第7話
中間テストが終わり、なんとか自分なりに頑張ったおかげか全員がいつもよりも点数は高かった。クラスの中でも一番高い点数を取ったのが春川で、学年でも二位の九十八点。やはり親子なのか、頑張れば点数が取れるのだろう。二年生で最初の範囲は現代文の中でも比較的、小説という簡単な分野だったけれども、九十八点という数字は立派だった。
前任の先生から聞いていた限りでは、提出物などは遅れることなく出すし授業にも真面目に取り組むけれども、別に春川は元々は勉強が好きでもなく目立つほど得意でもなかったはずなのだが頑張ったのだと思う。テストを頑張ったことを褒めてあげたいという気持ちはありながらも、どうしても春川を褒める自分が、愛璃を好きだったころの自分に重なってしまい、照れくさい。
中間テストが終わってからも、なんだかかんだで僕は愛璃と一緒に勉強をするようになった。これまでは愛璃がなにかわからないことがあれば僕に質問にきて勉強会が始まっていたけれども、テストの後はどちらから言うわけでもなく時間を合わせて勉強をするようになった。
もともと、中学生ながら部活動にも参加せず勉強を優先していた中でなかなか同じように勉強をしてくれる人がいなかった。だからこそ、教える楽しさを初めて知ったしそのおかげで今回のテストで見直した時に自分のケアレスミスに気が付けた。利害関係が一致し、なおかつ僕はそのころにははっきりと愛璃に対して好意をいだいていたから、ここから僕らは共に過ごす時間が増えていくことになる。
それが、僕と愛璃の付き合いの始まりだった。
普段からわからないことがあれば連絡され、それを教える。テスト一週間前になると部活動が全て休みになるから一緒に図書室で勉強する。その他にも夏休みなどの長期休みには市の図書館や近くのカフェで二人で勉強し、そのまま二人で休日を過ごすこともあった。
数えてみると週に二回は愛璃と共に勉強をしていた。それをしていくうちに、かつては愛璃の見た目だけに惹かれていたけど、僕はどんどんとその感情を大きくしていった。愛璃と一緒にいると、楽しい。一緒にいられるだけで嬉しい。それに、一緒にいるだけで胸の中に温かい気持ちがあふれてくるのだ。そんなことは初めてで、間違いなく初恋だと思えるほどに大きな感情が自分の中にあった。それは愛璃も同じだったと後になってからはわかったけれども、自分にはわからない。
自分をクラスメイトとしてただ勉強を教えてくれるだけの人か、それともそれ以上の何かを感じて、思っていてくれているのだろうか。そんなことばかりを考えてしまい、勉強が手につかなくなった。テストが終わった直後だったからよかったものの、どんどんと勉強の時間を愛璃のことを考える時間に代わっていき、そして愛璃のことが好きなんだと自覚していった。
僕はやっぱり勉強を教えるのが好きだったし、愛璃も僕にわからないところを聞くのが好きなようだった。ただ、僕はどうしても勉強以外で出かけようとはなかなか誘えなかった。いろいろと愛璃としてみたいことはあったのに、その思いだけが心の奥に深々と募っていった。
しかし、ある土曜日。この日はすることもなくて、僕は家で一人で勉強をしたりテレビを見たりしていた。親は共働きで休日出勤だったから家の中には僕しかいない。そんな家に、誰かがチャイムを鳴らしている音が鳴り響いた。宅配を頼んだ覚えもないし、来客の予定もない。
誰だろうと思って玄関を開けると、そこにはテニスラケットを手にした愛璃が立っていた。いつもは部活が休みの土日でもテニス部の同級生と繁華街で遊んだりしているから僕の家にまで来るのは珍しいことだった。
白を基調としたシャツに水色のショートパンツ、それに黄色のラインが入った白のスニーカーを履いていた。普段の姿を制服と体操服、たまに休日でも会うことはあったけれどもその中でも特にお洒落な服装だった。愛璃の魅力が良く表れている。その姿に僕は少し見惚れていると、愛璃がじとっとした目でこちらを見ているのに気が付いた。
「ねえ、何をじろじろ見てるの?」
どうやらいつの間にか愛璃のことを観察するように見てしまっていたらしい。僕は慌てて目をそらす。僕のその態度に、愛璃はあははと笑うと肩から提げていたラケットで頭を軽く小突いてきた。どうやら気にしていないらしい。
「ねえ、暇でしょ。ちょっと運動に付き合ってよ」
そう言いながらラケットを渡される。どうやら暇ならテニスの相手でもしろということらしい。断る理由もなかったから僕はそのままテニスコートのある近くの公園まで案内することになった。
公園は休日の昼間ということもあり、そこそこ人はいた。子供が元気よく遊びまわり、高校生らしき人達がバスケットボールをしている。僕はテニスなんてこれまでやったことがないからどうすればいいのか全く分からなかった。愛璃はラケットを僕に渡すと、軽く伸びをする。僕もそれに合わせて準備運動を始めた。しかし、勉強をするために机に向かっていたからか体は凝っていて動かすたびに身体の内側から音が鳴る。
「いや~硬いね。そんなんじゃ、将来は肩こりとか大変だよ」
愛璃は僕に近づいてきたと思うと、そのまま背中や肩をぐりぐりと押してきた。
「痛い、痛い」
だけれども、そんな僕の事情なんて関係ないとばかりに楽しそうにぐいぐいと押してくるものだから、僕もつい笑みがこぼれてしまう。確かに痛いはずなのに、愛璃が僕の体に触れているという事実が痛みを和らげてくれた。そんな僕の反応を見て、愛璃も安心したように笑ってくれた。
「じゃあ、いくよ」
そして、そのまま二人でラリーを始める。もともと運動の苦手な僕が上手く返せるわけもなく、ボールはあっちこっちに飛んでいってしまう。それをするたびに愛璃は笑ってくれたおかげで変に緊張したり委縮することなくできた。
愛璃は僕よりもずっと上手で、こちらの打ちやすいところに返してくれる。だからこそ、時間が経ってくれば僕もラリーを続けられることができたし、しばらく続けるうちに段々とボールを返すタイミングが合ってきた。
愛璃の振るラケットの先がはっきりと見えるようになってきた。これなら返せる気がする。そう思っておもいっきり気持ち良く振ったところ、僕の力加減のせいなのか思っていたよりもボールは強く飛んでいってしまい愛璃を通り過ぎて背後に落ちる。
さすがにこれは処理できなかったのか愛璃は文句を言いながらも楽しそうにそれを追いかけていった。
コートの端に落ちたボールを、その柔らかい体を折り曲げて拾う。ただ、その瞬間だった。いや、これまでも何度か試合中に見えていたはずなのに体を折り曲げたせいで彼女の穿いているアンスコが見えた。いや、これは見えるものだからと暗示をかけてもなぜかその時の僕にはひどく魅力的に見えた。
真っ白な太もも、薄い布地越しに見えるお尻の柔らかそうな肉。それに気をとられてしまい、僕は持っていたラケットをつい落としてしまう。ラケットは地面にぶつかって倒れ、僕の膝に当たってカツンと音をたてた。
その音に気が付いて愛璃は顔だけこちらを向いたが、自分の穿いているものを僕が見ていたことに気が付くと慌てて手で隠そうとする。ただ、しゃがみ込んでいるせいでうまく隠すことができないようだった。顔を真っ赤にしながらこちらを見てくるその姿を見て、僕もなんだか恥ずかしくなってきてしまう。そしてそのままお互いに顔を真っ赤にして黙っていた。やがて、愛璃は何も言わずにラケットを拾うとコートへと戻ってくる。
お互いになんて言うべきかわからず、黙々とテニスをしていた。
「お疲れ様、その……ありがとう」
しばらく続けた後、休憩していた時に愛璃から声をかけられる。その顔はまだ少しだけ赤い。僕ももちろん顔は赤くなっていただろうと思う。それは運動していたからというだけではなかったけれども、お互いにそれを言い出しはしない。
付き合わせたお礼の気持ちかはわからないけれども、コートに隣接している自動販売機で買ったスポーツドリンクを手渡された。そして、二人でベンチに座って休憩をする。しばらくそのまま無言でいたけれど、何かを思い出したかのように愛璃が口を開いた。
「あのさあ、さっき私のアンスコ。じろじろ見てたよね」
わざわざ掘り返すように言われてしまい、僕は恥ずかしさのあまりに思わず下を俯いてしまう。それを見て、愛璃は楽しそうに笑った。どうやらそこまで気にしてはいないらしい。ただ、にやにやと僕のことをいじるようにじろじろと顔を覗き込んでくる。
先ほどアンスコをじろじろ見ていた恥ずかしさと、好きな人に顔を近づけられていることへの興奮があった。先ほどまで運動していたからか、鼻息は少しだけ普段よりも強く僕の顔へとぶつかり、体からは熱が放たれている。
「いつも勉強教えてくれるお礼に、なんでも一つだけならいうこと聞いてあげるよ」
愛璃はそう、僕の耳元にささやいた。勉強を教えるお礼に何か一つ願いごとを聞いてくれるらしい。愛璃はおそらくそこで僕がエッチなお願いをするんじゃないかとおもっていたんだろうけど、僕が愛璃に対して何をお願いするかなんてことは考えるまでもなくすぐに答えが出た。だから、僕はその言葉に頷いた。
「じゃあ、僕と付き合ってほしい。好きだ」
生まれて初めて、僕は愛の言葉を紡いだ。しっかりと言えたのか、唇は震えて上手くそれが聞き取れるようになっていたかわからない。そんな言葉に、愛璃は少し驚いた顔をしたけれどもすぐにその意味を理解してにっこりと笑った。
「はい、よろしくお願いします」
これが僕の人生で初めての恋で、初めての交際だった。
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