第17話
私がそれからどれくらいの時間、ブランコを漕いでいただろうか。日が完全に落ち切ってから帰った気がする。ぼんやりとしたままお母さんの作ったご飯を食べて、お風呂に入って自室に戻る。きっとみんなからいつものようにメッセージが来ているんだろうけれども、それに触ろうとは思えなかった。自分から何かを発言したいという気持ちはなく、それをすると言わなくていいことまで言ってしまいそうだった。ただただぼんやりと、ネットに転がる情報を眺めている。
その時だった。スライドしていた記事の広告部分にひどく魅力的なものが映った気がした。何も考えずにそれをタップすると、別のページに移動する。そこには白黒の漫画で、眼鏡をかけた男性と幼い女の子が裸のままで抱き合っている画像が映る。
「はぁ」
なんだいつものかと元のページに戻ろうとした瞬間に、それが自分の意志ではないはずなのに手が止まった。別にその絵はそこまで綺麗なわけでもないのに、惹かれたのはその男性がなんだか浅野先生に似ていたから。いや、違うと思っても視線はどんどんその絵の体に向かっていく。いたいけな少女を抱いて吐息を漏らしながら顔を赤らめる浅野先生に似た男性の絵が、私にはあまりにも魅力的だった。
緑色の購入して続きを読むというボタンが、すごく魅力的だった。自分の右手はその漫画のせいかどんどん下半身のほうへと伸びていき、自分の体とは別に動いているようだった。へその下に中指の先にぶつかり、変な声が漏れる。しかし、それは全く止まらない。
もうどうしていいかもわからずに、私は自然と緑色のボタンを押していた。それがどうやって購入されているのかなんて知らないけれど、私のスマホは勝手にそれを購入したようだった。それと同時に、なんだか一気に冷静になって我に返る。
私は今、一体何をしようとしていたのだろうか。私は間違いなくあの絵の男性に浅野先生を連想し、それを欲してしまったのだ。いや、そもそもこの絵の男性も浅野先生に似てるから購入を決意したわけだ。急に冷静になるままで、右手だけがそこに触れる。急に冷えた体の中で、指先だけが熱を持っていた。私は今、何をしようとしていたのだろうか。浅野先生の顔が、あの時、お酒を飲んでいた時に見た先生の顔がぼんやりと浮かぶ。夜のせいか、酔っぱらっていたせいか、それとも自分が傷ついていたせいか、先生はあまりにも格好良くてどくどくと心臓が鳴ったはずだった。亮斗には、他の男子には感じたことのない大きな感情があの時の私には確かに存在していた。私は今、何をしようとしていたのだろうか。浅野先生に抱かれる自分を想像したのだろうか。それとも、浅野先生を妄想して自慰をしようとしたのか。あの絵の男性が浅野先生に似ているのが悪いんだと誰かに言い訳をしながら、購入が終わったその漫画を開く。
内容は、男性教師が教え子の女子中学生と体で結ばれる話だった。先生は確かにその中にいる男の人に似ている、だけど私ですらも全く、髪型も顔つきも違うはずなのに絵の中にいる女子中学生と重なってきた。自分の指なのに、絵の中の女子中学生が先生に攻められて甘い吐息を吐き出す度に私の口からも同じ音が漏れる。それは自分が出している声だと理解しているのに、私はその絵から目が離せなくなっていた。男性教師が女子中学生の耳元で何かを囁くと、女子中学生は顔を真っ赤にする。それだけでもう、私の体は熱くなっていた。浅野先生の声が、脳の中を流れる。きっと今の私は、絵の中の女子中学生と同じくらいに顔を赤くし、涙を浮かべているのだろう。自分でしているくせに、まるで先生にされているかのような錯覚に陥りながら私はその漫画を読み進めていく。それと同時に、指が深く自分の中に沈んでいく。それと同時に、私の体はもっともっとと浅野先生を求めだしている。先生の声で、先生の体で、私のことを求めてほしい。そんな欲求を漫画の中の先生が満たすたびに私は静かに吐息を漏らす。そして、私は自分の指で絶頂を迎える。漫画の中の女子中学生は、先生に抱かれながら絶頂を迎えた。それと同じように私の体もびくりと跳ねて、そのままベッドに倒れこむ。
ぼんやりと天井についた電灯を眺めていると、とたんに背中が冷たくなってきた。自分は何をしていたのだろうという思いに駆られた。私は、何をしていたのだろう。どうして、浅野先生で。そもそもどうして浅野先生のことが頭から離れないのだろう。私はついさっき亮斗からの告白を断ったばかりなのに、今はこうして浅野先生のことを思い浮かべながらオナニーをしていたのか。
わからない、わからないけれども再び左手は漫画の続きを読み進め、濡れたままの右手は再び自分の制御を振り切って再び下半身のほうへと向かう。どうして私は、浅野先生を求めているのだろうか。そんなわからない思いのままに、再びその行為に及ぶ。激しく音がなり、隣の部屋にお母さんがいるとわかっているのにそれでも止まらない。溢れそうな声をなんとか押し殺しながら、ぼんやりと小さな携帯の画面を眺めながら私はまた絶頂を迎えた。
「先生……」
終わって急に体が現実の感覚に引き戻されると同時に、そんな声が漏れた。
「相談したいこと?」
僕は再び、春川に時間を取ってもらえるように頼まれていた。別にそのことが嫌なわけではないけれども、立て続けに相談されるといろいろと心配にもなる。春川は真面目で、しっかりと両親の離婚も受け入れて大岩にも返事をしたと報告を受けていたがそこからまた数日のうちの出来事だからだった。
「そうなんです、実はお母さんの事なんですけど」
愛璃の顔がぽんと自分の頭に浮かんだ。なぜか、その顔は浮気の相談を受けた時の愛璃ではなくて中学の頃、自分の恋人でいたときの愛璃だった。遠い記憶で煙草の煙を買いした先にいるようにぼんやりとした存在だけれども、その時だけはくっきりと浮かんだ。
「お母さんがどうしたんだ。その、離婚のことでまた何かあったか?」
離婚というのはそれなりに大変だと聞いたことがある。純粋に家族としての関係を失うだけでなくて、一人親への支援や希望する人は苗字の変更など様々な部分がふりかかる。
「いや、離婚は成立したみたいです。ただ、お母さんが最近は夜中に家にいなくて」
「家にいない?」
僕が聞くと春川は少し顔を赤らめて言う。
「電話しているところを聞いてしまったんですけど、どうやらお母さんはいろんな男の人と遊びに行っているみたいで。それもいつも電話先にいる男の人が違うみたいなんです」
春川のいうところ、つまりは愛璃は離婚のストレスから男遊びに走ったのか。浮気をされた身として悔しいとかそういうこともあるかもしれないけれども、どうしてもそれは思春期の女の子親としては悪影響を与えかねない。おもったよりも深刻な問題かもしれないと認識を改める必要があった。
「わかった。春川はそれが嫌なんだな」
少しの沈黙を挟んで、春川は話を始める。
「その、お母さんにもお母さんの人生があるっていうのはわかってるんです。浮気されてすごく辛かったし、それを男の人が埋めてくれるのならいいかなって。でも、その保健体育で習ったみたいなことをお母さんと顔もしらないような男の人がしているって思うとどうしてもなんだか気持ち悪くて嫌なんです」
「そうか、話してくれてありがとう。もちろん、僕もお母さんにはいろいろと一人で抱えているものもあると思うし、できる限りはその想いを汲んであげたい。ただ、やっぱり春川にそんな風に思わせるのは良くないし、そこはしっかりと僕から話そうと思う」
自分は離婚も浮気もしたことがないから両方の気持ちはわからないけれども、過去にも男遊びとまではいかなくても親の再婚に対して悩む子はいた。デリケートな問題だけれども愛璃自身の問題も解決しないといけない。春川もそれを望んでいる。
「すみません、こんなことまで」
「いいんだよ。僕も教師である前にやっぱり春川のお母さんには心配している。できることなら、この問題を解決して春川もお母さんも幸せに過ごせるような方へと解決したい。そのために僕ができる限りのことをするとは約束する」
「ありがとうございます、なんだかすごく安心しました。でも、心配だから指切りしてくれませんか。すごく、先生の言葉は落ち着くんですけど、安心したいんです」
「わかった。ほら」
僕が小指を差し出すと、春川は指を絡めた。しっかりと強く握ると、なんだか指が震えはじめる。驚いて顔をあげると、春川は泣いていた。
「大丈夫か?」
「はい、なんだか緊張がきれたみたいです」
僕はその言葉に納得し、ポケットティッシュとハンカチを差し出す。春川はものすごく純粋な子だから、両親の親であるまえに大人で一人の人間であることに直面していろいろと感じることもあるのだろう。どうしても人には飲み込んで咀嚼することができない事態はある。ただ、やさしさのせいでその人が傷つくことはあってはいけない。
「えらいぞ、しっかりと話してくれて」
「はい、じゃあもう少しこのままでいてください」
僕は仕方なく、そのまま指を繋いで春川が涙を拭い着るまで待っていた。
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