第14話 城内潜入
今日の天気は雲一つない清々しいほどの快晴だった。
近頃は東の領域を治めるポートレイとシェスタがこのアトランティスに宣戦布告したらしいが、城の者たちを始め、ゼノポリスに生きる民衆たちは特に気にしてはいない。
彼もそうであった。
この国には他国にはない特殊な金属が存在する。
その金属を加工して造った武器や防具は、そこらの国々の武器や防具とは比較にならない程の精度と強度を誇る。
だからこそ、東の国々が戦争を仕掛けてきたとしても特に気にはならない。
この国の騎士団たちが負けるはずがないのだから。
そんなことを気にするよりも、今日の仕事のことのほうが何倍も気になってしまう。
彼は門番兵であった。
頭には鉄兜を被り、上半身には鉄鎧。
右手には長槍を掲げて、次の交代時間まで正門を守護するのが仕事だった。
隣には同じ格好をした男がいるが、彼の同僚だ。
通常は二人一組で門番を務めることが決まりなのである。
そして彼ら門番兵が立っている場所は、跳ね橋の上だった。
普段は城に来客してくるのは各地の諸侯たちや貴族たちぐらいのもので、貴族たちは門番兵たちが一生働いても買えないような豪勢な馬車に乗って堂々と跳ね橋を渡ってくる。
たまに見ていて羨ましいと思ってしまうが、この世が平等でないことくらいわかっている。
人にはそれぞれ身分相応の生き方と仕事があり、こうして門の前で長槍を掲げているのが自分に相応しい生き方だと彼は思っている。
今日は快晴。
昼過ぎのこの時間帯は普段ならば特に目立った来客もなく、隣にいる同僚と他愛もない話で盛り上がるところなのだが、今日はそうもいかない。
なぜなら、今日は城内の広場で志願兵の入隊試験が行われるからだ。
来るべき戦争に備えて志願兵を募り、軍備を向上させるのが主な募集の主な名目だったが、彼は試験の真相を知っている。
近年、この国も海外に物資を輸出したりして表向きには豊かに見えるのだが、その実、職に溢れた人々が裏通りに住みついて犯罪が増大した問題も抱えていた。
そこでこの国の王は少しでも問題を解消すべく、わざわざ志願兵を募って職に溢れた人たちを救済しようと考えたのだ。
そんな王に彼は好意を抱いていた。
常に民を想ってくれている今の王がいる限り、この国が他国に負けるはずがない。
それに王はめでたく御結婚され、心身ともに充実している時期だ。
今この国はまさに『敵無し』と呼んでも過言ではないかもしれない。
だが、さすがにこいつらでは役不足だろうと彼はため息をついた。
彼の目の前には、様々な人間たちが自分を売り込もうと闘志を漲らせている光景が広がっていた。
その中には見るからに強そうな筋骨隆々な男もいれば、枯れ木のようにか細い身体で咳き込んでいる男もいる。
いくら王の好意で志願兵を募るとしても、まともに剣を触れないような人間たちが大半では話にならない。
それにあそこで震えているのは肉屋の息子のトーマスではないだろうか。
遊びが過ぎて勘当寸前とは知っているが、おおかた親に焚きつけられて志願したのだろう。
だが、今日の試験の教官たちは白獅子騎士団の人間たちだ。
怪我をしない内にさっさと帰ったほうが身のためだぞトーマス。
彼は志願兵たちを哀れむような目で見つめていると、その中で特に目を引く奇妙な二人連れを発見した。
それは隣にいる同僚も感じたらしく、何やら二人連れに対して色々と質問していた。
一人はさほど背が高くない黒髪の青年だった。
短く切り揃えられた髪に精悍な顔つきをしている青年は、白シャツに黒ズボンという普段着の格好をしており、腰に巻いている革ベルトには見たことのない細身の長剣と小剣を差して固定させていた。
顔つきからしてこの大陸の人間ではないのだろうと彼は思った。
そして、それは青年の話し方を聞いて確信に変わった。
同僚が青年に対して「どこから来たんだ?」と問うと、「拙者は江戸……い、いや、海を越えてきたでござる」と妙な言葉使いで青年は応対をしていたからだ。
それに気になったのはもう一人。
青年の隣で寄り添うようにしていた少年だった。
青年と同じ黒髪で格好も同じ白シャツに黒ズボン。
茶色の鍔付の帽子を深々と被っていて、見た感じ年齢は14、5歳くらいに見える。
話をさらに横から聞いていると少年は青年の雇い主らしく、今回の志願兵にぜひ青年を推挙したいからとここまで彼に付き添ってきたらしい。
わざわざ海を越えてまで志願しに来るとは見上げた根性だが、いったい何の雇い主なんだ?
結局、同僚は奇妙な二人連れを城内に通してしまった。
まあ隣で話を聞いていても特に変な回答はしていなかったので別によかったのだが、奇妙なのはその二人連れだけではなかったのだから堪らない。
彼は目の前で順番待ちしている志願兵たちを一望した。
ざっと見たところで志願兵は3~40人くらいはいる。
その大半が何を思って志願しにきたのか理由を問い詰めたい、身分不相応な人間たちだと判断できる。
伊達に10年もこうして城の最前線を守護する門番兵を務めているわけではない。
彼は素直に思った。
この中で試験に合格する人間は数人、そして五体満足で帰れるやつはほとんどいないだろうな……と。
アトランティス城の正門を抜けると、すぐ正面には城内に入るための正式な入り口が存在している。
普段から城で従事していない人間からして見れば、城の外観は心身ともに圧倒されてしまうような迫力に満ち溢れてくるだろう。
そしてその巨大な入り口の手前には左右に分かれる細長い通路があり、右側に行くと庭園へ、左側に行くと芝生が絨毯のように生え茂っている広場へと辿り着ける。
黒髪の二人連れは正門を抜けると、迷わず左側へと歩きだした。
所々で立ち番をしている兵士が道標になっているから迷いようがなかったが、予定のない場所を無闇に歩き回って拿捕されては元も子もない。
細い通路を歩き終わり、黒髪の二人連れは広場へと到着した。
広場の地面はよく手入れされた深緑の芝生が土を覆い隠し、100人の兵士が調練しても不都合がないほどの広さがあった。
すでに広場には数十人の志願者たちの姿があった。
志願者たちは各々好きな場所で瞑想に耽っていたり、自前の剣で素振りをしていたりと、必死に今回の入隊試験に合格したいという気迫が感じられた。
黒髪の二人連れは自分たちより先に到着していた志願者たちを一望すると、城に近い石壁に寄り添うように背中を預けた。
黒髪の少年が隣にいる黒髪の青年に話しかける。
「思いのほか上手くいったね、シン」
黒髪の青年はこくりとうなずく。
「まさか、ここまで上手くいくとは思わなかったでござる」
黒髪の青年こと進之介は、この広場に来たことでやっと張り詰めていた緊張が解けたらしく、長い息を吐き出して呼吸を落ち着かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます