現代死霊術師と従徒たち -lost days and coming new dawn-

しばふ晶彦

序章 其ノ一 在りし日々

第一話 家族旅行へ


 

 冬が過ぎて春に入ったばかりのまだ肌寒い季節。俺の体はふらふらと揺れていた。つい先程まで飛行機に乗って大空を飛んでいたからだ。

 人生で初めて乗ったせいかもしれない。体がまだ地上であることを認識しきれず、足元が浮いている感覚を忘れられない。

 

 手荷物受取所で預けていた荷物を受け取り、覚束ない足取りで出口へ向かう。上の案内板を見て到着ロビーと書いてあったから、目先の場所が空港の玄関口になるんだろうな。

 荷物を引いて前に進むと広い空間に出る。出発時刻表が書かれた大きな電光掲示板が視界に入る。一息吐いて周りを軽く見渡す。周囲には俺と同じように空の旅路を終えた人々で溢れている。

 到着ロビーから次々と外へ流れていく多くの人の姿から、都会の忙しない日常を垣間見た気がした。


 「……っ」


 体がふらつく。キャリーケースのハンドルを掴んだまま、堪まらずしゃがみ込む。あまりの人の多さに酔ったのかもしれない。気持ちを落ち着かせるべく、ゆっくりと下を向く。

 ……ここでエチケット袋は勘弁願いたいな。そんな取り留めもないことを考えてぐったりとした。するとガラガラと音を立てながら、誰かがこちらに近付いてきた。


 「あっはっは。初めてのフライトは中々、キツいだろう憂人ゆうと


 「ふふっ、大人しいと思ったら真っ青な顔をしていたんですもの。苦しいときはちゃんと言わなきゃダメよ」


 聞き覚えのある優しげな声に釣られて、後ろを振り返ると荷物を引いた両親が近くに立っていた。

 

 大笑いしながら俺を気遣っているのが父の相田光あいだみつる。百八十センチメートルを超える長身で体はよく引き締まり、爽やか系の甘い顔立ちをしている。

 柔らかく微笑んでいるのは母の相田愛奈まな。百五十センチメートルの小柄でメリハリのついた魅力的な体型をしている。切れ長の二重で黒髪の長さは肩にかかるくらい。上品でいつもお淑やかな雰囲気を醸し出している。


 「ごめん。父さん、母さん」


 しゃがみ込んだ姿勢のまま、両親に謝意を述べる。母さんはキャリーケースに凭れ掛かる俺の傍まで近付くと背中を優しく摩ってくれた。


 「ほら、立てるかい憂人?」


 母さんの分もキャリーケースを運んできた父さんは俺の目の前に立ち、荷物から手を放すとこちらに手を差し出してきた。


 「うん、ありがとう。父さん、母さん」


 差し出された手を握って立ち上がる。若干の気持ち悪さは残っているが動けない程ではない。慣れない人集りの中でようやく気分は落ち着いてきた。


 「憂人も落ち着いたみたいだね。さて、荷物は僕が預かっているから二人はトイレに行っておいで。迎えが来るまで多少、時間が掛かると思うから」


 「分かった」


 父さんの言葉に甘えてトイレに向かう。俺は歩きながら、ここに来るまでのことを思い出していた。




◇◇◇

 

 それは丁度、地元の中学校を卒業して間もない頃だった。春休みに入って数日が経ったある日、俺は進学する前の羽休めとしてゆっくりと英気を養っていた。

 

 『いやあ、実感湧かねー。本当に中学校卒業したのか、俺ら?』

 

 「目の前の卒業証書を見れば嫌でも理解できるさ」


 俺は幼馴染の竹林透たけばやしとおるとゲームをプレイしていた。頭に付けたヘッドフォンを通して会話をしながら、画面に集中する。

 遊んでいるのはFPS一人称シューティングと呼ばれる対戦型ゲーム。遊ぶプレイヤーを等分して二つのチームに分ける。そして分かれたチームで倒した数を競い合うというシンプルなルールだ。


 『そうなんだけどよ。三年間なんてあっという間だったなって』


 「確かに。学校に通っていたときは一日が長く感じていたのにな」


 いつもは高校進学に向けて高校で習う科目を予め学習したり、体作りの一貫として筋トレやランニングを行っている。

 ただ、透からゲームの誘いを受けて久し振りに交流を楽しんでいる。息抜きも兼ねている為、勉学で疲れた頭を休めるには丁度いい。ちなみに透は幼稚園から小、中学校まで同じの付き合いの長い友だちだ。


 『そうそう。まあ、もう一回中学生やれって言われても断るけどなっ』


 「逆転勝利だ、やったな! 相変わらず上手いな透」


 『へへっ、どうだい。やっぱり勝つと気持ちいいぜ!!』


 自チームが殆どやられて俺と透の二人しか残っていない状況。そこから人数有利な相手チームを一方的に倒し切った。一人で的確に敵を倒していく透の判断力は凄かった。  

 俺たちは勝利した余韻を味わいながら、ゲームロビーに戻った。

 

 『……なあ、憂人。今度、一緒に出かけないか? 春休みだし、アイツらにも会いたいしさ』


 おもむろに透は話し出した。どうやら中学を卒業した同級生に会いたがっている様子だ。

 俺たちのいる地元はそこそこ大きな場所だが、少子化の影響で学生の数が少なくなっている。同級生たちは小、中学校と同じクラスで顔馴染みのような関係だった。ただ、地元を離れて別の高校に行く奴がいることは知っている。

 だから透は寂しがっているんだな。仕方ない、全員と気が合うわけではないから、あまり気乗りしないが行くしかないだろうな。


 「いいよ。ただ、予定が入るかもしれないから、そのときは日を改めてくれれば」


 『よっし! まあ、俺も春休みの前半は家族旅行に出掛けるからさ。後半は空けといてくれな』


 「分かった。ちゃんと空けとくよ」


 『うーし。それじゃあ、ぼちぼち落ちますか。憂人お疲れー』


 「ああ。お疲れさま、透」


 ボイスチャットを切ってゲーム機の電源を落とす。付けていたヘッドフォンを机に置いて、大きく伸びをする。

 椅子に凭れかかり、一息吐く。スマホを見ると時刻は夕方の六時を指している。かれこれ二〜三時間は遊んでいたみたいだ。やっぱりゲームは楽しい分、多くの時間を取られるな。


 「憂人ー。お風呂沸いたから早く入りなさい」


 「分かったー」


 近くから聞こえてきた母さんに返事をして部屋を出る。そのまま廊下を歩いて階段を降りる。一階に着くと鼻歌が聞こえてくる。リビングを覗くとキッチンで楽しげに調理していた。

 母さんのご機嫌な様子を尻目に浴室へ向かおうとすると、“ピンポーン”とインターフォンが鳴る音が聞こえた。誰かが家を訪ねてきたようだ。宅配業者だろうか? 踵を返して玄関に向かう。

 ロックを外して玄関を開ける。そこには久し振りに顔を合わせるスーツ姿の父さんが疲れきった様子で立っていた。


 「やあ、ただいま。憂人」


 「おかえり、父さん」


 「愛奈はいるかい?」


 「うん、キッチンで調理してるよ」


 「そっか、家に上がらせてもらうよ」


 父さんはさっさと靴を脱ぎ、嬉しさを滲ませて足早にリビングへ移動した。俺は玄関を閉めてロックを掛けるとリビングに戻った。


 「ただいま、愛奈」


 「おかえりなさい、光さん」


 二人は挨拶を交わすように抱擁していた。

 父さんは会社を経営していてその忙しさから、家に帰ってこれない日が多い。そんな父さんが珍しく家に帰ってきて、口にしたのが“東京へ家族旅行に出掛けよう“だった。


 「東京へ家族旅行?」


 「そうさ。仕事の都合で中々、家に帰れないことが多かっただろう? だから思い切って休みを取ったわけさ」


 父さんは仕事帰りということもあってか、空元気に鞭打つように口早く喋った。


 「相田カンパニーの創業者である光さんが突然、休みなんて取ってこれるのかしら?」


 疑問に思ったことを母さんが聞いてくれた。

 相田カンパニーは関西を中心に事業展開を行っている企業だ。元々、情報を取り扱うブックメーカー予想屋を主体とした事業形態だったが、稼いだ原資を元手に事業を拡大。農業、工業、商業と様々な分野に手を伸ばし、日本中に広く知れ渡るまで成長した。


 「ええと会社が出来てから、そこそこ時間も経ったと思うんだ。部下も仕事に慣れてきたわけだし、休みを取っても大丈夫かなと」


 元々、会社勤めだった父さんは商社マン時代に海外赴任を命じられて、欧米から中東と国々を転々としていたらしい。

 家族の為と我慢しながら仕事していた父さんだったが、ある時期を境に辞職することを決心した。本人が言うには家族との時間を設ける為だったらしい。

 フリーになった父さんは海外で得た経験と知識を元に会社を立てて、現在の相田カンパニーを作り上げた。


 「でも、光さんがいきなりお休みを取れる程、会社は落ち着いているの? …まさか、人の上に立つ者が部下を言い包めて自分の都合を優先した、とは言いませんよね」


 「──ちっ違うんだ、ちゃんと部下を説得、じゃない。…話し合って、そう! 東京に支社を作る為の視察だよ! うんうん、そうだ。やっぱり、トップ自ら現地視察したほうがスムーズに物事を動かせるからね」


 「ふふふ。では、部下の活躍の場を奪った。ということでよろしいですね?」


 「…は、はい。すみませんでした」


 盛大に自爆した父さんは、微笑みながらも目は笑っていない母さんにこってり絞られていた。

 母さんは元々、とある名家のお嬢様だったらしく父さんと結婚するまで、それはそれは長い道のりがあったらしい。

 幼少期から叩き込まれた貴人としての振る舞いは、俺を産んでも変わらない。度々、父さんの言動を見てはを言っている。


 「ふふっ、ごめんなさい。少し言い過ぎました。あなたのしゅんとした姿を見ていると、お母様がお父様を叱っていた、あの頃を思い出してしまって」


 「愛奈……」


 母方の祖父母、母さんの両親は俺が物心つく前に亡くなった。

 お祖父さんは厳格な人だったと聞いている。母さんを愛して必死に努力していた父さんのことを娘に集る蝿のように嫌悪していたらしい。

 逆にお祖母さんは、お祖父さんの罵詈雑言に耐えて直向きに努力する父さんを見て、陰ながら応援していたみたいだ。


 父さんの頑張りが認められて結婚を許されたとき、祖父母は一切の協力を惜しまなかった。

 特に会社設立の際には、一番の助け舟を出す程だったらしい。実際、父さんの築き上げたコネクションを円滑に利用できたのも、祖父母の助力がとても大きかったようだ。

 そんな事もあって父さんや母さんにとって亡くなった祖父母は家族であり、かけがえのない恩人ということだ。


 「愛奈。実はただ、旅行に行きたいだけじゃなくて屋敷へ行きたいんだ。憂人が産まれてから随分、向こうへ顔を出せてないしさ」


 少し、しんみりとした雰囲気を変えるように、父さんは穏やかに母さんへ語りかけた。


 「あなた……。ふふっ、そうですね。あれから時間も経ちましたし、いい頃合いなのかもしれませんね。分かりました。久し振りに屋敷へ参りましょうか」


 過去を懐かしむように物憂げだった母さんは父さんの言葉に応じるように、いつものお淑やかな雰囲気に戻っていた。


 「よし! じゃあ、屋敷にはすぐ向かうとしてどう回るかだね」


 「なら、名所巡りなんてどうでしょう? 定番ですけれど外れはなくて、それなりに満足できると思うわ」


 「うんうん。憂人はどこか行きたい場所はあるかい?」


 「じゃあ、適当にショッピングモールとかでいいんじゃない。都会だし、時間も潰せると思うよ」


 「そういえば憂人が小さかった頃、建設されたばかりのショッピングモールに行きたいって駄々を捏ねていたわね。大人しかった憂人のわんぱくな姿を見れてわたしはとても嬉しかったわ」


「──っ、母さん!? その頃の俺はまだ六歳だよ! はしゃぎ回っても仕方ないじゃないか…」


 あらあらと揶揄うからかように笑う母さん。六歳なんて大抵、腕白かワガママじゃないか。全く…。


 「あっはっは、いい案じゃないか。名所を巡りながら、じっくりと観光を楽しむのも旅行の醍醐味。この際だ、沢山の土産を買わなきゃな。勿論もちろん、部下たちにも!」


 「あなた。仮にも視察に行くと言っているのですから、子供のように浮かれてはダメですよ」


 「愛奈〜 さっきのことは水に流しておくれよ〜」


 「ぷっ、はっはっは」


 暖かい日溜まりの中にいる。そう思う程、穏やかで平和な日常だった。これからもずっと大好きな二人と一緒に人生を謳歌していくのだと思っていたんだ。

 

 あの日が、全てを奪うまでは……。




 ◯界◯出まであと七日…。

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