を問わないという看板に偽り無しという感じであった。


「シン」


 エリファスは志願兵たちを値踏みしていた進之介のズボンを軽く引っ張った。


 進之介はエリファスが何を言いたいのか気づいたらしく、エリファスが見つめている先に視線を向けた。


「全員集合!」


 5~60人の志願兵が集まっている広場に、よく通る声が響き渡った。


 志願兵たちは声を聞くなり雑談や素振り、瞑想などをピタリと止めると、声の持ち主の方向に駆け足で近づいていく。


 よく響く声の持ち主は銀色の髪を捲くし立てながら、手にしていた細身の剣を地面に突き刺していた。


 銀髪の男は女性のような顔立ちをしているが鋭い双眸が備わっており、全身が黒で統一された身軽な服装をしている。


 その銀髪の男の左右には3人ずつ、計6人の男が銀髪の男と同じ細身の剣を手に持ち、黒で統一された服装をして整列していた。


 そして銀髪の男を含め、7人の男たちは鎧の類は一切纏ってはいなかった。


 志願兵たちは緊張した面持ちで銀髪の男の下に続々と集合していく。


「シンも行ったほうがいいよ」


「わかり申した。エリファス殿は頃合を見計らって実行してくだされ」


「うん。シンも頑張って」


 エリファスは地面から重い腰を上げると、自分たちがいた城壁とは反対側の外壁に向かって歩いていった。


 エリファスが向かった先には、志願しにきた人間の保護者や付き人たちが寄り添うように固まっていた。


 その大半がこのゼノポリスに住む人間たちであり、自分の子供を軍に入隊させようとしている親や友人たちの集団であった。


 その中にエリファスは、何食わぬ顔で紛れ込んでいく。


 付き添いの人間たちはエリファスが手配人だとはまるで気づいていない様子であった。


 手の込んだ変装が功を成したこともあっただろうが、やはり気づかせない一番の要因はエリファスの態度である。


 一歩間違えれば命がない敵地において堂々と他人と話せるエリファスの度胸には、さすがの進之介も遠くで見ていて舌を巻いた。


 何気に隣の人間と会話をしているエリファスだが、本心では怪しまれないように心臓が踊るくらい緊張していることを進之介は知っている。


 すべては父親に会いたい。


 その思いのみで祖国を飛び出し、果ては命を賭けて敵の懐へと入るエリファスの覚悟。


 進之介は拳を固く握り締めた。


 大きく深呼吸をすると、肺の中に澄み切った空気を充満させる。


 脳と体内に十分な酸素が行き渡ると、進之介の身体は覚醒したかのように軽やかになった。


 命を賭けているエリファスを見習うべく、進之介も改めて覚悟を決めた。


 まずは目先の入隊試験に合格することが計画の大前提である。


 進之介は切腹を控える武士のような心境を噛み締めつつ、周囲の志願兵の中に溶け込むように足を進めた。


 志願兵たちは銀髪の男の三間ほど手前に集合した。


 集合したといっても全員が規律よく整列したわけでない。


 適当に各々の判断で無造作に固まっているだけである。


 志願兵たちが形なりでも集合したことを銀髪の男が確認すると、これから行う入隊試験の内容を高らかに説明しだした。


「今回の募集に集いし勇士たちよ。本日これよりそなたたちをアトランティス帝国の兵士に相応しいかどうかを厳しく吟味する。なお、これより行う入隊試験は一般の募集と異なる臨時で開かれたものである。審査するのはただ技量のみ。命まで落とさぬことは保障するが、その他に関してこちらは一切関与しない。そのことを踏まえた上で正々堂々と試験に臨んでほしい」


 集合した志願兵たちはざわつき始めた。


 銀髪の男が話した試験内容は最低限命を失わない保障はするが、その他――つまり、大怪我をせず五体満足で帰れることまでは保障しないという事柄であった。


 そんな試験内容を把握した志願兵たちの中には闘志を剥き出しにしている人間もいれば、早くも自分はこの場所にいることが場違いだと逃げ腰になっている人間もいる。


 もちろん、進之介は前者である。


 ざわついている集団の後方付近で両腕を組み、しっかりと銀髪の男を見据えていた。


 銀髪の男はざわついている志願兵たちを一瞥すると、追記の試験内容を説明した。


「ではこれより入隊試験を始めるが、その前に具体的な試験内容を諸君等に説明しておく。試験は私の左隣に控える白獅子騎士団の団員たちと手合わせをし、技量が認められればその場で即合格を言い渡す。使用する武器は特に問わない。諸君たちが各自持参した武器で存分に力を発揮されよ。ただし、故意または偶然でも相手の生命を奪った場合には即失格とし、内容如何によっては刑罰を与える。最後に、私が本日の入隊試験の指揮を務める白獅子騎士団団長のキース・ワグナーである。以上」

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